文法的機械番外編その3

---マルチメディア環境における自己表現の基礎訓練---

 

早稲田大学 法学部 教授(外国語・一般教育科目担当)

原田康也

 

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l          Date of original publication: October 1, 1999.

l          Date of on-line publication: August 28, 2000.

 

l          本ドキュメントは1999101日付けで早稲田大学語学教育研究所より『語研フォーラム』(No. 11, pp.81-103)において「文法的機械(番外編その3):マルチメディア環境における自己表現の基礎訓練」と題して発表された論考の原稿を HTML 化したものです。掲載に当たって、上記刊行物との同一性を保証いたしません。このため、無断での転載・引用・リンク・プリントアウトなどはすべて禁止します。

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 マルチメディア環境における英語教育と自己表現の基礎訓練に関して考察すべき事象は限りなくあるが、とりあえず経過報告を続けなければならない。前回まで(文法的機械番外編その1ならびにその2)においては、英語による文章作成技法の訓練としての英作文をコンピュータ教室において実施するにいたる過程を紹介したが、今回は1995年度から1998年度までに法学部で担当した授業について、英作文の授業に限らず総合英語や一般教育科目も交えて、ネットワークも含めたメディア環境をどのように利用したか紹介したい。なお、前回と同様に一部記憶の錯誤などによる事実誤認が含まれているかもしれないことをあらかじめお断りしておきたい。また、本稿も客観的な検証ではなく主観的な考察を中心とせざるを得ないことを了解していただきたい。

 本稿をまとめるにあたっては、教務部公募による学部教育のオープン化ならびにソフト開発研究会「情報社会における英語教育のあり方」研究会(1997-8年度)における研究活動の成果が反映している。

 

1.   教育・学習環境の変化

 前回までの報告では、英語による文章作成技法の基礎的訓練としての英作文を行うために、法学部の英語の授業においてコンピュータ教室を利用するまでの経緯を紹介した。ここではその経過を繰り返さないが、まず始めに1994年度以降の情報科学研究教育センター(現メディアネットワークセンター:以下わずらわしいのでMNCという簡略表記で19965月までの情報科学研究教育センターと19966月以降のメディアネットワークセンターを合わせて示すこととする)が提供する標準的なコンピュータ教室の環境の変化について紹介したい。

 現在の時点から見ると当たり前に思えるのだが、1995年前後の大きな変化は、IBMのホスト計算機を前提とした端末機としてのパソコンから、インターネット接続を前提とした Windows環境への切り替えが特筆すべき点となる。バックエンドのシステムとしては、80年代半ばから安定に稼動していたBITNETから、JUNETWIDEへの接続を通して理工学部・大久保キャンパスで成熟してきたTCP/IP接続の技術に全面的に依存する覚悟を決めたことになる。このことは、教室の環境としては、同じ機械がパソコンであったり、IBM の端末であったりするという多義性を単純化し、同じキーがコントロールキーであったり実行キーであったりするという多義性を単純化した。また、マウスを利用した GUIが初心者にわかりやすいという意味をパソコンに習熟した利用者は誤解しがちだが、それはキーボード操作を省略できるという意味ではなく、キーボードからの入力が文字の入力であったりコマンドの投入であったりするという多義性を解消するという意味を持っていたことも指摘できる。こうした多義性の解消が、「インターネット・マルチメディア・WWW」という時代のキーワードとも重なって、就職を控えた上級学年と新入生からネットワーク利用者を増殖させ、1998年度当初にはほぼ全学生がインターネットを利用するためのIDを所持するという状況を現出させた。また、この間の教務部情報化推進計画の実施に伴うコンピュータ教室増設などにより、MNCのコンピュータ教室のほか、各学部にもコンピュータ教室が新設・増設され、筆者の本属箇所である法学部においても1996年春に8号館308教室がコンピュータ自習室となり学生機が40台設置され、1997年夏に教室仕様に変更するとともに学生機が10台増設され、7号館327 教室については1997年夏に社会科学部との共同利用として学生機約80台が設置された後、1998年夏に14号館に社会科学部コンピュータ教室が設置されたことにともない法学部単独の所管となった。これらのコンピュータ教室のほか、1998年夏に8号館309号室(視聴覚自習室)をマルチメディア演習室として改修し、ビデオとオーディオのブース14席のほか液晶ディスプレーを持ったパソコンとビデオのブース20席を設置するに至った。これらの学部内の設備を有効に利用することによって、さまざまな科目でコンピュータを利用した実習が人数と目的に応じた適切な規模で実施可能となっただけでなく、MNCのコンピュータ教室・自習室や他学部などの所管の標準仕様コンピュータ教室などを利用することによって、法学部の学生が宿題や予習、レポート作成をするための基本的な設備が整えられる事となった。また、コンピュータ教室や視聴覚教室では実施が困難な授業形態についても、1998年後期から運用開始となった14号館6階のMNCマルチメディア教室を利用することによって、さまざまな試みが可能となっている。

 

