公的研究費(科研費)配分の問題点Q&A               2004.9.15, 06.05.18, 07.12.02, 08.02.05

                          早稲田大学 先進理工学部 竹内 淳

 


 

 拙論で述べた公的研究費の問題点について質問を受ける機会が増えたので、以下に簡単にまとめました。


         御参考: 私大研究者のための「採択率を上げる研究費申請書」の書き方、七つの基礎

 


Q. 研究能力のある大学にますます研究費を集めた方が良いのではないか。

 

A. 競争的な施策によって、一部の主要国立大に研究資金が集中する傾向がありますが、日本の大学の研究能力の向上という観点から見ると望ましくありません。次の図は、日本と米国の公的研究費をグラフ化したものです。縦軸が金額で、横軸が大学のランキングです。世界の一流の研究大学では、おおよそ年間100億円程度の公的研究費が配分されています。米国では約70校ありますが、この70位ぐらいの大学からもノーベル賞受賞者を出しています。一方、日本の場合は旧帝大を中心とする7,8校程度に限られます。

一目でわかる事実は、旧帝大の研究費は米国の70位以内と十分競争力を持っていますが、それ以外の大学が弱すぎることです。日本の大学全体の総合的な研究能力を米国並みに向上させたいと願うのであれば、GDP比(日米で1対3)を考慮に入れても、「旧帝大+東工大」の規模の大学群が、現在の2倍から3倍は必要です。したがって、日本の10位以下の大学の研究費をいかに厚くするか(=いかにして研究大学の数を増やすか)を考える必要があります。この研究大学の数の差は、日米での一線級の研究者の人材育成能力の大きな格差も生んでいます。ピークだけでなく層も厚くしなければ国単位の競争力は維持できないのです。

 

 

 また、効率面から考えても、一研究室にあまりにも多額の資金を集中させると、一研究室あたりの人員は限られているので、研究費あたりの効率はむしろ低下し、税金の無駄遣いになります。主要国立大の研究室には、数百万から数千万円オーダーの設備が使われないまま放置され、一方、地方国立大や私立大では満足な装置も買えないという状況が生まれつつあります。


Q. 日本の研究能力を向上させるためには、現在の競争的施策を推し進める必要があるのではないか。

 

A. 現在の日本の競争的施策は、研究実績を主に評価の対象とするもので、申請書に書かれた研究計画の妥当性を審査する欧米の一般的な審査と大きく異なっています。また、この実績主義に基づく競争的施策は、米国の制度に比べて大幅に遅れています。何が問題かというと、

 

    実績主義に基づく審査は、原始的な資本主義と同じであり、容易に研究資金の少数校への寡占化が起こり、競争の終焉に至ること。つまり、「競争的施策」と銘打っていながら競争は終わってしまうのです。上のグラフにあるように、日本では既に寡占化に終わっています。

    この実績主義に基づく研究資金の寡占化は、大学の人材育成の視点から見た望ましい資金配分と大きく異なります。つまり、日本から多数の高いレベルの人材を生み出すためには、できるだけ多くの大学の研究レベルを向上させる必要があるのですが、実績主義だと少数校しか研究大学が形成されないのです。この結果、米国に加えて中国やインドのような質と量の両面で高い人材育成能力を持った国との格差がさらに大きく開きます。


Q. 米国の競争的施策では、寡占化の防止や人材育成の観点からどうのような施策が行われているのか。

 

A. 米国のNSFの年次報告書では、「研究費は上位100校で77%だが、100位以下の大学の比率も維持または、増加させることを目標とする」と明記されており、寡占化の問題に早くから対処しています。

 寡占化の防止と人材育成の観点から、NSFのメリットレビュー(審査)では、従来の

 

    「知的な研究成果 (Intellectual Merit)」 に加えて、

    「波及効果 (Broader Impacts)」 を

 

審査対象としています(1997年から始まり2002年に強化)。この「波及効果」には、人材育成、拠点形成などの項目があり、従来、設備がなかったところに研究資金が入ることによって、新たな研究拠点が形成されたり、人材育成機能が向上することを積極的に評価します。この「波及効果」を加えたことによって、「単純な競争的施策」から大幅な改善を図っています。


Q. 「波及効果」を審査対象に含めると何が違うのか。

 

A. 研究環境に恵まれていない研究者にも研究資金の配分が可能になり、国全体としての研究と人材育成機能が大幅に高まります。例えば、NSFの審査では、女性やマイノリティーの研究者の採択率が、男性やマジョリティの研究者の採択率とほぼ同じになっています。日本では、私大(34.6%, 2007)と国立大(44.2%)で採択率に10%もの差があるなど大きな格差が生まれています。


