Bienvenidos al Bosque Latino de WASEDA

 早稲田ラテン杜 

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後藤雄介  早稲田大学教育学部複合文化学科教育・総合科学学術院 所属)

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<アメリカス>研究の杜スペイン語学習の杜ネットワーク活動の杜


 

「御用学者」はあまりに恥ずかしすぎるが、
私たちも「御用市民」になってはいまいか?

〜3.11の原発〈人災〉以降の日本は、
「なにも変わらない」では済まされない!

 

919

 

期せずして「反原発日誌」になってしまった、
2011年度ペルー在外研究中の覚え書き
「続・リマの街角から」こちら

 



【トピックス&更新情報】

【2018.07.10】このサイトは現在更新を停止しています(いやいや、まさか5年も放置しっぱなしだったとは……)。

【2013.04.14】じつにかっきり1年間、まったく更新もしませんでした。情けないかぎりです。この間、「どぜう」はしょうもない置き土産だけを残していなくなりましたが、その跡を継いだのが、あろうことか、「昭和の妖怪」の孫である「平成のヘナチョコ」です。しかしこのヘナチョコ、チキンのくせに(だからこそ)対アジアでは無用な強行姿勢を示しているわりには、米国にはTPPで日本を売り渡そうとしている、完全なるエセ愛国・保守主義者です。なんといっても原発を再稼働させようとしているのが看過できません。こんなヘナチョコごときに負けるわけにはいきません。

【2012.04.14】新学期よりもとの生活に復帰しています。久しぶりの日本での生活は、やはり慌ただしく感じられます。この慌ただしさこそが、じつは社会や政治のことを考えさせなくさせるための<装置>なのではないかとさえ思えてきます。それにもめげず、研究と教務、雑用?に、そして脱原発活動に励んでいく所存です。たかが「どぜう」ごときに負けるわけにはいきません(笑)。

【2012.03.01】1年間の在外研究を終え、まもなく帰国します。脱原発の「夜明け」を、志を共にする人々と目指していきたいです。

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脱原発元年2012

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(チリ・イースター島。水平線に沈みゆく夕陽を原発のたそがれに見立てて)

【2011.12.31】2011年3月11日の地震・津波・原発事故は、私たちからあまりにも多くのものを奪いました。おいそれと希望の持てない状況ですが、それでも私たちが、災害の甚大さ、放射能汚染の深刻さから真摯に学び、とりわけ今後のエネルギー政策について、脱原発の方向へと大きく舵を切っていくならば、まだ希望の<持ちよう>もあります。しかしながら、日本の政財官界は、この期に及んでなお、そのような方向性を目指そうとはしていません。まさに「狂っている」としか言いようがありません。
 フクシマは私たちにとっての、まさしく<グランド・ゼロ>です。そこから希望を持って立ち上がれるべく、私たちが2012年に求めるべきは、脱原発を除いてほかにありません。共に希望のある社会を目指しましょう。

【2011.04.14】「これから」は「脱原発」の話をしよう──未来に生き延びるための人間学
 
東日本大震災と原発事故により出国を延期していたが、まもなく、今度こそ日本を発つことになる。原発問題はその後収束の方向に向かうどころか、ますます先行きの不透明さを増していると言わざるをえないが、これが一般企業の海外赴任であればそもそも予定通り出発していた(させられていた)はずである。そろそろ区切りをつけなければならない。
 さて、「区切りをつけなければならない」と言えば、私たちと原発との関わり方こそ、これを機会に「区切り」をつけるべきなのではないか。「いま」はまだ、放射能の拡散を全力で防ぐため、それこそ原発の処理(=廃炉)が最優先されるべきだろう。しかし、「これから」はちがう。今後私たちは、「脱原発」について、原発に依存しない新しい社会のあり方について、大いに語り、行動すべきである。なぜか?なぜもなにもない。この現在の悲惨な状況を見るだけで十分である(この期に及んでなお原発推進を唱える現職の都知事を再選させた多くの都民は、この現実を見て[生きて]いなのか? それともこれはCGの世界だとでも??)。
 私たちはなにがあっても、今回の悲劇を繰り返してはならない。では繰り返さないためにはどうしたらいいのか? 繰り返す恐れのある素地をなくす、すなわち原発を廃止するほかはない。どんなに備えたところで「想定外」の事態は起こりうることを、私たちは今回まざまざと見せつけられたはずである。
 こんなにも明確に「脱原発」が唱えられてしかるべき状況であるにもかかわらず、政府は、メディアは、信じがたいほど「及び腰」である。あるいは、確信犯的に「脱原発」の流れを断とうとしている。どうしてそうなのかは、もちろんわかっている。「脱原発」が大企業的利益に「そぐわない」からである。だからこそいま、私たち市井の人間が声を上げなければならない。ひとの命が長期に渡って脅かされる危険性を前にして、「そんな悠長なことを言っている場合ではない!!」、と。
 「声」は確実に上がっている(たとえば、4月11日に東京・高円寺でおこなわれた反原発デモを見よ[記事映像])。アーティストでは、斉藤和義が自身のナンバーの替え歌「ずっとウソだった」で、今回の原発問題をめぐる状況を痛烈・痛快に批判している(こんなのもある)。しかしメディアは、とりわけ映像メディアは、これを積極的に伝えようとしてこなかった。同僚が指摘していたことだが、日本のメディアは、今回の原発事故を受けて海外で反原発デモが起こっていることはそれなりに報道しているのに、なぜか肝心要の、いまこの日本で起こっている動きを伝えていない。摩訶不思議といおうか、他意を疑わざるをえない。
 私たちは美しく穏やかな自然に囲まれて暮らしていると信じてきた(信じるふりをしてきた)。しかしその自然が、今回無情にも牙を剥き、未曾有の「天災」を引き起こし、そして原発事故という「人災」を誘発した。これはいわば、「天災」による「革命」である。この「革命」は、ときに制御不能な自然のなかでかろうじて生かされているにすぎない人間の営為がいかに脆いものか、その脆さを忘れた技術開発(=原発)がいかに危険極まりないものかを教えてくれた。「脱原発」に向けては、私たち自身、これまでに積み上げてきた思考方法・生活様式を否応なく改めていかざるをえないが、そうするだけの十分な理由があることをいま、未来を生きるために正面から受け止めようではないか。
[注記:見出しは、M・サンデル著『これからの「正義」の話をしよう──いまを生き延びるための哲学』に学びて]

【2011.03.29】おっ、今年最初の更新ですか(ほとんど人ごとのようですいません)。本来であれば今頃はもうペルーにいるはずでしたが、先般の大地震(被災地の方々には心よりお見舞いを申し上げます)とその後の原発問題の行方の不透明さにより、家族を残して単身赴任でいま発つわけにもいかず、在外研究出発を延期し、いましばらく日本にいることになりました。事態が良い方向で収束してくれることを願うばかりです。

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【2010.12.27】辻内鏡人さんが亡くなられて10年目の冬を迎えました。