1.1.  教室環境・計算機環境

 1995年度はそれまでのIBMホスト・端末環境ならびにBITNETからの移行の年度であった。MNCのカリキュラムも移行のために新旧の科目が併設され、24号館の教室環境も、6階にDOS・一太郎・WordPerfectBasicCMSなどの従来の環境を残し、5ABルームは Netware/TISP/Windows3.0LAN環境を前提にWindowsGUIによってインターネットでのメール利用を可能とするクライアントソフト Win/YATが導入された。なお、WWWの利用はブラウザクライアントの設定次第で認証を経ずにメール・ニュースを発信できるという問題から、少数のMacintoshを設置した自習室以外での利用については、年度の終わりまで繰り延べにされることとなった。なお、このWindows 環境に関しては、前期にWorksを利用して作成したファイルを後期にWordで読み込むと、書式やフォントの設定で妙な表示になるなどの経験をするはめになった。この当時の24号館5階のLAN環境は不安定かつ未成熟で、担当FEの職務怠慢もあって、学生の利用や授業の実施に問題を生じただけでなく、その前年度から稼動していた大久保キャンパス第一端末室とあわせて担当職員に耐えられない負担となった。そのため、コンピュータ教室の設置に向けて新たに準備を始めたいくつかの学部などへの対応も含めて1996年度に向けて標準的な環境を構築しなおすべく検討が進められることになり、各社の提案を比較検討の上、西早稲田キャンパスの標準的環境としてIBM社がパソコンを提供することとなった。

  1996年度からはWindowsNT3.5+MicrosoftOffice+NetscapeNavigator+Win/YATが西早稲田キャンパスの標準的なソフト構成となった。1995年度と比べて特に大きく異なった点は、インターネット上のWWWに展開されている情報資源を広く利用できるようになったことである。この環境は、机や椅子の大きさや種類と設置間隔も含め、後に述べる教材提示環境とあわせてある種の標準として設定されていたために、1997年度を目前に控えた時期に教務部の主導で急遽決定したパソコン700台増設計画の実施に際して、きわめて短期間に仕様の確定・機種の選定・機械の設置と運用開始を可能とした。

 利用者がパソコンの環境を自由に設定変更できると、その次の利用者が困惑することになり、特に入門の一斉授業に際して重大な支障が生じることが当初から想定されていた。1995年度の環境でも、最悪の場合CD-ROMで復旧させるなどの対策は講じられていたが、新しい環境では WindowsNTを採用することにより、ユーザによる基本設定変更の可能性を封じるとともに、各種初期設定ファイルを起動時にサーバから読み込むことによって、アプリケーションソフトも含めて安定した利用環境が提供されることに重点がおかれることになった。このことは、システムの安定稼動という点で授業を円滑に進行させる上で重要な意味を持っていたが、反面自由度が失われ、例えば教員が持ち込んだCD-ROMソフトをデモすることも難しいというような不便な点も併せ持っていた。また、NT3.5のインタフェースが Windows3.0と似ているため、事情をよく知らない利用者には、起動に時間がかかることもあわせて、実際以上に古いパソコンを使っているような印象を与えてしまった面も見られる。

 1997年度にはパソコンの環境はアプリケーションのバージョン・アップやプラグインの追加、さまざまな詳細設定の改善を除いて大きく変更されなかったが、1998年度にはOSWindowsNT4.0に変更し、これにともないアプリケーションも比較的大きなバージョン・アップや変更を行うこととなった。特にWin/YATWinYAT32となり、基本的なインタフェースデザインの悪さは引き継いでいるものの、添付ファイルを扱えるようになるとともに、操作性が若干向上した。また、Netscape について多言語への対応がさらに進み、キーボード入力も中国語・韓国語への対応はまだ難しいものの、1バイト系の言語については要望があったものについて対応するなど、英語・日本語以外の言語についてWWW上の情報資源にアクセスし、再利用するための環境を整えつつある。また、RealPlayerに対するproxy が準備されるなど、本格的なマルチメディア利用への準備が進んでいる。

 なお、1995年以降、予算の許す限り機能の高い機械を導入しようとする担当者の努力が、より大きな函体のパソコンとより大きな画面のディスプレーを学生の机上に並べる結果となり、パソコン教室における教員と学生のアイコンタクトを妨げる結果となってしまった。1994年以前のパソコンは比較的小型のものであったために、机上に並べてもそれほど違和感がなかったが、パソコンが大きくなり、さらに教材提示用にディスプレーを追加したこともあって、教師の側からは学生の反応が見えず、学生からは教師が見えないという状況になってしまっている。このため、場合によって黒板カメラによって教師の姿を示すなどの工夫が必要となる始末である。

  語学教育研究所が1997年度から運用しているCALL教室やMNC1998年度後期から運用している14号館6階のマルチメディア教室では、この点についての反省から、教員と学生のアイコンタクトが通常の教室と同様に確保されることを重点項目として設計された。液晶ディスプレーが次第に値を下げている状況と、今後の標準的パソコン教室にはさらに高度な処理能力より小型で机上のスペースを有効に利用できることが求められる状況などから、今後数年に予定されるリプレースの時期に順次この状況が改善され、教室本来の姿を取り戻すことが期待される。

 

1.2.  教材・視聴覚資料提示環境

 1996年度からの標準環境では、教員用PCの画面、ビデオ・書画カメラ・黒板カメラの映像を学生に提示するために、二人に1台の割合で学生間モニターが用意されることになった。GUIが一般的になって以来、コンピュータ利用の導入教育に際しては教員が操作している画面を見せることが絶対的に必要になったが、あわせて機器を若干追加することによってビデオの画面を提示できるために、さまざまな利用法が工夫できる。例えば外国語科目においては、ビデオ素材を学生に提示しながらその内容に関連してワープロやメールなどで文章をまとめ提出させるなどの利用が可能となった。

  函体の大きなパソコンとディスプレーを机上に並べた結果、教師と黒板が学生の視界から遮られたのを補うとともに、複数の教室でTAなどを多数配置することに同時に実習を進めることを目的として設置された黒板カメラを利用すると、例えば特定の学生を指名して教卓のそばで発表させるときなどにカメラにその姿を映しながら話をさせることも可能である。この機能は、外国語科目に限らず一般教育科目などにおいても、個人やグループ学習の成果を紹介するときなどに利用できる。