Q. 私立大への配分が少ないのは、私立大の申請件数が少ないからか?

 

A. 私立大への配分が少ないという事実に対する文部科学省の公式見解は、

 

-----「国立大学の研究者:61%」に対して,「私立大学の研究者:22%」となっており,確かに国立大学の研究者に多くの補助金が交付されています。しかし,「申請件数」を見ても,「国立大学の研究者:58%」に対して,「私立大学の研究者:25%」となっており,そもそも私立大学からの申請が少ない状況にあるのが実情です。このため,文部科学省としては,私立大学の研究者の方々にも,もっと申請していただきたいと考えています。-----

 

というものです。「私立大への配分が少ないのは、私立大の申請件数が少ないから」ということになっています。一見すると正しいように見えますが、ほんとうにそうでしょうか。注意してみると上記の数字が「研究費の額」ではなく「件数」であることに気づきます。平成16年度の研究費を見てみましょう。

 

研究費の額では

「国立大学への研究費:71%」に対して

 

「私立大学への研究費:12%」であり

 

国立大と私立大で 5.6もの差があります。

 

では、国立大と私立大で申請件数では上記の数字のように2.3(= 58%/25%)の差しかないのに、なぜ実際の配分額では5.6倍もの差が生じるのでしょう。

 

申請件数の比      配分額の比

2.3    −?−>  5.6  

 

最大の差は一件あたりの額の差にあります。配分額(含間接経費)を、採択件数で割ると、

 

 国立大の1件あたりの額は、430万円

 

 私立大の1件あたりの額は、220万円

 

となり、約2倍もの差があります。また、採択件数の比も、2.8(=61%/22%)であり、申請件数の比の2.3倍よりかなり大きくなっています。つまり、申請件数1件あたりの価値に大きな違いがあるのです。

一件の申請あたりの期待値を計算してみましょう。平成16年度の実績(http://www.jsps.go.jp/j-grantsinaid/05_monbu_info/mon_040818/fuzoku_pdf_2004/03.pdf)をもとに計算すると、

 

国立大の研究者が1件申請したときの期待値は、   189万円です。

 

これに対して、

 

私立大の研究者が1件申請したときの期待値は、    77万円です。

 

申請書の作成には多大な労力を要しますが、私立大からの申請では、1件あたり 2.5分の1しか期待値はないわけです。したがって、「私立大と国立大の配分額に大きな格差があるのは、私立大の申請件数が少ないからではなく、1件あたりの期待値が小さいから」だと言えます。実際、私立大から主要国立大に移った研究者の「申請書のレベルは昔と変わらないのに研究費があたりやすくなった」という感想や、主要国立大から私立大に移った研究者の「私大では意外にあたらないものなのですね」などという感想も報告もされています。以下に述べるように、国立大と私立大の研究費の額の比 5.6は、論文数の比 3.5より大きく、実は、審査制度の公正さに問題があります。

 

(なお、期待値にこれだけの格差があるうえに、一教員あたりでは私立大は国立大の3倍の学生をかかえていて教育負担は重いわけですから、申請書の作成に割ける時間も相対的に少なくなります。結果的に、私立大からの申請数が少ないのは当然です。)


Q. 国立大の方が私立大より圧倒的に研究業績が優れているのだから、国立大に多く配分するのは当然ではないか?

 

A.「国立大に多く配分されている」のが問題なのではなく、「研究業績の比以上に多く配分されている」のが問題です。また、「国立大の方が私立大より圧倒的に研究業績が優れている」と信じている方がいますが、ISI社のデータベースにもとづいた全科学分野の論文数の構成比は、「研究評価」根岸正光・山崎茂明編著(丸善)によると

 

国立大 72.6%

公立大  5.8%

私立大 20.5%

 

で、国立大は私立大の 3.5であり、決して「圧倒的」ではありません。それに対して、科研費の配分額(平成16年度)は、

 

国立大 1134億円 71.4%

公立大   74億円   4.7%

私立大  203億円  12.8%

 

であり、国立大は私立大の5.6の配分額になります。すなわち国立大は研究業績より多額の研究費を配分されていることになります。適正に公的研究費が配分されれば、私立大の研究業績はもっと伸び論文数の比も3.5倍よりもさらに小さくなるでしょう。 


Q. 科研費の審査制度のどこが問題なのか。

 