【2010.08.28】冬のペルー・リマから猛暑の続く東京に帰ってきました。その気温差じつに20度!さすがに身体が悲鳴を上げています。しかし、今回のリマ滞在中、来年2011年の特別研究期間(そうなんです、来年は教育義務を免除され、日本を脱出できるのです!)の所属先と予定していた IEP(Instituto de Estudios Peruanos、日本での定訳は「ペルー問題研究所」)より、正式に客員研究員として受け入れていただけることになりました。これで一安心、在外研究への実感もぐっと湧いてきました。
 さて、話は変わるが(文体も変わるが)、ペルー行きの直前に自宅近所のラーメン屋で冷やし担々麺を注文(笑)して待っているあいだ、朝日新聞の<リレーおぴにおん>コーナーで「いいのか 学校英語」という連載がなされているのをたまたま目にし、気になる記述もあって、帰国後一通り読んでみた。これまでの連載の執筆者は、第1回(8/5): 杉山愛(プロテニス選手)、第2回(8/6):アフターブ・セット(インディアン・インターナショナル・スクール[東京都江戸川区]理事長)、第3回(8/12):直山木綿子(文部科学省教科調査官)、第4回(8/14):竹岡広信(カリスマ英語講師)、第5回(8/19):押切もえ(モデル)、第6回(8/20):デビッド・H・サターホワイト(日米教育委員会事務局長)である【2010.09.10追記:連載は以後、8/26,27,9/2と続いて終了】。
 このうち、竹岡広信の文章を最初に読んだのだが(そして、なんとなく違和感を覚えたのだが)、彼は「子どもたちは中学高校を通して、自分の思いや考えを自分の英語で話した経験がどれくらいあるでしょうか」と問いかけることから始めている。この問いの背景には、別途記しているように、「英語が長く文化の吸収のための道具だったからでしょう。自分から発信するものじゃなかった。読んでわかればよかった」という竹岡の認識がある。つまり、中高生は「吸収」もほどほどに「発信」を重視し、「自分の思いや考えを自分の英語で話す経験」を積め、と。一見至極まっとうな指摘である。
 しかし、竹岡の問いは、次のように発展させることもできるだろう:「大人(の日本人)たちはその人生を通して、自分の思いや考えを自分の英語で話した経験がどれくらいあるでしょうか」。考えるまでもないことだが(しかし、よって考えない結果、つい認識を誤るのだが)、私たちの多くは「英語で話す経験」を、じつはそれほど持っていない。長らく「国際化」が、今日では「グローバリゼーション」がお題目として唱えられているにもかかわらず、それが日本の現実であり、アフターブ・セットが指摘する「早くから英語の死活的な役割を認識し、国策として学校の英語教育に重点を置いてきた」インドとは、決定的に異なる点である(将来日本が、英語を公用語化したり、再・移民送り出し国化するなら話はまた別だが)。たとえば、「年間250日ぐらいは海外暮らし」をする杉山愛にとって「英語はテニスのキャリアを上げるためにも必要不可欠」であるにしても、日本の中高生のだれもが、何を差し置いても「自分の思いや考えを自分の英語で話す経験」を積む必然性があるとは思えない。
 言語学者の千野栄一は、その著書『外国語上達法』(岩波新書、1986年)のなかで、「私たちは物を買いに行くとき、何をどれだけ買うか、慎重に吟味する。たとえそれがどんなによい物であっても、必要としないものは買わないし、必要とするものであっても、必要以上にはそれを買わない。……/ところが、こと外国語の習得にあたっては……その外国語をどれだけ習得するかについては全くといっていいほど考えない」(18頁)と指摘している。この指摘を上述のことに当てはめるならば、英語が「どんなによい物」であれ、「話す経験」が「必要とするもの」であっても、「必要以上」に取り組むには及ばないということになる。竹田は、「高校生なら「宗教」や「進化」の英単語は知っている。だけど「シャープペンの芯」や「ピアス」は言えません」ということを問題視しているが(筆者もお恥ずかしながら、英語でもスペイン語でも知らなかった)、「宗教」や「進化」を知っているのは良くも悪くも受験英語のためであり、「シャープペンの芯」や「ピアス」を知ることがある種のリアリティを会話に与えることになるにしても、以後も常に「必要」とされる知識とは思えないし、続けてさらに「ホチキスの針」や「マスカラ」等々まで覚えなければならないとすれば、それは「必要以上」の買い物をすることにも等しいだろう。
 また、こうした「発信」重視は、「吸収」はお手のものだが「発信」は残念ながら不得手な教師にプレッシャーを与えることになるが、そのことについては、教師に「英語圏留学3年以上」等の高いハードルを求める竹田よりも、筆者にとっては直山木綿子の主張のほうがよっぽど現実的だ。彼女によれば、「先生は英語のお手本やなく、英語を使おうと努力する姿を子どもたちに示してほしい。発音が苦手な先生は、外国語指導助手(ALT)やデジタル教材に任せればいい」のである。「話せない自分」を自覚するとき、人はとかく自分のそれまでの外国語学習法を全否定しがちだが、それは誤っている、というよりあまりにもったいなさ過ぎる(拙著、第二部「いざ!留学──それは肩すかしで始まった」参照)。その点、押切もえの次のエピソードはとても重要で、彼女は「あなたのライティング(記述)はパーフェクト。なのに何でしゃべれないの」と外国の友人に指摘されたとき、普通は「私の英語の勉強はやっぱり間違っていた……」とついネガティブにとらえてしまうところ、彼女の場合は逆で、「と言われて気づいたのは、学校で学んだ基礎学力の大きさです。/みっちり勉強した過去分詞の使い方などの文法や和文英訳の力は、……多くの日本人が潜在的に高いレベルで身につけている」(太字強調筆者)と、ポジティブに受けとめるのである。
 もっとも、竹田とて必ずしも「発信」至上主義者というわけではないようで、問題は学校英語の「バランスの悪さ」であり、「学校英語はだめだ、文法訳読は使えないと言われて、針がぶーんと振れて「オールイングリッシュで」となった。こんなのむちゃくちゃです。もっと自然体で、普通の英語を教えればいいのに」と指摘している。その解決策として彼は、「入試問題を統一して、出題形式は読み・書き・聞く・話すの4技能をバランスよくしたものにしたい」と提案している(これについては、大学も責任の一端を担っている)。この竹田の言うところの「普通の英語」とは私たちにとっていったい何であるのか、どの辺りにその「バランス」のあるのか、あるいはそもそも万人に通じる「普通の英語」など存在するのか、それがまさしくアポリア(難題)なのであるが、少なくとも明らかなのは、「発信」を否定する「吸収」、その逆に「吸収」をないがしろにする「発信」はともに不寛容な態度であり、「会話」なき「訳読」は自己満足に過ぎず、「基礎学力」なき「オールイングリッシュ」もまた内容空疎であると知ることであろう【2010.09.10追記:本当に知らなかったのですけど、竹岡さんって、あの漫画・ドラマ『ドラゴン桜』のモデルだったのですね……って、ほとんど読んだことも観たこともないのですが。肩書きが「カリスマ英語講師」(!)たる所以は傍証的に理解できました】。