 14号館6階のマルチメディア教室においては、学生間モニタも含めて学生の机上をすべて液晶ディスプレーとしたが、このほかホワイトボードを収納することによって100インチのリアプロジェクタが利用できる。音声はスピーカーのほかヘッドセットからも出力できる。入力としてはVHSDVDVDLDCATV・書画カメラなどの映像音声信号(NTSC)とカセットテープ・CDMDなどの音声信号のほか教員用パソコンと学生用パソコンの映像(音声)を独立して切り替えながらこれらの出力に提示できる。これによって、学生が自分の座席についたまま、教室全体に対して自分のパソコンの画面を操作して提示しながら発表を行うという授業形態が可能となった。

 

1.3.  学習・授業支援環境

 標準環境のコンピュータ教室においては、学生に対するファイルの強制的配布や回収などの機能は用意されていない。しかし、LANNTサーバ上のディスクの設定によって、個々の利用者からすると自分が使用しているパソコンのハードディスクやFDMOと同じように見えるが、一つの教室の中で相互に共通に利用できる領域が用意できる。標準的な環境では、教員のみ書き込み(と削除)が可能なドライブと教員も学生も書き込みが可能(だが教員のみ削除が可能)であるドライブを用意してある。前者は例えば教員が学生に配布したい資料や見本などの教材をファイルとして書き込んでおくことによって、学生が自由にコピーして自分の使用しているパソコンのハードディスクやフロッピーなどの媒体に保存することが可能であるし、後者は学生が宿題やその授業時間での作業結果を提出するのに利用できる。テキストとしての課題の提出は従来からメールでも可能であるし、1998年度からはメールクライアントソフトが添付ファイルを処理できるようになったので、テキストファイルに限らずアプリケーションソフトに対応したファイルの提出もメールで可能であるが、ファイルのサイズやquotaの制限も含めてあとあとの処理を考えると、授業時間中にファイルを回収し、フロッピーやMOに収めるほうが簡単である。1995年以前の環境では、学生からファイルを回収しようとすると、フロッピーディスクを人数分集めたり、教員の用意したフロッピーを授業中に回すなどの作業が必要となり、きわめて不便で必要以上の手間がかかっていたが、1995年以降は、ファイル名の重複が起こりにくくなるような命名法を学生に徹底するなどの運用上の工夫をすれば、授業の終了間際5分から10分程度の時間を費やすことによって、毎回の授業時間の作業経過を教員が完全に掌握することが可能となっている。(ファイル名を学生に自由に設定させると、「宿題」とか「課題」といったような、事後の整理が不可能になるだけでなく、ファイル提出時に後から同じファイル名で後から提出したファイルによって、その前に提出したファイルが上書きされるなどの可能性もあるので、日付・学籍番号・氏名・項番などを利用することによって一意性を保ち、のちのちの整理を簡単にする工夫が必要である。授業支援システムの開発においては、こうした運用上の工夫を自動化することが目的となるであろうが、当面はこのようなLANとディスクの設定によっても、授業経過の記録を取ることが可能となっている。)

 教室内の環境とあわせて、ネットワーク利用に関する教育支援も重要である。例えば、1995年度末以来MNCでは教員が研究成果や授業の円滑な進行を目的とする内容を掲示するためのWWWサーバを運用しているが、教室内の計算機資源とあわせてこうしたシステムを利用することによって、授業に欠席した学生がその日の内容について概略をしることができるだけでなく、出席した学生も十分理解できなかった点を復習できるなどの効果が得られることが他大学の研究などから知られている。また、授業における課題提出にメールを利用すると、研究上の連絡が学生からの課題提出に埋もれてしまうことが心配されるが、MNCでは授業用のメールアドレス(ID)を別途年度単位で発行している。これにあわせて、授業用メーリングリストも利用できるので、ゼミや語学など小人数の授業で、学生間の授業前後の情報交換などに利用できる。

 WWWサーバに関しては、MNCでは1995年度末以来暫定的に運用されてきたシステムを順次整備し、1997年度6月からは教員用サーバが、1997年度後期からはゼミ用ならびに授業用サーバが、1998年度6月からは箇所用ならびに共同研究プロジェクト用サーバが、さらに1998年度後期からは学生団体用サーバが運用されている。

 

1.4.  学生のネットワーク習熟度

 授業においてはreadinessが問題となる。情報処理入門そのものを目的としない外国語科目や一般教育科目・専門科目などでコンピュータ教室を利用しようとすると、学生がどれだけその利用に習熟しているかが、TAなどによるサポートの質とともに、教員の負担感に大きく影響する。

  すでに述べたとおり、1994年以前に英語の授業をコンピュータ教室で行おうとすると、受講している学生もそれ以外の学生も、圧倒的に多くは「なんで?」「めんどくさい」という反応を示していた。インターネットがマスコミで喧伝されるようになって以来、「ラッキー!」という反応が強くなってきた。「授業をとるとそれなりの手間がかかるから覚悟しておくように」というdisclaimerのつもりで講義要項にコンピュータ教室の利用を示唆していたが、英語も勉強できるしパソコンも使えるようになるとか、言語学の話を聞いてメールも使えるようになるという(かならずしも正確でない)うわさを鵜呑みにして選択し(て後悔し)た、というアンケート結果が多く見られるようになってきたために、現在ではあえてこの点を強調しないようにしている。(使用を強制されるために結果的に使えるようになったという先輩の話を、使い方を丁寧に教えてもらえる、と身勝手に誤解するところが、現在の学生の気質を反映しているのかもしれない)

