語学の情報教育
ネットワーク時代の英文作法をめざして

早稲田大学法学部教授
語学教育研究所兼任研究員
メディアネットワークセンター教務主任
原田 康也

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語学の情報教育
ネットワーク時代の英文作法をめざして
  1. はじめに

    筆者は、早稲田大学法学部において主として1、2年次配当の一般教育科目としての英語を担当しつつ、計算言語学と認知科学の立場から英語と日本語の分析を行なっている言語学者である。ここでは、筆者がこれまで試みてきた英作文演習における計算機並びにネットワークの利用について簡単に紹介しながら、大学における語学教育と情報教育の関連性についての私見を述べてみたい。

  2. 英語教育における情報機器の利用

    一連のカリキュラム改革の結果、早稲田大学法学部では現在、英語に関して、1年次において1科目が必修で1科目が選択必修、2年次において2科目が選択必修となっている。(このほか学年にかかわらず随意に履修できる自由科目が設置されている。)選択必修科目並びに自由科目は、総合英語、表現演習、口頭表現演習などのように授業内容に基づいて区分され、詳細な内容を紹介した講義要項を配布するなど、学生の科目選択の助けとなるよう配慮されている。

    今年度筆者は、選択必修科目としての表現演習(登録者数30人)並びに自由科目としての英作文演習(登録者数44人)を担当しているが、英作文指導においては、従来から端末室で、英文ワープロソフトや電子メールの利用法を教えた後に作文を提出させたりしている。このほか、例年筆者はLL教室を利用した総合英語の授業を3〜4科目担当し、TVの英語によるニュース放送を素材として聴きとりや書きおこしの演習をしているが、100インチのプロジェクターに EPSONのラップトップ・パソコンを接続し、一種の教材提示装置として板書の替わりに使用している。

    早稲田大学には、全学的な計算機利用の支援施設として、情報科学研究教育センターが設置されており、専任の職員並びにティーチング・アシスタントがハードウェア、ソフトウェアのメンテナンスに当たりつつ、教員、学生の計算機利用上のさまざまな問い合わせに対応している。理工学部のある大久保キャンパスでは、IBM「PS/AT」コンパチ100台程度の第1端末室、UNIX ワークステーション約50台程度の第4端末室などが、教育用として学生に解放されている。政経、法、商、教育、社会科学部などのある西早稲田キャンパスでも、6つの端末室にわたって、IBM「5530」を中心に NEC「PC9801 EX4」、Apple「Macintosh」、IBM「5523」など、総計200台を越える端末機を備えた設備を有し、センターが設置する計算機や情報処理関係の授業に限らず、各学部設置の授業でも専有使用できる。また、人間科学部のある所沢キャンパスでも、IBM「5530」を中心に100台以上の端末機が教育用に用意されている。

  3. ネットワーク時代の英作文

    昨年度の英作文演習の授業においては、IBM「PS/55」を備えた端末室で、タッチタイプの練習をした後、WordPerfectを利用して英作文を行ない、BITNETの基本的な利 用法を練習した後、アメリカで日本語を勉強中の大学生たちと電子メールの交換を行なう、といった授業を試みた。

    WordPerfectの実習では、綴りのチェックや同意語検索の機能を紹介すると面白がっ てはいたが、こうした機能を十分に活用する英語力が備わっているかどうかは、疑問が残る。しかし、マルチ・ウィンドウ環境において、オンラインの辞書類、特に学習上の配慮を備えた英和辞典などが同時並行的に利用できる環境が実現できれば、学生に対してより実践的な英作文指導ができることになると期待している。

    キーボードを使って英文を綴ること、使える資料はすべて利用しながら作業を進めることは、「実社会」において「英作文」を行なううえでの常識的な手段である。ワインバーグの言うとおり、学校というのはしばしば現実離れした状況での練習を学生に課するものであるが、これからの学校教育においては可能な限り「現実的な」状況を再現しつつ、演習を行なっていく必要があろう。マルチメディアの利用も含め、教育における「バ ーチュアル・リアリティ」が重要である。

    電子メールを英作文に利用するうえでは、従来、英作文の課題を電子メールを利用して提出させ、手のあいた時間に添削をし、それをもとに再度提出させるといった利用を行なってきたが、昨年度初めてアメリカの大学生との文通を試みてみたところ、学生は生身の人間からの応答に素直に喜んでいた。今年度受講中の学生にアンケートをした結果でも、科目選択の理由の項では、電子メールで実際に海外の人々と通信するという点に興味を持ったという回答が多かった。

    日本の英語教育においては、学生および卒業生の実際上の運用能力、特に会話力の不足が話題になることが多いが、国内において外国語を使う必然性が低いことが外国語教育において大きな影響を与えてきたことも忘れてはならない。電子メールは、教育の現場に外国語を使用する必然性をもたらす新しい可能性を持ったメディアであるとも言えよう。

  4. 現在の課題

    今年度の授業の進行に伴って出てきた問題点として、受講する法学部生の実態に合わせて、タッチタイプの練習やワープロの使用法、電子メールの利用法について独自の資料、補助教材をさまざま用意しなければならないということがある。計算機に「慣れた」人間が書くマニュアルや入門的資料は、どのような操作をすると計算機がどう処理するかという点を中心にしがちであり、ワープロや電子メールに初めて触れる学生がそのときそのとき何をしたいかという観点からまとめ直す必要がある。一方、計算機やネットワークがどのようなものであるかの概念的理解なくしては操作手順についてどれほどかみくだいた説明を行なっても、ユーザとして自立していく期待がもてない。ゲーム機としてのパソコンや専用機としてのワープロに慣れている学生がいても、あるいはいるだけに、個別のソフトなりシステムなりの具体的な操作手順ではなく、計算機、ネットワーク、ワープロ、電子メールの果たす機能についての概念的な理解を目標とした授業を進めることが一般教育としては必要であろう。

    大学における情報教育は、情報系の学科以外においてはユーザ教育である。コンピュータ・ネットワークはコミュニケーションのメディアであり、ネットワークの向こうには異文化の「人間」が存在することを思えば、文科系における情報教育においては、語学教育との統合化が重要であると思われる。

    筆者の試みは、現在のところ個人的な試行錯誤の域を出ていないが、早稲田大学においても、情報教育と語学教育の連係ないし統合化といった課題をどのように考えるかについて、語学教育研究所と情報科学研究教育センターを中心にして全学的に検討する気運が高まりつつある。

  5. 今年度授業で指定している参考図書