【2010.08.02】暑中お見舞い申し上げます。やっと前期が終わりそうです(つまりは、まだ終わっていません。採点やらなにやらで今週一杯まだあります)。お盆頃からちょっとペルー・リマに行ってきます。偏西風異常で北半球は猛暑ですが、南半球は極寒とか。ちょっとばかり涼んで?きます。

【2010.04.30】連休に突入です。例年この期間に新年度準備の帳尻を合わせてきました。というわけで、このサイトもちょっとだけ帳尻です(笑):

【2010.03.19】ようやく今年最初の更新です。自分のサイトがあることをあたかも忘れているかのような今日このごろの体たらくですが、なにとぞご容赦ください。昨年はじつにいろいろなことがありました。今年(というか新年度)はどんな年になるのでしょうか。できれば平穏な年であってほしいと願います。
 さて、拙著を刊行してまもなく1年になります。残念ながら新聞書評で取り上げられることはありませんでしたが【2010.08.02追記:その後、『図書新聞』2931号(2009年8月29日)に掲載されていたことに遅まきながら気がつきました。記して感謝します】、ネット上では見ず知らずの方々からいろいろコメントをいただき、本当に嬉しいかぎりです。大手書店サイトではベスト10レビュアーの方が、「スペイン語学習に限らず、外国語を学ぶことがその言葉の運用能力を養うという実用的な効果を求めるだけのものではないということを著者は言わんとしていて、その点は大いにうなずけます」・「多種多様なテーマの底には、スペイン語(ラテンアメリカ文化)との接触経験の中で培った、異なる文化や思想に対してしなやかに対応していくことがいかに大 切なのかという、当たり前でありながら日本人の多くがなかなか実践できていない命題が共通して横たわっている様子が見えてくるのです」と、筆者の述べたかったことをおよそすべて簡潔にして的確にまとめてくれました。ほか、「制度に流されず、飲み込まれず、自覚的に生きる術と、その大切さを教えてくれる」ことを強調してくれたこの方とか、「砂漠に水を撒くような仕事です」(村上春樹『1973年のピンボール』)に反応(笑)してくれたこの方とか。また、この方からは、「スペイン語の入門書としては異色。滅茶苦茶オモロいがな。rrの巻き舌発音矯正のための通称「とろろ」メソッドとか、g、h音矯正のための「北の国から」メソッドとか」と、過分なお言葉を頂戴しました。同じ頃にお互い南米を彷徨っていたなんて、奇遇です。一方で、この方からは、「これほど読み始めの面白さから急転直下して、読むのが辛くなった本を私は知らない。……第三部〈日本〉の日々に入って、ど〜んとペースが落ちてしまった(この第三部が一番長い)」とお叱りの言葉をいただきました。第三部の長さはそれなりに思うところあってのことなのですが、それにしても少し反省。
 なんにしましても、これから2年目のまだまだ準新刊本?です(笑)。今後ともどうぞご贔屓に。

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【2009.09.08】5ヶ月ぶりの更新です(途中わずかに、壁紙だけは夏らしく取り替えておいたのですが)。あいかわらずダメダメです。サイトの更新に時間を割く気になれません。世の中では大勢のひとが日々ブログやらなにやらをこまめに更新しているというのに。まったくもって タEn qu? momento se jodi? mi alma? であります(ペルーの作家バルガス=ジョサの小説『ラ・カテドラルでの対話』の、かの有名な出だしのフレーズのパロディです)。そんななかでも、8月のお盆の頃だったのでしょうか、当サイトもいつの間にか3万ヒットを越えていました。ありがたくも(そして、お気の毒にも)訪れてくださった方に感謝とお詫びを申し上げます。
 さて、次はまたいつ更新できるかもわからないので、一足お先に壁紙だけでも秋仕様にしてしまえ〜!……だけではあまりにもなんですから、以下3点ほどお知らせを:

【2009.04.18】新大阪から東京へ向かう新幹線の車中から更新です。便利な時代になったものです(って、とっくですか)。思うところあってなぜかこんな学会に入ったので、その大阪年次大会に参加してきた帰り。これで所属学会はこれこれこれと、それから一応これと、都合5学会となった。ちなみに、こんな学会に入ったのにこちらにいまだ入っていないのもどうかと思い(笑)、現在遅ればせながら入会を申請中です、はい。

【2009.03.24】「日韓ワールドシリーズ」、もといWBCは、日本の2連覇で幕を閉じた。野球好きとしてはそれなりに楽しませてもらったが、1次リーグで勝ち残った任意のグループの2チームを2次リーグでも同じグループに配置するという工夫のなさは、今回2度目の開催でもなんら改善されず、新たに採用された「ダブルエリミネーション」方式ともあいまって興ざめであった。なにせ日本は、中国・米国とそれぞれ1試合、キューバと2試合、韓国とは結果的に5試合も戦ったが、その他のチームとの試合は一切なしという、対戦バリエーションのなさであった。今大会はじつに「日韓ワールドシリーズ」であったと言われても、致し方ないであろう。
 最後に原監督の采配に苦言を。9回裏、あそこで藤川球児を出す気がなかったのなら、好調の杉内俊哉を続投させるが最善だったのではないか。ダルビッシュ有の投入が裏目に出ただけに、一度はマウンドに登った杉内は、内心さぞかし悔しかっただろう。結果的に勝ったからいいものの、もしサヨナラ負けを喰らっていたら「世紀の采配ミス」になるところであった……と言ったら言い過ぎ?

noroeste01【2009.03.06】今年はじめての更新です。以前に書いたように、新しいMacOS(って、リリースされてからどんだけ経ってるんじゃい?)上で動くWebページ作成ソフト(旧ヴァージョンですが)の操作をなかなか覚える気にならず更新が滞っていましたが、ようやく使ってみることにしました。でも……どうにも操作感に馴染めません(これは新規テクノロジーへの適応能力の低下=歳のせいだろうか)。やっぱり今後も更新頻度は上がらないかもしれません。
 それでも今回こうしてなんとか更新に漕ぎ着けたのは、ひとつお知らせがあってのことです。拙著『語学の西北──スペイン語の窓から眺めた南米・日本文化模様──』現代書館[編集:吉田秀登/装幀:伊藤滋章])が今月刊行の運びとなりました。まもなく書店に並ぶのではないかと思われます。ぜひお手に取っていただき、もしよろしければご購入ください。そして、忌憚のないご感想・ご意見をいただけるならば幸いです。