  1994年度から1999年度にかけてMNCのカリキュラムは毎年大きな修正が加えられてきたが、コンピュータとネットワーク利用の基礎を教える科目の受講可能者数はおおよそ3000人前後となっている。これは、独自にコンピュータ・リテラシー教育を学部のカリキュラムの一環として実施している理工学部と人間科学部を除いた学部新入生の半分弱に相当する。受講希望者は新入生に限らないので、ここ数年は5000名程度の申請となっているが、教室設備・非常勤講師の手配なども含めて、これを一挙に倍増することが適当であるかどうかは疑問である。特に、今後は小学校・中学校・高校などでコンピュータやマルチメディアに触れてきた学生が増えることが予想され、むしろ受講可能学生数の拡大よりは情報倫理なども含めた内容の充実を図るべき段階に到達している。

 一方、ネットワークの利用を希望する学生は毎年着実に増加し、1995年度当初2000名で始まったmnシステムの登録者数は19984月に43000人を超え、独自のネットワークを運用している人間科学部のhumanet 利用者も含めると、早稲田大学のほぼすべての学生がインターネットを利用できる状況にある。これにともない、ネットワークの不適切な利用の事例もいくつかあり、学生の所属する学部とMNCが協同して対処するとともに、1997年度から始まった新入生向けのIDパスワード一括発行にともなって、4月にネットワークの適切な利用を促す講習会を開催するとともに、パスワードの再発行時には必ず講習を受けるようにと授業期間中は毎日(昼休みなどに)講習会を開催している。また、MNCの授業内容も、ハード・ソフトの操作ではなく、ネットワークの有効活用と適正な利用について、技術的理解に基づく法的・倫理的側面を強調する方向に向かっている。

 24時間利用も含め、学生が自由に利用できるコンピュータ教室・コンピュータ自習室がここ1,2年で急激に充実してきた関係もあって、メールなどの利用は当たり前になっている。また、レポート類をすべてパソコンで作成し、MOに保存している例もまれではない。自宅から大学のネットワークにアクセスしている学生の実数は199812月でほぼ1万人を超え、教学支援システムの利用統計からは、これに近い数の学生が民間プロバイダを利用しているということを示唆する数字が得られている。

 母集団となる学生が大きすぎるため、MNCとしても学生のネットワーク利用実態を把握していないが、法学部の学生に対して授業で簡単な問い合わせを行った印象としては、入学時にインターネットに触れてきた学生はまだ少数である。4月のセミナーにはほぼ全員が参加しており、MNCの授業を受講している学生も何割か程度まで見られるという状況だが、6月を過ぎると半数以上の学生が何らかの形でメールを使ったことがあるという。したがって、4月に宿題をメールで提出させるとなるとかなりの手間を浪費する可能性があるが、6月以降であると、「宿題をメールで。わからなかったら友達に聞きなさい」という進め方でも半数以上の学生は特に困らず、残った学生も何回か宿題をこなすうちに、だんだん慣れてくるという様子である。ただし、このときに、一度で完全にうまくいくことを要求しないという点が重要かもしれない。

 

1.5.  自習環境

 大学での学習が授業だけでは十分な成果をあげ得ない以上、適切な自習環境を用意することもまた教員の使命である。コンピュータについては、授業で使用していない限りオープン利用とすることが原則とされてきたが、学部などではTAの予算や手配の制約もあり、授業期間外にオープン利用を確保することは難しかった。一方、MNCでは夏季休業期間中も職員の一斉休暇期間を除いて開室し、学部などでコンピュータ教室を閉室する2月から3月の期間も、システムの構築作業などやむを得ない場合以外は開室してきた。また、授業時間にもオープン利用のための教室を確保し、オープン利用可能な時間をさらに拡大するため、1995年度までは6時に閉室にしていたコンピュータ教室を1996年度より9時までの利用とし、199810月からは22号館のコンピュータ自習室を24時間利用とした。1998年度よりパソコンの利用に際してmnシステムの IDとパスワードによって認証を取り、利用記録を取ることとなったため、TAの従来業務の大部分が解消されることになったことから、今後は学部などのコンピュータ教室についてもさらに開室期間を長くすることが期待される。

 コンピュータを自習のために利用するとなると、最終的には一人1台の機械を持つことになろう。多くの大学で入学時などに大学の指定するパソコンの購入を指示される情勢になっている。早稲田大学においても、理工学部経営工学科のように特定の学科でノートパソコンの所有を前提にカリキュラムを組む例も見られる。現状では学部単位でこのような措置を取るところは現れていないが、1997年度より大学のネットワークへの接続を前提に、学内のコンピュータ設備との整合性を念頭に標準的な仕様を定め、生協がそれにそったパソコンの販売を始めている。1997年度以来毎年春に1,000台を超える販売実績となっている。

 一方、語学の実習に有効に活用されるべきLL設備については、機器保守の観点からか、上記のようなオープン利用に供されることはまれである。法学部の視聴覚教室はこの点で先駆的であり、LL設備を持った視聴覚教室のほかに、視聴覚自習室を用意し、学生の自習環境として提供されてきた。しかし、1975年以来大規模な改修が行われておらず、古くなった機器を更新するだけでなく学生にとって親しみやすい自習環境を整え、これまでの視聴覚資料の有効利用を図りつつもマルチメディアやインターネットなどの新しい技術も有効利用して語学学習を進めるべく、1998年夏に大規模な改修工事が行われ、新たにマルチメディア演習室としてオープンした。この改修によって機器は新しく用意されたが、内容が問題となる。特に、従来自習用の教材を整える視点が視聴覚教室の運営に不足していたのではないかと反省すべき点がある。考えてみると、現在語学教材の多くに音声CDが添付されているが、そのような資料を図書・雑誌とCDとをあわせて利用できる自習環境が学内に不足していることがあきらかになった。また、現在DVDのタイトルが急激に増えているが、映像の解像度が高いという点のほかにも複数の字幕を用意できるなど、DVDには語学教育に有効利用できる利点が多い。こうした動向を反映し、CD/DVD/CD-ROMなどのマルチメディアタイトルを学生が自由に使用して、広い意味での語学の実習をできる環境をさらに充実させる必要がある。

