ご参加ありがとうございました!


「細胞を創る」研究会2.0 公開シンポジウム2009
「バイオメディア・アートの新展開:交錯する美と知の迷宮へようこそ」
2009年10月2日(金)18:30-20:30(東京大学鉄門講堂)
http://www.f.waseda.jp/hideo-iwasaki/jscsr2009sympo.html

パネリスト:
久保田晃弘(メディアアーティスト,多摩美術大学教授)
銅金裕司(メディアアーティスト,京都造形芸術大学教授)
竹内昌治(マイクロデバイス工学,東京大学准教授)
岩崎秀雄(造形作家・微生物学,早稲田大学准教授:コーディネーター)

どのくらいの聴衆の方に来ていただけるか不安だったのですが,最終的に170名程度の方にお越しいただきました。ありがとうございました。

久保田さん,銅金さん,竹内さん,それぞれの個性と主張がよく出ていて,バイオとアートの多様な関わり合いの可能性や,潜在的な危うさも含めて刺激的でした。お三方に感謝です。

この場をお借りして,私の発言について一点補足させてください。高橋透さん(早大)から「Kacの(遺伝子組換え生物を用いたアート)作品に見られるように,バイオアートに暴力性がついて回ることがあるが,それについて各自どう考えるか」という御質問があり,それぞれ興味深い応答がありました。

私は,Kacのトランスジェニックアートのうち,組換え規制ギリギリの倫理問題に抵触するハプニングアートとしても展開する側面について,特に「問題をあえて現実的におこして議論を沸かせるやり方」について批判的なことを述べたのですが,論調として「アートの暴力的側面」自体に批判的という印象を皆さんに与えてしまったのではないかと反省しています。

基本的なスタンスはむしろ逆で,清濁併せのむアート(久保田さんの御発言)の圧倒的な総合性に期待しています。通常の倫理観・道徳観の自明性を疑うとともに,高度に制度化・効率化され,システム化された科学技術や社会システムや規範的議論の中で巧妙に隠蔽されている欲望や危険性・欺瞞を暴き,議論を喚起し,ときにガス抜きすることは,アートの非常に重要な機能です。なので,その機能自体を否定するのは非常によろしくないと思っています。

ただし,こうした攻撃性の鋭さは,アートという営為についても自己言及的に跳ね返ってくるはずで,アーティストにはアートの持つ潜在的な暴力性をどう引き受けるのか,が不断に問われるはずです。アートにおける「永続的な問いかけの許容」とは,貴重であるとともに,普通のコミュニケーションにおいてはそれが無責任でもありうるわけで,「問いかけっぱなしでOK」という枠内に留まっていることが,逆にステレオタイプ化しているように気がすることもあって悩ましいのです。このジレンマに自覚的でないアートがあるとしたら,無邪気だなと思ってしまう瞬間があるわけです。とはいえ,大抵の場合,やはりアートの暴力性より集団的・制度的暴力性のほうが(少なくとも物理的には)遥かに深刻だとは思いますが...。

とはいえ,僕自身この問題をどう引き受けたらよいのか,結論が明確にあるわけではありません。人文社会,アート,自然科学が相互に相対化しあい,ときに連携しながらそれらが不断にたゆたう不思議な境界構造を,その中に身を置いて考え続けていきたいと思っています。

岩崎秀雄 2009.10.3