【2008.09.28】やっぱりそれが正しいと思う
 常々このことには深い疑問と懸念を抱いていたのだが、ついに出るべくして見直しの方向が示された。このこととは、公立小中学校の「学校選択制度」である。毎日新聞9月26日夕刊記事によれば、東京都江東区が「区内全域から希望校を選択できる「学校選択制度」を一部見直し、来年度から小学校については、住所で決まる通学区域の学校への入学を原則とする」ことにしたという。
 やっぱりそれが正しいと思う。小学校に限らず、当然中学校にも広げてほしい。そして、江東区に隣接する私の住まう江戸川区にも、ぜひ波及してほしい。ただし、私が「学校選択制度」に反対するのは、記事にあるような「選択制で地域と子どもたちのかかわりが薄れてきた」のを憂慮してのことではなく、もっと根本的な理念に関係している。
 「学校選択制度」は、各学校が生徒獲得のためにそれぞれに「個性的な学校づくり」をするために導入された(ことになっている)が、結果は学校間格差をいたずらに助長することになった。同じ地域の公立小中学校であるにもかかわらず、相対的に「人気のない学校」とされた学校に通う生徒および教職員の立場・気持ちを、考えてもみてほしい。「個性的な学校づくり」ができなかったのだから仕方がないではないか、などと言うなかれ。どこかの学校で成果を上げた「個性的な学校づくり」は他の学校にも適用し、生徒がどの学校に行ってもその成果を等しく享受できるようにするのが、本来の姿ではないのか。公立小中学校の使命は全体としてより質の高い「平均的な学校づくり」であるべきだ。「個性的な学校づくり」は私立校に任せておけばよい。「それでは成績が優秀で家庭も裕福な生徒がますます私立に行ってしまう」と心配されるだろうか。残念ながら現状はそうかもしれない。であればなおのこと、なんらかの事情で私立に行けない生徒のために、公立小中学校のあいだに格差が生まれてはいけないのである。ちょっとでも考えてみれば、簡単にわかることではないか!
 格差をむしろ助長したいとの他意があってかなくてか、いずれにしても「学校選択制度」を実現・維持してきた人々は、江東区の方向転換を契機にぜひ考えを改めていただきたい。

【2008.08.12】残暑お見舞い申し上げます
 ほとんど開店休業状態のありさまです。そういえば例年、「夏には夏らしく壁紙を替えていたっけ」とかろうじて思い出し、替えてみた次第。お粗末。なぜここまで更新ができなくなったのか? 逆に言うと、なぜ以前はそれなりに更新ができたのか?(そもそも、このサイトを立ち上げることができたのか?)。前より確実に忙しくなったからなのか? それとも、単に年のせいなのか? よくわかりません。
 さて、更新する以上は多少は実になることを。かなり旧聞に属するが、中東研究者の酒井啓子が次のようなことを書いていた。研究者の端くれとして、私にも同じような思いがあると共感した次第。とはいえ、それからかれこれ2年、そのようなチャンス(?)が与えられているにもかかわらず、いまだに形にできない自分がもどかしい……。

・[9.11テロ、ロンドン・テロに関する皮相な報道を受けて]「……普通の読者、視聴者に対して、なぜ「多くのイスラーム教徒は普通の学校教育をうけて普通の我々と同じ生活をし、同じ感情を持っている」という、至極簡単な真理を伝えていくことができなかったのだろうか。読者や視聴者の不勉強を批判することは、簡単である。しかしそれ以上に、発信する側である我々研究者が、どうすればきちんと伝えていくことができるのか、を真剣に考えるべき時に来ているのではないか」(酒井啓子「九・一一、ロンドン、そして私たちが抱えるもの」『UP』2005年9月号、42頁/太字強調後藤。以下同様)。
・「読みながら、本の中の世界に入り込んで出て来られなくなる。回りの音が消え、賑やかで明るい雑踏のなかでひとり、あちら側にいることの孤独を感じるが、頭上に広がる空を見て、かの地の空の青と壊れかけた砂色の壁を想像する。/詩人の紡ぐ旅の記録に、激しく嫉妬するのは、そういうときだ。社会科学者が紛争の実態について、幾万もの言葉を尽くしても伝えきれないというのに」(酒井啓子「書評・四方田犬彦『見ることの塩──パレスティナ・セルビア紀行──』(作品社、2005年)」『朝日新聞』2005年10月2日)。

 なお、今月後半は2年ぶりにペルーに行ってまいります。暑い日本からしばしおさらば。

【2008.04.19/05.08一部訂正・補足】その批判、そっくりそのまま返したい?
・中国政府によるチベット人権弾圧問題に対して、この夏開催の北京五輪の聖火リレーが各国で抗議行動を受けている。聖火はまもなく日本に上陸し、先に冬季オリンピックの開催された長野市でリレーはおこなわれる予定になっている。その出発点となっていた善光寺が、18日、「チベットの人権問題」等を理由に急遽出発点となることの返上を表明した。これにコメントしたのが石原東京都知事である(というよりも、メディアがことさら石原発言を取り上げているというべきか)。曰わく、「立派な姿勢ではないか。同じ仏教徒に対するあわれみ、共感、一種のプロテスト(抗議)として拒否したのはむべなるかなという感じがする」「聖火リレーの混乱のおかげでチベットの窮状が分かってきた」、云々。まあ見識といってもいいかもしれない。しかし、次の中国批判はどうだろう:「文化も民族も違う人間が一つの独裁政権に束ねられていくのは気の毒」。日の丸・君が代の強制等、東京都教育委員会による締め付けを知る者としては、これはそっくりそのまま石原知事に返したくなるというものだ。「思想・信条も違う人間が一つの教育行政に束ねられている」のははなはだ遺憾である、と。ただし問題は、石原知事が言葉の真の意味で「独裁者」かといえば、残念ながらそうではないと言わざるをえないことだ。困ったことに彼は、2度の選挙で最多票を獲得して民主的に選出された、まぎれもなく「私たち(東京都民)が選んだ」知事なのである……。

【2008.04.12】息苦しい……
・なんだか息苦しい……。新学期授業のやりくりで青息吐息だから、ではない(それもちょっとあるけど)。11日にこんな最高裁判決が出たからである。最高裁曰わく、「被告の表現の自由の中身(=反戦の主張)が問題なのではない。手段(=集合住宅管理者の意に反して住居に入りビラを配布した)が問題なのである」と。なるほど、私が住むマンションでも「チラシ配布お断り」との立て札が出されている。しかし、ピンクチラシほか、不要な投函物が次々と入ってくるのが現状で、迷惑といえば迷惑である。「これらの投函主を住居不法侵入で全員逮捕・立件してくれ」と、試しに警察に頼んでみようか。おそらくそうはしてくれまい。つまり、最高裁判断は原理的にはあらゆる住居不法侵入者に対して今後適用されてしかるべきだが、実際にはなんらかの「意図」により「狙い打たれた」人間だけが罰せられることになる。そして、「狙い打たれそう」な人間をあらかじめ萎縮させもするだろう。この判決により、ピンクチラシ業者が萎縮するとはとても思えない。それは特に「意図」されていないからである。これとはまた別に、映画『靖国 YASUKUNI』(李纓監督)の上映中止議論を呼んでいるが、なんらかの「意図」によりある種の人々のスペースが、徐々に、しかし確実に狭められようとしている。人ごとだと思っていてはいけない。それはいつなんどき、自分に降りかかってこないともかぎらないのだから。

【2008.01.09】遅ればせながら明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。以下、雑記です。