 

2.   コンピュータ教室における英語学習(英作文を中心に)

 英語学習のさまざまな局面において、コンピュータやネットワークの有効利用が可能である。教室内での授業か、それにともなう予習・復習・宿題などか、それとも独立した自習なのか、教師が素材を提示する状況なのか、それとも学生が作業する状況なのか、読み・書き・話し・聞くといういわゆる4技能のどこに焦点を当てているのか、学習課程なのか到達度を計る手段なのか、あるいはこうしたさまざまな要素をどのように組み合わせるのかによって議論の前提が変わってくる。法学部に所属する学生にとって、英語の学習は学部での英語の授業がすべてではなく、入学までの学習による成果を出発点として、一般教育科目や専門科目も含めてさまざまな授業で触れる英語による素材への対処も含め、テレビやラジオの講座や学内の施設による書籍やAV教材による学習も含めて成立している。ここでは、そうした幅広い広がりを持つ英語学習のうちで、特に英作文を中心に情報環境との関連を紹介する。

 ここでいう英作文というのは、英語によって文章をつづり、文書を作成することをさしている点を強調しておきたい。これは、日本の大学での伝統的な意味での「英作文」の授業とはイメージが異なるかも知れないが、本来compositionといえばこのような内容に言及するのが当然である。何を目的として、どのような意図の元に授業を進めているか、そのときの問題点としてどのような課題があるかはすでに述べたので、ここではそれからの変更点、特に、機器や設備の制約からやりたくてもできなかったことがここ数年の状況の変化でどのように可能となってきたかを、いくつかの科目を例にとって紹介したい。

 

2.1.               英語表現演習

 それまでの経緯もあり、1995年度には英語Bの表現演習と自由科目の英作文を担当していたが、あまりにも多くの受講生に対して英作文の指導を行うことは不可能であることから、1996年度と1997年度には英語C(表現演習)を担当し1998年度には英語B(表現演習)を担当することとした。

 英語Cという科目は法学部のカリキュラム改革の一貫として1996年度から導入された3年次配当の科目である。従来からも自由科目として34年次の学生も英語科目を受講できるようになっていたが、英語Cは卒業に参入される科目として設置された。1996年度に担当した折には、1年次から英語や一般教育科目などで筆者の授業を受講してきた学生が半分程度、そのほかもパソコンやインターネットに比較的なじんでいる学生が多く、授業開始当初から本来の作文の作業に入ることができたが、1997年度については、英作文も始めて、パソコンも始めてという学生が単位の必要から選択した例が多く、当初の目的を達することができなかったため、1998年度には担当を一休みして12年生を対象とする英語Bで表現演習を担当することによって、1999年度以降の受講生を確保する方略を選んだ。なお、1999年度以降は科目の表記が変更となり、英語C(情報環境を利用した英語の統合的学習)となっている。

 この授業では、まず始めに20分ほど時間を取って、CNNなどのニュース番組を紹介する。授業の出席を確認する意味も含めて、その後10分程度の時間で、ニュースの中で印象に残った話題について簡単に紹介し、感想をまとめたメールを提出してもらう。この作業のポイントは、ともかく自分なりに英語で文章をつづるきっかけとしてビデオクリップを利用しているので、内容の正確な理解や、英文としての適切性などは必ずしも重要視しない。

 このあとの1時間程度の授業時間を使って行う作業とその目的は、本来は配当学年によって異なっている。12年次配当の英語Bでは、英語で文章をつづったことのない学生を主な対象として想定しているので、パラグラフの基本的構成について、文字の表記や書式などの形式上の側面と、topic sentence から始まりdiscussion が続きconclusionでしめるといった内容的な側面を強調して、適宜教科書にそって基本的な練習を繰り返すことになる。34年次配当の英語Cでは、こうした基本的な構成についてはすでに習得済みの学生を想定して、さらに文章・エッセー・簡単なレポートといったレベルの作文練習に進みたいのだが、受講している学生の達成度が必ずしも均一ではないので、前期の間は若干の足踏みを覚悟せざるを得ない。また、いずれの場合でも、後期に入るとグループによる調査結果を踏まえた文章の取りまとめを課題として、適宜PowerPointによるスライド作成も含めてグループでの進行状況の発表を繰り返している。毎回の作業は、上記のメールによる出欠確認は別として、基本的にはWordで作業を行い、補助的にPowerPointを利用しているが、授業の終わりに各自のFDまたはMOにファイルを保存するとともに、課題提出用のドライブにコピーを置くことによって提出に代え、授業終了間際に筆者がそれをMOに保存している。したがって、ここ数年の授業の経過については、ファイルとして残っていることになる。