A. 米国の研究費配分機関(ファンディングエージェンシー)であるNSFやNIHの規則に明記されていて、一方、日本の配分機関で完全に抜けている重要なポイントがあります。

それは、多様性の概念です。委員会や審議会では各委員は固有の知的バックグラウンドに依拠しながら、一方で所属機関の利害を持ち込まずに無私の姿勢で審議にのぞむことが期待されます。しかし、万一、委員会が利害関係者の争いの場にまで落ちたとしても、委員会が多様な委員によって構成されていれば、一部のグループによる私物化を排除でき、最低限の公正さを保てます。逆に、委員構成が多様性を欠き特定のグループが最大多数を占めているとすると、その特定のグループに利益供与される可能性が高まります。

 

NSFの規定では、一定の学識を持つものという制限は付きますが、小さな大学の研究者や、マイノリティ、女性を含めること、また、年齢の多様性、所属機関の全米での地理的分布のバランスまでも求められます。日本の公的研究費ではこの概念が全く抜けています。

たとえば、日本学術振興会の学術システム研究センター(http://www.jsps.go.jp/j-center/index.html)の研究員(プログラムオフィサー)の構成を見てみましょう。この研究員は科研費の審査員を選ぶ権限をもっていますが、理系ではほとんどが主要国立大の所属であり、たとえば、数物系(全12名)や化学(全9名)では100% 国立大です。医歯薬学(全19名)、農学(15)なども私立大は12名で、圧倒的に主要国立大に偏っています。科研費の期待値に差が生じる原因はここにあります。科研費の2次審査員の構成比にもこの特徴がよく表れています。2次審査員のうち、国立大所属は約8割に対して、私立大所属は約1割にすぎません(女性はさらに少ない数パーセント)。

サッカーのアウェーの試合では判定に疑念が生じることが多くありますが、それでも審判は第三国から選ばれます。残念ながら日本のファンディングエージェンシーの「公正さ」は欧米の水準に達していません。私立大の研究者から見ると「市場は開かれている」と言いながら、実際は「非関税障壁」が存在しているのと同じです。

 

なお、科研費だけでなく、日本学術振興会の特別研究員の採択数などにも国立大と私立大に大きな差があります。

 

. 学術システム研究センターの数物系専門調査班12名の所属大学

 

 北大2名、東北大2名、東大2名、東工大1名、御茶大1名、京大1名、阪大1名、九大2名、私大0名、女性0


Q. 公的研究費なのだから国立大が使うのは当然ではないか。

 

A. 公的研究は、国がある研究者に委託して行われるものであり、対象は国立大研究者に限りません。私立大だけでなく企業研究者も対象となります。

 

米国でも多額の公的研究費が、スタンフォード大やハーバード大やマサチューセッツ工科大などの私立大に配分されています。たとえば、これらの大学では遺伝子工学を用いた新薬の開発につながる研究が行われていますが、公的研究費の対象が公()立大の研究者だけに限られていたとしたら、得られる成果(新薬)はもっと限定的なものになり、一般の人々への波及効果ももっと限られていたことでしょう。研究者を国立大に限れば、公的資金の使い方としてはむしろ税金の無駄遣いになります。広い対象の適格な人材に研究費を配分することによって優れた研究成果を生み出す方が、国民全体にとっての利益になります。


Q. 国立大に多額の公的研究費を配分することのどこが問題なのか?

 

A. 私立大側の多数の人材も含めて適正に研究費を配分すれば日本全体の研究レベルはもっと向上します。たとえば、私立大の理工系の学生数は国立大の2倍もいます。実際、米国では私立大も主要な研究大学を構成し、私立大と公()立大の両方の才能を拾いあげています。日本では、少数の国立大の人的資源に多額の研究費を集中しているので国全体から見れば人的資源の損失になっています。また、税金面から言うと、公費の効率的な運用を妨げていると言えます。

 

寓話として考えてみて下さい。たとえば、日本の産業界で研究開発に携わる人間を主に国立大出身者だけに限ったとすれば、日本の工業面での研究能力は世界の第一線級を維持できるでしょうか。国立大出身者は理工系大卒者の3分の1しかいないのです。とても無理だということは自明です。大学の研究も同じではないでしょうか。


Q. 私立大学への公的研究費の支出は憲法違反ではないか。

 

A. 憲法の条文で該当するのは第八十九条です。

 

[第八十九条] 公金その他の公の財産は、宗教上の組織もしくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。

 

文の前半は宗教上の組織に関するもので関係がありません。最も近いのは後半の「公の支配に属しない・・教育・・の事業」です。しかし、これは「研究活動」とは異なります。第八十九条の本来の主旨から見て憲法に違反しないことは明らかです。


以上、本ページがこの問題を考える機会になれば幸いです。なお、申し上げるまでもなく本ページはリンク自由です。

 

*リンク → 論説 (研究費配分の課題他)

 


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