【2007.12.08】気がつけば、いつの間にか2万5千ヒットを越えていました。

【2007.04.02】新年度を迎え、正式に新学科「複合文化学科」所属となりました。

【2007.02.15】 近況報告
 じつに久しぶりの更新となってしまいました。例年この時期は、年末年始に一度呆けてしまうため(笑)更新がそもそも滞りがちですが、今回はかてて加えて、いささか厄介なことになっています。じつは、職場の労働組合の要職に就いてしまったのです。これが想像以上にたいへん。単に用務が多いのみならず、よかれと思ってやったことが思いがけぬ反発にあうことも多く、精神的にもきつい面があります。個人的に益することはおよそ皆無ですが、社会の保守反動化、経済における新自由主義化のなかで全般的に退潮傾向にある労働運動の趨勢を思うとき、それなりの歴史的意義を自覚しながら取り組むほかはないのでしょう。

 そんな気の滅入るような日常をちょっとだけ抜け出して、本日は青年劇場より縁あってご招待いただいた、『博士の愛した数式』(小川洋子=原作、福山啓子=脚本・演出)を新宿はシアターサンモールで観劇してきました。

 映画化でもつとに知られているとおり、『博士の愛した数式』は、交通事故が原因で記憶が80分しか続かなくなった天才数学者(博士)と、家政婦とその息子の心温まる交流を描いた作品です。その意味では、博士の「記憶障害」の物語は、あくまでも個人的で非社会的なものに過ぎません。しかしながら、これが青年劇場の上演であると考えるとき、私はこれを、もし社会が「記憶障害」を起こしているのだとしたらと、勝手に想像しながら観てしまいました。80分とまではいわないけれど、洪水のようなメディアの情報を浴びるなかで、私たちは覚えておくべき記憶を日々忘れ去っているのではないか。博士はそれでも交通事故以前(1975年以前)の記憶は鮮明に覚えているが、私たちは歴史的過去(たとえば戦争の記憶)さえ見事に忘れてしまっているのではないか、あるいは忘れるようし向けられているのではないか。そのような危惧を覚えてしまいました。博士が毎朝目覚めるたびに自分の記憶が限られていることを知って深く嗚咽するように、私たちは、私たちが陥っているかもしれない「忘却」について、少しばかり省みる必要があるのかもしれません。

 などとつらつら考えつつも、本作品が純粋に楽しめるものであったこともまた事実です。ご招待いただいた青年劇場にあらためて感謝いたします。さらには、カーテンコールで「本日は原作者の小川洋子さんがお見えです。ご紹介いたします」とアナウンスがあり、さてご本人はどこかと劇場内を見渡していると、なんと私の隣席の女性がすくと立ち上がって一礼。じつに小川洋子さんその人でした。ただの偶然とはいえ、私は原作者のすぐ隣で観劇するという幸運にも恵まれていたのでした。青年劇場に重ねて感謝。

 観劇後は、ペルー留学時代の友人と落ち合い、新宿6丁目の焼鳥屋に寄って一杯。こちらの「つくね」はお世辞抜きにうまいです! 機会があればぜひお試しください。

 さて、この4月より、所属も新学科「複合文化学科」に変わります。それに合わせて、このサイトもそれなりにリニューアルする予定です。乞うご期待?

【2006.11.29】郵便局簡易保険と性同一障害の浅からぬ結びつき
 
郵便局簡易保険(以下、簡保)と性同一障害がいったいどう結びつくのか、にわかにはおわかりにならないでしょう。かくいう私もまったく知りませんでした、さっき郵便局で手続をするまでは。ことの起こりは以下のとおり。

 「おまえの名義でかけていた簡保がまもなく満期を迎える。もっともおれ自身の貯蓄のためだが、ワッハッハッハ」(ご存じかと思うが、簡保には貯蓄性も備わっている)と、実家の親父から連絡があったのはつい最近のこと。そんなことは知らなかった(じつはこの本人が「知らな」くても保険がかけられたことに問題の発端はある)。「おれが満期金を受け取るためにはおまえの本人確認が必要である。ついては最寄りの郵便局で手続をしてくるように」と、保険証書が郵送されてきた。
 つまりはこういうことだ。親父は私を被保険者として保険契約をしたが、私という人間が本当に存在するかどうかについて、かつて郵便局は厳密な確認をしていなかったのである(私は私の存在を証明する公的書類を求められはしなかった)。要は契約者の「自己申告」がすべて、いい時代があったものである。きっと契約を取ってくることが最優先だったのであろう。しかし、いまはそうはいかない。私は最近子どもの学資保険を郵便局で作ったのだが、郵便局ならどこでもいいのだろうという気軽な気持ちで、自宅のそばではなく、職場近くの郵便局でたまたま手続をしてしまったところ(もちろん、子どもの存在を確認する書類は整えてのことだ)、哀れその局の職員は、子どもの存在をさらに「目視確認」すべく、はるばる我が家までわざわざ訪ねてこなければならなかったのである。
 現在本人確認が必要なのは、郵便局側のかつての不作為によるところが大きい。まあ、それは大目に見るとしよう。さあ、手続きである。生年月日と性別の確認が必要であるとのことだったので、免許証に保険証を持参した(これも最近気づいたのだが、免許証には性別が記載されていない。よって性別の証明はできないのである!)。これで万事終わりかと思ったところ、一枚の念書が差し出された。それは保険契約時と現在の性別に変更がないかどうかを確認するためのものであった。局員の説明のよれば、2004年7月16日に施行された「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」によって現在は戸籍上の性別の変更が可能になっている、ついてはその有無の確認が必要なのである、とのこと。ふむふむなるほどね、ん?ちょっと待った!
 そもそも性の違いが保険契約となんの関係があるのかと尋ねると、これが大あり。同じ保険条件でも男女では掛け金が変わってくるとのこと。こんなところにも男女格差があるとは(どちらがより優遇されているかは定かではないが)、私は不覚にして知らなかった。たとえば、私が男性であるにもかかわらず、親父が私を女性と偽って保険契約を結んでいたとしよう。その虚偽が現在の性別確認で発覚した場合、掛け金は再計算され、不足金があれば請求されるし、余剰金があれば還付されるということだ。
 しかし、そもそも性別の確認が必要であるとの根拠となった性同一障害者の扱いはいったいどうなるのだろう? ある人がかつて、心は「男」なのに戸籍上は「女」だったとする。保険契約は当然「女」としてされただろう。そしていま、法律によって晴れて「男」になったとしよう。掛け金の再計算はいったいどのようになされるのか。仮にそのことによって不足金の請求がされる、つまり不利な条件に変更になったとして、それは社会的に公正なことなのだろうか。「彼」がかつて「女」とされそれに基づいて契約を結んだことに、なんら責任はないのであるから。だいたい、法律の施行をはさんで、それ以前に「彼」が「女」で、以後は「男」であることに、なんの虚偽もないのであるから。なんだか釈然としないまま郵便局をあとにしたのであった。