 このように書くと学生に対してパソコンの利用法についてかなりの時間を割いて説明しているように感じるかもしれないが、1996年以降はパソコンの利用自体についてはほとんど授業中に説明しなくなっている。例えば、PowerPointについては、Wordが使えればだれでも使えるといって、実際にいくつかのスライドを作って見せるだけですぐに作業に入れる学生が数名いるので、あとはその学生にデモをさせると、ほかの学生が真似をするというような状況にある。1994,5年までであれば、年度始めの12回の授業で機械の起動や終了について丁寧に説明し、キーボード操作やホームポジションの練習をしないと、その後の授業が円滑に進行しなかったが、現在ではそうした説明は最小限に留めても特に支障がない。一部途方に暮れる学生もいるが、周囲の学生が当たり前のようにキーボードを叩いているのを見ているうちに、次第に自分でも練習をするようになる。もちろん、どんな授業においても、こちらの指示に従わずただ出席しているだけの学生もいるが、最低限の指示にも従わず、努力もせず、助けを求めようともしない学生が落ちこぼれていくのはある意味でしかたがない。ただし、ファイルの提出に際して、具体的にどのような操作をするか、あるいはファイル名をどのようにつけるかなど、運用上の点については繰り返し説明しないと苦労するため、webなども利用しながら、こちらの説明が徹底するように工夫している。

 こうした本来の意味での英作文の授業を進める上での最大の課題は、コンピュータやネットワークの利用ではなく、語学の習得に対する学生の考え方にある。多くの学生は、実際的な外国語運用能力を身につけたいと願っている。しかし、そのための努力を自ら行う必要があることをまったく理解していないことも多い。何かすばらしい授業を受けると、自分で何もしなくても、そこに座っているだけで魔法のように外国語が使えるようになると勘違いしている。その勘違いが、留学をすれば語学が身につくとか、海外生活をすれば語学が身につくという勘違いにつながっている。

 もう一つの点は、おそらくは受験対策を中心とした中学・高校生活に起因するのであろうが、あらかじめ正解のある問題について、選択肢の中から適当なものを選ぶという発想から抜け出せないことである。かならずしも正解のない問題について、悩みながら自分なりの結論を引き出し、それを他者に対して説明するという経験があまりにも欠けている。英作文の授業で、自分自身について、自分の家族について、自分の通学経路について簡単に説明するという課題を示すだけで、非常に風変わりな授業だという感想を持つ学生が毎年あとをたたない。

 このことは、英作文に限らず、一般教育においても、専門科目においても深刻に考え直すべき問題をはらんでいる。おそらくは小学校以前の教育から根本的に発想を転換していかないと、国際化の進展する21世紀社会において日本がますます孤立化していく状況の一因となり兼ねないが、とりあえずは目の前にある英語の授業と一般教育の授業において学生たちの発想をいかに変えていくかということが課題としてある。

 1998年度の英語Bについては後期から14号館6階のマルチメディア教室(教育実験室)を利用しているが、語学の授業という目的にはやはりこちらの方がコンピュータ教室よりいくつかの点ですぐれている。ビデオを見せる際に、音質が圧倒的に良好なので聞き取りやすい。ヘッドセットを通じて音を聞くこともできるので、詳細な点まで聞き取りたいという場合にはこちらの方が適している。また、これはマルチメディア教室に限ったことではないが、後期からRealPlayerproxyが設定されたので、CNNweb siteなどを閲覧するとビデオクリップも見ることができる。(一つ意外だったのは、マルチメディア教室が学生の作業空間を考慮して贅沢に空間を利用しているために、8号館のコンピュータ教室の狭い空間に慣れた学生が一人一人孤立したような印象を受けているらしいことである。)こうした環境の変化を受けて、後期の授業では単にビデオの感想を書くだけでなく、引き続いてPowerPoint を利用してweb site を参考に情報を補足しつつ、ニュースの内容を簡単に紹介するという作業を試みた。1年生も含む多くの学生が本格的にコンピュータ教室で授業を受けるのが今年度が始めてであり、英作文についても始めて本格的に学ぶという条件の中で、90分の授業時間の中で始めの30分を使ってビデオを見て感想をメールで送り、残りの1時間のうち30分ないし40分でスライドを英語でまとめ、12分間(日本語で)話をするとい作業が可能となったのは、やはり環境の充実と、それを使いこなしていく学生の柔軟性のたまものといえるだろう。

 

2.2.               総合英語

 1980代後半から1年次必修の総合英語の授業では、LL教室を利用して聴解訓練を中心に授業を進めてきた。12年次選択必修の英語Bの授業でも、扱う内容は若干異なる部分もあるが、ほぼ同様の趣旨で授業を進めている。英語によるニュース放送のビデオクリップを素材として、メモをとりながら数回視聴し、記事ごとに順次内容について確認し、授業の最後には記事を一つ英語のまま書き起こすという作業が中心となる。また、宿題として書き起こした記事を日本語に訳して提出させている。書き起こしの作業に際しては、一人ずつが自分のペースで作業を進められるように、フルラボの機能が必要となる。一方、日本語や英語で文章を作成するという意味では、コンピュータ教室の利用も考えられる。従来はLL教室を自習利用できないという事情もあって、授業ではLL教室を利用して紙と鉛筆で書き起こしを行い、宿題として英文や日本語訳をメールで提出させるなどしてパソコンの利用や英文の表記に慣れさせた上で、後期になってから、書き起こしたニュース記事についての感想を英文でまとめるという宿題を課している。

 こうした授業が可能となるためにはいくつかの条件がある。一つには学生が自由に利用できるネットワークに接続されたコンピュータが十分な数だけ用意されているということである。これは、単純なことだが実現にはさまざまな制約が考えられる。仮にコンピュータ教室がある程度用意されたとしても、授業で全部使用されていては学生が宿題や自習を行う設備がなくなってしまう。一方、オープン利用の確保はTA/SAやそれを管理する専任職員の配置、鍵の管理やサポート体制など、さまざまな予算措置が必要となる。幸い早稲田大学の現状ではオープン利用可能なコンピュータ教室や自習室がある程度充足している状態だが、コンピュータ教室を利用した授業が増えると学生が各自パソコンを持つようにならないと困る事態も考えられる。

