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        論文・レポートの作法
   
        このページは今後コンテンツを増やしていく予定です。

引用の仕方 基礎編
  レポートや論文を書く時、他の人の書いた文章を引用することがあります。 引用は論の展開の上で必要であれば遠慮なく行うべきですし、どのような情報を引用として提示するか(できるか)という点が論文の価値に大きく関わってくることもあります。 ただし、引用に際しては注意すべき事柄があります。 最も基本的で重要なのは、大声で言いますが、
それが引用であるということを明らかにすること です。 つまり、あなた自身の言葉(地の文ともいいます)と、引用部つまり他人の言葉の間に誰でも分かるような区別ができていなければなりません。 この区別を怠り、他人の言葉なのにあたかもあなた自身の言葉のように読まれてしまうようだと、あなた自身の意図に関わらず 剽窃と見なされてしまいます。 通常、明らかな剽窃がなされた場合には、その論文やレポートの価値は、他のどの部分が優れていようが、ゼロになります。 

 では、どのようにすれば、引用部(他人の言葉)と地の文(自分の言葉)をはっきりと区別して示すことができるか。これは学問の領域によって、また国や地域によって若干方法が異なりますが、一般的なものとして私が採用している方法は次の通りです。

1.短い引用(2行から3行程度まで)は、「 」に入れて地の文の中で示す。 
例: 
例えば大岡昇平氏は小説でも詩でもない〈文〉というジャンルの存在を指摘し(1)、『猫』をその範疇に置いている。それを踏まえて柄谷行人氏は漱石の〈文〉が「さまざまなジャンルを含んで」いる点を強調し、さらにノースロップ・フライによるフィクションの分類に依拠しながら「ペダンチックな対話があり、百科全書的な知識の披瀝がある」『猫』が〈アナトミー〉であることを明示した(2)。またそれとほぼ同時に伊藤誓氏は『猫』をロレンス・スターンの『トリストラム・シャンディ』と並べ、二つの作品が共に〈メニッポス的諷刺〉としてのジャンル的要件をかなり満たしていることを、バフチンがこのジャンルの特徴として示した十四項目と綿密に照らしあわせて検証している(3)。詳説は避けるがこの指摘が妥当であることは、その十四項目の中に例えば「笑いの要素の比重が高くなっている」「珍しい話、手紙、演説、饗宴といった挿入ジャンルの広範な利用を特徴とする」「挿入ジャンルの存在によって、多文性、多調性が強化される」「時局評論的な性格」などの特徴(4)が含まれていることからも窺えるだろう。
            (安藤文人「海鼠のような文章」とは何か---『吾輩は猫である』と〈アナトミー〉より)

2.それ以上の長い引用については、地の文の次に一行空け、行頭を一字分下げて引用する。引用の後にまた一行空けて、地の文を続ける。 一行空け一字下げの原則
例:
この評論を書くにあたって漱石が参看した文献についてはすでに坂本武氏による考察(14)があるが、漱石自身もスターンの文体を論じるくだりで二人の英国の研究者の名を挙げている。
 「スターン」の文体に就ては、諸家の見る所必ずしも同じからず、「マッソン」は彼が豊腴なる想像を称して、其文体に説き及ぼして曰く、彼の文章は精確にして洗練なるのみならず、嫺雅優美楚々人を動かす、珠玉の光粲として人目を奪ふが如しと、「トレール」の意見は之と異にして、「スターン」は唯好んで奇を衒ひ怪を好むに過ぎず、文体といふ字義を如何に解釈するとも、彼は自家の文体を有する者にあらずといへり、(後略)(15)
 「マッソン」(David Masson)の論は『英国小説家とその文体』(British Novelishts and their Style,1859)から引用したものだが、これは書名からも分かる通りスターンを単独で取り上げたものではない。「トレール」(Henry Duff Trail)の引用の方は『英国文人叢書』(English Men of Letters)という評伝叢書の一冊として書かれた『スターン』(Sterne, 1882)から採られたものである。                                    (安藤文人 上掲論文より)

!! 注意
 ここでは技術上の問題で正確に一字下げにすることができませんでした(二字分くらい下がっています)。また横書きのレポートなどでは、一字分という分量がはっきりしない場合があります。要は明らかに地の文とは行頭が下がっていて区別できれば良いということです。
  
3.引用した場合は、本文あるいは注の中で出典を示すこと。特に地の文と分けて長く引用した場合は、引用箇所(頁)を示すのが望ましい。
例: 
■上の1の引用部の注
(1) 「『猫』と「塔」と「館」と」、『小説家夏目漱石』(筑摩書房、一九八八年)
(2) 「漱石とジャンル」、『漱石論集成』(第三文明社、一九九二年)
(3) 「スターン、漱石、ルキアノス――〈メニッポス的諷刺〉について」、『スターン文学のコンテクスト』(法政大学出版局、一九九五年)なお同論の初出は一九九二年である。
(4) 望月哲男・鈴木淳一訳『ドストエフスキーの詩学』(ちくま学芸文庫、一九九五年)より抜粋・要約

■2の引用部の注
(13) 新編『漱石全集』第十三巻(岩波書店、一九九五)、六十一頁

なお、注のつけかたについてもいくつかの方法があって必ずしも統一されてはいませんが、基本的には、本文か注(つまり論文のどこかで)その引用部の出典に関する情報(著者、書名・論文名、出版地[あるいは出版社]、出版年などが示されていれば良いでしょう。 つまり、あなたの論文なりレポートなりを読んだ人が、引用部を見て「あ、この元の本を見たいな」と思った時に見つけることができるだけの情報が提供されていれば良い、とも言えます。

実際の論文例
下をクリックすると安藤の論文にリンクします。 参考にしてください。
「海鼠のような文章」とは何か---『吾輩は猫である』と〈アナトミー〉