 想像するに、性同一障害者にとってはまだまださまざまな障壁や困難があるはずだ。私はそれを杉山文野『ダブルハッピネス』(講談社、2006年)を読んで少しずつ学び始めていた。これは素晴らしい本であることを、最後に付け加えておきたい。

【2006.10.30一部改/2006.10.23】「産学協同」を言うならば……
 
週末は学会出席のため京都に出張だったのだが、帰りの新幹線のなかで気になるニュース速報を目にした──「全大学に教員への研修を義務付け」。なんなんだこれは!と帰宅してから調べてみると、およそ以下のようなことであった(しかし、毎日新聞以外にそれらしい報道がないのはなぜだろう。また、私の検索の仕方が悪いのか、そもそも文科省のサイトに見あたらないのだが……)。

 文部科学省は大学・短大教員の講義のレベルアップのため、全大学に教員への研修を義務付ける方針を固めた。来年度に大学設置基準と短期大学設置基準を改正し、早ければ08年4月にも義務化する。研究中心と言われる日本の大学で、学生への教育にも力点を置く必要があると判断したもので、「大学全入時代」を迎え、学生の質の低下を懸念する経済界からの要請も背景にある。具体的な研修内容などは今後、中央教育審議会で検討する(http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20061021k0000e040067000c.html)。

 ひとこと言わせてもらいたい。純粋に「講義のレベルアップ」を図ることが目的なら、いくらでも研修とやらを受けよう。しかし、この方針は「経済界からの要請」に基づいたものだ(内田樹氏のブログによれば、経済界が求める「学生の質」とはつまり、「従順で、専門能力が高く、現行の統治形態に十全の満足を覚えており、資本主義のさらなる発展に寄与し、雇用調整でクビにしてもにこにこ笑ってくれる」ことらしい。なるほど)。これはいわゆる「産学協同」路線というやつである。「産学協同」は一昔前は「粉砕」すべき対象だったが、時代は変わった(「粉砕」を叫んでいた人々よ、「みんな何処へ〜行っ〜た〜?」[中島みゆき「地上の星」風で♪])。
 よろしい、「産学協同」、おおいにけっこう。しかし「産学協同」を言うならば、経済界=企業社会に対して、大学からもぜひお願いしたいことがある(両者の関係は双方向的であるべきだ)。大学の少なからぬ講義では、文科省も奨励する「自分で学ぶ力」のいわば完成形態である、社会批評力・批判力を養おうとしている(だから、学生の教育に力点が置かれていないなどと、軽々しく言わないでほしいのだ)。しかし、学生がせっかく身につけたこの能力を、去勢するのはほかならぬ企業社会である。「損保を斬る!」で書いたことだが、利益の最大化とコストの最小化を追求するのが企業の常としても、日常業務のなかで顧客を「食いもの」にするようなモラル・ハザードが横行しているのは、企業社会の風土が社員の「正しさ」への感覚を間違いなく摩滅させているからである。それはなにも、損保業界に限ったことではあるまい。大学に改善すべき余地がないとは言わない(たとえば、早稲田大学も研究費不正流用事件を厳に反省しなければならない)。しかし、モラルの点でより改善されるべきはむしろ企業社会のほうなんじゃないかと、声を大にして言いたい。
 幸いと言うべきなのか、私の周りの学生たちも企業──損保を含む──からの内定をもらっている。私はそんな彼らをもちろん祝福する(社会人として自立していくことは、すべからく必要なことだ)。しかし同時に、彼らの先行きがいささか心配でもある。

【2006.10.08】「他者」なき「美しい国」の虚構──安倍晋三『美しい国へ』を読む
 安倍晋三は首相就任前に『美しい国へ』(文春新書、2006年)なる著書を刊行した。安倍に印税が入るのは腹立たしいので自分で買うことはせず(笑)、区立図書館で予約してひたすら順番が来るのを待ち、ようやく読むことができた(別に読めなくてもよかったのだが)。
 批判すべき点はいくらでもあるが、アメリカス研究の立場から見ると、安倍が国家の理想像としてなぜかことさら米国の事例を強調するそのさまは、あまりに脳天気と言わざるをえない。たとえば、「フロンティアを求めて西へと膨張していった過程は、まさに神から与えられたとする「マニフェスト・デスティニー」(明白な運命)のなせるわざ」(112-113ページ)という歴史認識には、「フロンティア」の向こう側にも人間(メキシコ人やアメリカ先住民)が住まい、その人間にとっては、「マニフェスト・デスティニー」が侵略にほかならないということに対する想像力が、微塵も感じられない。家族の模範として称揚する米国ドラマ「大草原の小さな家」(214-215ページ)が、その善良さとは無関係に、「フロンティア」の前線における「尖兵」とならざるを得ないことに無知な安倍には、室谷哲の以下の指摘をぜひとも読ませたい。

「しかしこの善良で逞しく家族愛に満ちた普通の人びとは、他者を殺し、土地を奪い、その文化を破壊している元凶が、結局のところ新たな土地を求めて移住をくりかえす自分たちにほかならないという事実には全くといってよいほど無自覚で、敗者の運命を想う想像力も、敗者への共感も、また罪の意識をも欠いていた。彼らにとってインディアンといえば、開拓の邪魔になる森の木の根や狼にも等しい自然の一部くらいにしか思えなかったのである」(室谷哲「西部開拓と白人農民の世界」歴史学研究会編『19世紀民衆の世界』<南北アメリカの500年・3>、青木書店、1993年、149ページ)

 「この国に生まれ育ったのだから、わたしは、この国に自信をもって生きていきたい」(26ページ)と安倍は言う。安倍ほか総じて憲法・教育基本法「改悪」を唱える保守政治家たちはしかし、「自信をもって生きる」そのあり方が、じつは多様であること意図的に隠蔽し、抑圧しようとしている。だから彼らが思い描く「美しい国」には、さまざまな思想統制の「フロンティア」が張りめぐらされ、彼らの自己満足=陶酔的なウルトラ・ナショナリズムの規範から逸脱する「他者」がそこからは排除される。しかし彼らには、日本はそうした排除される「他者」も含めての日本であり、少なからぬ人々が「自信をもって生きて」いないとすれば国の存立がそもそも危ういことが、わかっていない。その意味で、彼らの言う「美しい国」とははなはだ虚構に過ぎない。
 彼らは戦後の民主的な歴史教育を「自虐史観」と名指して目の敵にするが、「自信をもつ」べきなのが「この国」の歴史に対して限定される必然性は、じつはまったくない。歴史は全人類共通の遺産である。私たちにとって、歴史の正の遺産はナショナリティとは無関係に誇るべきものである。負の遺産もまた、ナショナリティの如何にかかわらず反省すべきなのであって、一国の「自信が損なわれる」という低レベルの問題に矮小化されてはならない。ましてや、日本における軍国主義の歴史のように、負の歴史をみずからの国の過去に属することだからといってあたかもなかったことにする、もしくは牽強付会よって肯定するなど、もってのほかなのである。