 1998年度後期には、英語Bの1クラスについては、14号館6階のマルチメディア教室(語学教育実習室)で授業を進めてみた。旧来のテープを利用したLL設備ではないが、音声をデジタル化してシステムに保存し、各学生がそれぞれ自分のペースで再生するなど、書き起こしの練習には十分な機能を持ったLLシステムと、一人1台のパソコンと、プロジェクタや学生間モニタなど、豊富な教材提示環境が利用できるので、LL教室で展開していた授業と宿題での作業が同時にこなせるのではないかと期待していたためである。しかし、学期の初めから半ばにかけてもシステムが安定せず、また学生がその場でキーボードから入力するまでに意外に手間取るなどの状況から、90分の授業展開でLL教室で紙と鉛筆で行っていた作業をすべてこなすには至らなかった。しかし、学年の始めからパソコン教室で授業を進めていた表現演習のクラスでは、マルチメディア教室に移行しても特に大きな混乱がなかったことから、最大の要因は学生が一人1台のコンピュータを授業中に使いこなすようになるまでに若干の時間を要することが確認されたという状況だと判断している。1999年度以降、通年でマルチメディア教室を利用するようになれば、教員も学生もこの環境での授業展開になじんでいくであろう。

 

3.   マルチメディア教室を利用した一般教育科目

 法学部ではカリキュラム改革にともない一般教育科目についても見なおしを行い、専門科目である法学を主軸として、基礎科目・周辺科目・現代の知という分類を行った。見なおしのキーワードは、通年よりは半期、「全書」的内容から「新書」的内容へ、大人数のみから小人数も含めた多様な科目構成に、講義から演習形式へ、といったものであり、いったん設置した科目についても数年で見なおしを繰り返すという原則であった。時代的な背景としては、初年度からの小人数による教養基礎演習といった動向があった。一般教育科目は担当講師の一方的な講演になりかねない危険性をはらんでいる。これを回避するには、学生からのフィードバックを確保し、これをすぐ次の授業に反映させることである。

 英作文でも同様であるが、一般教育科目を担当して期末に「レポート」を提出させると、学生がレポートの書き方をまったく知らないことに唖然とする。振り返ってみると、高校までの授業でレポートの書き方など教わったことは(中学2年生の化学の授業を除いて)記憶にないし、大学でまともな訓練など受けたことはこれに限らず何一つない。しかし、かといっていまの学部学生に対して自分でそれなりの本を読んで考えろといって済む問題でもない。そこで、こうした点を少しでも改善できないか(結果としてその多くは十分な成果をあげることができなかったが)いくつかの試みを行ってみた。

 

3.1.               言語情報科学入門

 1996年度と1997年度の前期に担当した「言語情報科学入門」をコンピュータ教室で実施した背後には二つの意図があった。一つは、ビデオやインターネットなども含めてマルチメディア的な教材提示を試みたかったという点がある。これは若干時期早尚だった部分があるようで、今日では音声の物理的性質や構音の生理的機構などについてさまざまなマルチメディア素材がインターネット上に容易に見出せる状況となっているのに対して、情報化推進計画の策定と実施に向けての会議や打ち合わせのために時間を取られ、準備のための時間が決定的に不足していたこともあって、公刊された資料を教材提示装置から見せる程度に留まってしまった。もう一つは、授業の進行とともに学生にメールやワープロの利用になじませ、授業が半ばまで進んだ段階でレポートのドラフトを提出させ、授業が終わるまでの間に数回の改定を経て最終的なレポート作成に至るというような経験を持たせたかったことである。後者についてもまた、の役職などによる筆者の殺人的な日程のために十分な修正の指示を出すことができないという限界のために、本来の意図が十分達成できないままとなってしまった。とはいえ、パソコン教室での授業とは言ってもハード・ソフトの説明はほとんどせず、授業の終わりに感想や質問や簡単な課題についての応答をメールで提出することを求め、学期の半ばごろからワープロでレポートの準備を始めることを求めただけであるのに、大部分の学生がこうした要求にこたえることができたという点が、今後の大学での情報教育のあり方についてそれなりの示唆を与えるであろう。語学教育においても、contents-driven ということが言われるようになって久しいが、情報(処理入門)教育においても、ハードやソフトの利用法ではなく、内容に即した授業展開の方が大学生にはなじみやすいといえよう。

 この授業に関しては、なんと言っても授業用の資料をあらかじめ準備する時間と、学生の反応に対して適切に応答するための時間が十分に確保できないという点が最大の問題点であった。学生の反応としては、さまざまな話題に触れるので目先が変わって飽きないという声もある一方、それぞれの話題についてもっと詳しく知りたい、なんだか入り口だけで終わっているという不満があった。これは、本来意図したことであって、入り口を示してあとは自分なりに資料を漁って欲しいという趣旨が理解されなかったところもあったのだが、学生の要望に応じる形で98年度からは「新書」というよりは「モノグラフ」的な専門性まで含む内容の授業を展開している。

 

3.2.               文法と論理と修辞

 1996年と1997年の後期に担当したこれらの科目は「言語学」として分類されていたが、内容的にはメディア論的な側面の強い授業であった。もちろん、主要な関心はコミュニケーションの今日的なあり方であり、その意味で「言語学」の一部として捉えることが間違っているわけではない。この授業では、担当教員が講義をすることを最小限に、学生が自らの関心に基づいて資料を調べて自分なりの考えを発表することを最大限にというねらいで授業を進めた。しかし、英作文の授業でも経験してきたことだが、学生は与えられた課題に対して最初から決まった答えがあるものと思う傾向が強く、自分で課題を見付けたり、自分なりの回答を示すことに非常に抵抗が強い。