【2006.09.17一部改[注:自粛ではないよ]/2006.09.13】9月12日、さるやんごとなき家系に生まれた男の子は「悠仁」(ひさひと)と名付けられたということだ。同名もしくは「悠」の字を名にもつ人は喜びもひとしおです、あやかって「悠」の字を子どもにつけるご家庭もきっと増えることでしょう!──なんていうマスコミの軽薄な報道も飛び交っているが、個人的にはどうもそういう感覚がわからない。むしろ、「雄仁」(たけひと?)なんて名付けられでもしたら、どちらかというと迷惑だけどな(笑)。
 「悠」の字を選んだ理由は「ゆったりとした」意味を汲んだということだが、やれ改憲だ自衛権の行使だと、なにかと物騒なこのご時世、どうしてどうして、とても的確な選択(意思表明?)なのかもしれない。これが「雄仁」や「威仁」(これもたけひと?)などの威勢のいい名前だったりしたら、まるで改憲派を鼓舞するようなものだ。いっそ護憲のために「憲仁」(のりひと)なんてのはどうだろう。ん? これじゃあ改憲派が勘違いして逆に勢いづいてしまうか。では「護仁」(もりひと)では? これも「お国を護(まも)る」、と来るかな(笑)。なんといっても、なにか事件が起こると、なんでも「教育が間違っている。教育基本法を改正しなければ!」と短絡させる手合いたちですから。
 ところで、報道によれば名付けにあたっては「熟考3カ月」なんてあったけど、参考までに女の子だった場合の名前もぜひ教えてほしい。もし本当に考えていたのならね。

【2006.07.10】2万ヒットに到達しました。

【2006.06.29】大手出版各社が発行する月刊PR誌は、なぐさみの読書に最適だ。最近のお気に入りは講談社の『本』。石原千秋(大先生。恐れ多くも同僚だ)<百年前の男と女>・森達也<ぼくの歌・みんなの歌>・二宮清純<新日本野球紀行>などの連載ものを読んでいる。森達也<ぼくの歌・みんなの歌>は、時代を風靡した国内外のヒットソングを、森自身の個人的体験とも重ね合わせながら毎回紹介している。最新7月号では、ブルース・スプリングスティーンの「ボーン・イン・ザ・USA」(1984)を取り上げている。いわく、「激しいビートと共に、「俺はアメリカで生まれた」とスプリングスティーンが何度も絶叫するこの曲を、まるでアメリカの愛国心発揚ソングのように思い込んだ人は少なくないと思う」。なにを隠そう、私もそうしたうちのひとりだった。そうだったのか。なるほど、よくよく歌詞を読めばうなずける:「死んだような生気のない街に生まれ/歩き始めるとすぐに蹴とばされた/最後にはたたきのめされた犬のようになり/人生の半分を人目を盗んで生きるようになる」(訳詞・三浦久)。森が言うように、「愛国心の高揚など欠片もない」。ではなぜ米国本国でも「愛国心発揚ソング」として通用したのかと、森が米国の知人に問えば、答えは「別に不思議じゃないさ。ほとんどのアメリカ人は、歌詞なんかまともに聴かないよ」。
 まあ、米国人のことを言えた義理ではない。私もまた、英語歌詞など聴いてはいない。いや、聴いていないというよりも、聴き取ることができないといったほうが正確かもしれない。聴き取れないといえば、こんな痛恨の思い出もある。「ボーン・イン・ザ・USA」がヒットした前年の1983年、スティックスの「ミスター・ロボット」なる曲がヒットしていた。1983年の私は、外国語学部受験を目指す浪人生として、英語の猛勉強中だった(はずである)。当時はラジオの音楽リクエスト番組(ミスDJ電リクパレード!)をよく聴いており、「ミスター・ロボット」もそんな番組で流れていた曲である。恥を忍んで告白すれば、私は出だしの部分が聴き取れず、「なんて歌ってるのだろう?」とずーっとわからないでいた。真相を知ったのはそれからじつに20年後(笑)、つい最近のことである。あれは「英語」などではなかった。なんと!「日本語」だったのである(虚脱感……)。「ドモアリガット ミスターロボット マタアウ ヒマデ/ドモアリガット ミスターロボット ヒミツヲ シリタイ♪」。やれやれ、私の「聴解力」なんて、所詮この程度のものである。

【2006.06.17】斎藤美奈子はあいかわらず冴えている!今度のテーマは「冠婚葬祭」の「常識」を疑うこと──「研究日誌」に斎藤美奈子『冠婚葬祭のひみつ』(岩波新書、2006年)を加えました。以下にも転記します。

斎藤美奈子『冠婚葬祭のひみつ』(岩波新書、2006年)
・「冠婚葬祭マニュアルは、儀式の型を学ぶためのマナーブックだと私たちは思っている。しかし、セックス、迷信、優生思想に彩られた戦前のマニュアルは、重要な事実を教えてくれる。「しきたり」「常識」「心得」といった口当たりのいい言葉の裏に、看過できない差別思想がじつは隠れているかもしれない、ということである。役に立たないだけならまだいい。有害な思想をそれらが撒き散らかしていたとしたら、責任は誰が取るのだろう。/こうなる[マニュアルがどれも似たり寄ったりのものになる]理由はけっこう単純で、マニュアルの書き手は既存のマニュアルを参考にするからだ。この連鎖を断ちきるのは容易ではない。もしあなたが冠婚葬祭マニュアルを書けといわれたらどうします? 自信がないから既存の類書を絶対見るでしょう? 一〇冊が一〇冊同じことを書いていたら、それが常識だと思うでしょう? 
それですよそれ
◎これはなにも「冠婚葬祭マニュアル」に限られたことではない。個人のウェッブサイト(あるいはブログ)しかり、学生のレポートしかり、である。あるサイトが別のサイトの「紋切り型」の「常識」を無邪気に参照する。そんなサイトの「紋切り型」を引用した(カット&ペーストした)レポートが提出される。かくして「紋切り型」は再生産・増殖を続ける……これですよこれ!

【2006.06.01】毎日新聞の調査によれば、「「国を大切にする」などの「愛国心」表記を通知表の評価項目に盛り込んでいる公立小学校が埼玉県で52校に上」っているという。52校の所在地を見ると、なんと、私の実家のある市町村名が含まれているではないか! やれやれ、その市町村には弟夫婦も住んでいるが、弟夫婦のまだ幼い娘、すなわち私の姪っ子も、先々「愛国少女」度が問われるというのか!?
 国会では教育基本法改悪、さらには憲法改悪の機運がますます高まっている。由々しき事態だ。そんな折り、斎藤貴男の新刊『ルポ改憲潮流』(岩波新書)は必読である。斎藤自身の危機意識も強い:「もはや時間はあまり残されていないかもしれない。だからこそ、できる限り多くの読者に知ってもらいたい。いま、この国の底流で何が起こっているのか、私たちは何をさせられようとしているのか、を」(vi頁)。私たちはいま、なにができるのか。なにをすべきなのか。

【2006.05.28】5月25日、損保大手の損保ジャパンふたたび業務停止命令を受けました(金融庁の行政処分の具体的内容はこちら)。さもありなん、です。しかし繰り返しますが、保険金の不払いは、なにも損保ジャパンに限られたことではなく、損保業界「全体」の「日常」業務でも見られることのはずです。金融庁にはさらに踏み込んだ行政指導をお願いしたいものです。

【2006.04.23】

損保を斬る!