  1996年度の授業では、こちらからグループ分けを指示し、担当する課題を指定して、その上で各自で資料を探すことを期待したが、限られた時間の中で十分内容を咀嚼しきれない傾向が低学年の学生を中心に見られたので、1997年度の授業ではかなり大量の資料を英語と日本語を取り混ぜて配布し、それをグループ単位で紹介することから授業を始めた。1996年度では学期始めの数回は担当教員が全体の基礎となるような話しをしていたのに対して、1997年度ではいきなり発表を指名されてあっけに取られた学生も多かったようであるが、結果的に早い時期からグループ作業と発表を行うという授業の形式になれた模様である。グループ単位での発表に対して、クラスのメーリングリストに全員が感想を流したのだが、口頭だけの説明に対しては芳しくない応答が返り、プレゼンテーションに工夫をこらした発表にはそれなりの評価が流れる中で、2回目・3回目の発表ではそれなりの努力をするグループが多くなっていった。

 

3.3.               文法理論入門

 法学部の学生にとって論理的な思考は不可欠のはずである。記号論理を学ぶことが必ずしも論理的思考の獲得につながるものではないが、論理的な推論について形式化することを通じて一定の理解に至る学生もいるはずである。1996年度と1997年度の「言語情報科学入門」の中で、さわりのところだけ12回の授業で紹介し簡単な練習問題を課したところ、授業後の感想でなかなか面白かったとか、もっと詳しく知りたいとか、やるとはまりそうだという声があったこともあって、形式意味論との兼ね合いで述語論理を紹介する授業を試みている。

 筆者は論理学を本来の専門とするわけではなく、歴史的・哲学的背景については心許ないところもあるが、自然言語の意味を形式的に表現する道具として利用する立場から述語論理を紹介することは、法学部の学生にとってそれなりに意味のあることではないかと考えている。したがって、述語論理の形式的操作や推論よりも、英語の文章と述語論理の形式の対応関係を中心に、授業中の練習問題や宿題も含めて授業を進めているが、この授業をコンピュータ教室で行おうと思った最大の理由はprologと呼ばれる論理型プログラミング言語の実習を授業の中で実施したかったからである。

 数学を典型として、理工系の学生にとっては述語論理を(代数や解析と同様に)思考の道具として使う立場からなじむ機会がある。一方、文科系の学生にとっては、うっかりすると現実から遊離した式の操作と誤解しかねない可能性が強い。特に述語論理の統語的体系を定義し、意味論を厳密に説明し、さまざまな定理を証明するといった日本の大学で一般的な授業形態では、この可能性が強い。こうした授業ももちろん必要であるが、それは道具としての述語論理に十分なじんでからでも遅くない。述語論理の練習とあわせてprologを使う意義は、知識表現の道具として両者を比較させることによって、自然言語との類似点と相違点を実感させつつ、さまざまな可能性のひとつとして述語論理を捉えさせる点にある。ここでも、一般教育科目のポイントは表現手法の獲得にある。

 

4.   参考文献

原田康也, 公開シンポジウム「授業とマルチメディア」におけるパネル発表, 早稲田大学メディアネットワークセンター主催, 1999年1月30日, 早稲田大学14号館AVホール, MNC Communications, No.2に収録予定, 早稲田大学メディアネットワークセンター.

辰己丈夫著, 筧捷彦監修, 「インターネット時代の書法と作法」, サイエンス社, 1999年5月10日, ISBN4-7819-0905-1.

原田康也, 「メディアと外国語教育」, 早稲田教育叢書5 「英語教育とコンピュータ」, 中野美知子編, 学文社, 1998年8月20日, ISBN4-7620-0810-9 C3337.

中澤真ほか,「ネットワークを利用した教育支援システムの運用」, 私立大学情報教育協会大会事例発表, アルカディア市ヶ谷, 1998年9月17日.

根本貴由ほか, 「早稲田大学のネットワーク環境」, 私立大学情報教育協会大会事例発表, アルカディア市ヶ谷, 1998年9月17日.

原田康也, 「情報教育の現状と展望」のうち「4.6 早稲田大学メディアネットワークセンターにおける情報教育の現状と今後の展望」, 早稲田教育評論 第12巻第1号pp.67-71, 1998年3月31日, 早稲田大学教育総合研究室.

原田康也, 「文法的機械 (番外編その2):計算機環境を利用した英文作法指導の試みに関する極めて私的な報告 Part 2 」, 1996 年 10 月 1 日発行, 早稲田大学語学教育研究所, 語研フォーラム, No. 5, pp.165-197, ISSN 1340-9549. 

原田康也, 「メディアと文科系教育」, 大学電気教官協議会(幹事大学金沢大学), 平成8年度電大学気工学教育研究集会分科会予稿集, pp.43-50, 1996 年 7 月 18 日.

原田康也, 「デジタル・ネットワーク社会のマルチメディア・リテラシーへ」, 大学生協連合会,PCカンファランス準備委員会, PCカンファランス予稿集,pp.6-11, 1996 年 7 月 7 日.

原田康也, 「文法的機械 (番外編その1)外国語教育の現代化: 語学教育と情報教育の統合化をめざして: または: 計算機環境を利用した英文作法指導の試みに関する極めて私的な報告 」, 早稲田大学法学会, 人文論集 No.33,pp. 89-101, 1995-2-14.

原田康也, 「『語学の情報教育』ネットワーク時代の英文作法をめざして」,     1994 年 6 月 27 日, 社団法人私立大学情報教育協会, 私情協ジャーナル Summer '94, Vol. 3, No. 1, (通巻 66 号), pp. 20-21, ISSN 0981-4376.