 今年の春先、ウェブサイトの更新がほとんどできなかったのは、単なる怠慢もさることながら(すいません)、あることに時間を削がれていた影響によるところが大きい。そのあることとは、損害保険会社との交渉である。
 昨年の暮れ、私は追突事故に遭った。幸いにしてけがはほとんどなかったが、車は大破し、加害者側加入のあいおい損保と賠償交渉することになった。損保との初の本格的な交渉で痛感させられたのは、聞きしにまさるその不当な「払い渋り」ぶりであった。
 一連の経過のなかでさらにわかってきたことは、これはなにもあいおい損保に限らない、業界全体の構造的な体質だということである。私は自分の自動車保険としてSONY損保に加入しているが、SONY損保も基本的なスタンスにおいてまったく変わらないと言わざるをえない。世に損保は数々あるが、同じ条件の契約において、保険料が高く設定されているからといってその損保が保険料に見合った賠償をするとはまったく限らないし、逆に格安保険料を謳う損保があれば、その損保はより徹底的な「払い渋り」をすると、あらかじめ宣言しているようなものである。
 以下は、某新聞へ投稿を試みた損保批判の文書である。あえなく没になったので(損保批判の内容に対し、私の専門が「ラテンアメリカ研究・スペイン語教育」というミスマッチが不採用の原因ではないかと、勝手に勘ぐっている。専門外からの「介入」も重要だと思うのだが)、ここに掲載する次第である。また、資料として、あいおい損保に書き送った「2005年12月23日事故・物損賠償に対する私の見解」(Wordファイル)、および交渉の成果であるあいおい損保発行の「賠償認定内容内訳」(この妥結額は、当初提示額のじつに約2.5倍である!)を付する。交通事故に遭わないのが先決であるが、不幸にして事故に遭われた際に、物損賠償交渉の参考・一助になれば幸いである。もっとも交通事故賠償全般に関しては、「交通事故110当番」という非常に優れたサイトがあるので、なにはなくともアクセスされることをお奨めしたい。

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自動車損害保険──損保は公正な補償交渉を

後藤雄介(早稲田大学教員/ラテンアメリカ研究・スペイン語教育)

 日本の「信用」の根幹が揺らいでいる。「制度」が実際には機能せず、その内実が「空洞化」していることを、私たちは日々見せつけられている。それは最近では、マンション耐震構造偽装問題に端的に表れているが、損害保険会社による「不払い」問題(その中心は自動車保険である)も、その裾野が広いだけに、相当に根の深い問題だと言える。
 去る2月3日、損保各社は一斉に不払い防止策を発表した。昨年11月に金融庁より出された、業務改善命令を受けてのことである。しかし損保側は、特約事項などの「末端」部分に不払いの原因を矮小化させようとしているかのようであり、「業界の構造的な問題」との金融庁の指摘を真摯に受け止めているかどうかはきわめて疑わしい。なぜなら不払いは、保険業の「中核」部分、すなわち、ごく通常の交渉業務において、いわば「まかり通って」いるからである。
 私事になるが、昨年暮れに追突事故に見舞われた。幸いけがはたいしたことがなかったが、車は大破したため、おもに物損の補償をめぐって加害者側損保と交渉することになった。被害者ならだれもがそう願うように、損壊させられた車は加害者加入の保険によって適正に「原状回復」されるべきであり、現に被害者の諸権利を認めた判例が、これまでに数多く積み上げられてきている。ところが損保は、そんなものはどこ吹く風と、被害者の権利を踏みにじろうとする。
 事故車の原状回復は、まずは「修理費」によるが、修理不能の場合は、事故車の「車両時価」、および代替車購入に必要な「車両購入諸費用」(税金・法定費用など、多岐に渡る)が補償されてしかるべきである。これらに加えて、「代車費用」・「廃車費用」・「備品関連費用」も請求することが可能である。
 こうした交渉されてしかるべき多くの項目について、損保があらかじめつまびらかにすることは、けっしてない。私の場合も、交渉担当者は当初、あたかも「車両時価」・「代車費用」だけが補償の対象であるがごとく振る舞った。補償対象はほかにもあるはずだと指摘しても、積極的に交渉に応じる態度はついぞ見せなかった。私は交通事故賠償に関する専門書や判例集を調べ上げ、損保の姿勢を徹底的に批判し、私の権利とその根拠を詳細に記した大部の意見書を送りつけた。そのことによってようやく、損保を「真っ当」な交渉の席に着かせることができた。
 こうした被害者側の努力は、ある意味で「徒労」である。なぜなら、交通事故賠償の素人が調べられることなど、損保側は「百も承知」だからだ。しかし、被害者から強く主張しないかぎり、損保は当然なすべき補償もしようとはしない。だから、「徒労」にもかかわらず、現状では被害者の自己防衛が遺憾ながら欠かせない。そうしなければ泣き寝入りを強いられる。これが損保の業務の「日常」ならば、まさに「制度」を「空洞化」させる、著しく公正さを欠いた恥ずべき行為と言わなければならない。
 損保各社の不払い防止策を、そのまま鵜呑みにすることはできない。防止策発表と平行して、少なくとも私に対する不払い行為は依然としてなされようとしていたからである。損保各社の今後の動向を、私たちは注意深く監視していかなければならない。

【2006.04.22】早稲田大学からほど近い、神田川に架かる面影橋──都電荒川線の停留所名ともなっている──付近にかつて住んでいた。当時早稲田大学とは無縁であったが、大学の周辺は、というわけで散策の範囲であった。甘泉園公園もそのひとつである。期せずして早稲田大学に勤めることになったものの、着任と相前後して住まいのほうは引っ越しをしたが(残念!)、甘泉園公園には昼食のあとなどに足を運び、ひとり気ままに過ごすことしばしばである。じつは昨日もそうであった。そして、心地よい新緑のなか涼やかな風に打たれながら、この界隈に縁ができてちょうど10年目の年であると、ふと気がついたのだった。

【2006.04.13】スペイン語技能検定試験(西検)(日本スペイン協会主催)はかねてより実施されてきましたが、今年2006年より、同協会主催で新たにビジネス西検なるものがスタートしました。

【2006.04.06】「研究日誌」に姜信子(きょう・のぶこ)・大熊ワタル「対談=歌の旅/記憶の旅」(『週刊読書人』2632号、2006年4月7日)を加えました。

【2005.07.31】1万5千ヒットに到達しました。

【2004.11.25】1万ヒットに到達しました。

【2004.10.01】早稲田大学では9月16日付で学術院体制が新規に発足し(詳しくはここを参照)、私の所属も「教育学部(School of Education)」から「教育・総合科学学術院(Faculty of Education and Integrated Arts and Sciences)」になりました。


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