理工学術院 足立恒雄教授の意見書
理工学術院の足立恒雄教授(数学)が、本年4月から系属校となった大阪の早稲田摂陵中学・高校問題についての意見書を書かれましたので、以下に掲載いたします。
(なお、PDFファイルでお読みになりたい方は、ここをクリックしてください。)
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2009年4月27日
早稲田摂陵中学・高校問題を考える
理工学術院教授
足立 恒雄
大阪府の茨木市に早稲田の系属校ができたのは記憶に新しいことです。学校の名称は早稲田摂陵中学・高校です。早稲田大学は40名の生徒を推薦で受け入れることになっています。この早稲田摂陵高校の今年の入試のことが4月14日発売の『週刊現代』に出ました。大見出しに「大阪ワセダ〞高校に新入生わずか11人の大誤算」とあり、「少子化
で加熱する大学〝生き残り〞競争のお粗末」とか「『都の西北』ブランドに異変あり」といった例の如く刺激的な言葉が踊っています。本文は次のような書き出しです:
「募集定員245人に対し、2月11日に行われた1次募集の受験者は29人、実に倍率0.12という散々な有り様です。慌てて行った追加募集でも応募者は6人にとどまり、最終的に28人の合格者を発表したのですが、その後辞退者が続出し、結局、系列中学校からの内部進学者を除けば、普通科に今春受験して入学したのはたったの11人。
早大ブランドも地に堕ちたかと、関西教育界ではニュースになっています。」
どうして、このようなことが起きたのでしょうか? 『週刊現代』には、大学は「今回の事態はある程度、想定したこと。焦りはなく、長期スパンで最終的にきっちりした結論を出したい」と広報室に言わせていますが、毎年大赤字を出しながらどの程度の「長期スパン」で見ることができるのか、財政的な裏付けも今後良くなる根拠も書かれているわけではありませんから、単なる強弁のように聞こえます。大学の理事会が情報を隠蔽しているため、わからないことだらけなのですが、ウェブや評議員会出席者などを通じて得られるところを整理してみますと、事の経緯は以下のようになります。
摂陵中学の偏差値は、2008年度では40以下で、「漢字で名前を書ければ入学できる学校だ」などとブログでは陰口を書かれています。実際には、『週刊現代』に「中堅校」と書かれているように、進学コースに限って言えば、それなりのレベルにはあるのだそうです。しかしながら、高校から入学するレベルの高いはずの生徒が11人しか入らないのでは、早稲田の名前を冠して進学コースを膨らませるはずが、逆にしぼんでしまったという結果を招いたのです。いくつかの筋から聞くところによれば、現地の進学塾で「早稲田の冠が付いたからといって受験することはない」と指導していたというようなことも影響しているのでしょう。
さて、早稲田摂陵高等学校(推薦枠40名)のホームページによると、2月10日に実施された普通科(男子)1次入試(募集人員245名)は、
専願・併願併せて志願者29名、受験者29名、合格者27名、不合格者2名
この目も当てられない結果に仰天したらしい高校側が2月16日に急遽実施することに決めた普通科の入試(1.5次入試というのだそうです。どういう意味なのでしょうか)の結果は、
専願・併願併せて志願者8名 受験者8名 合格者1名 不合格者7名
というものでした。結局、普通科は245名の募集に対し、1次と1.5次の両入試合せて、28名の合格者という結果に終わりました。6クラスのつもりが1クラスできるかどうかの人数です。こうした経緯をたどったあげく、冒頭の『週刊現代』の記事のように、入学辞退者が相次ぎ、実際の入学者はたったの11人だったということなのです。
その他にも、2月10日には吹奏楽部(女子)の1次入試(募集人員 約30名)が実施されておりまして、
専願・併願併せて志願者8名、受験者8名、合格者8名、不合格者 0名
だったそうです。吹奏楽部の生徒は全員入学したものとすると、外部からの入学者総計は19名ということになります。推薦枠は40名ですが、その対象としては早稲田摂陵中学からの持ち上がりで入学する生徒も含まれるでしょうから、人数には事欠かないでしょうが、生徒のレベルということになると大変な事態が予想されます。
ついでに、早稲田摂陵中学のことも調べました。一般入試が140名定員で1月17、18の両日(A、B方式)に行われました。早稲田摂陵中学のホームページによると、 A、B両方式合わせて、志願者171名、受験者157名、合格者57名でした。つまり、140名定員に対し、わずか157名しか受験せず、合格者は57名しか出すことができなかったということです。今春までは1学年90名の定員だったのを140名に増員したのですが、大きな見込み違いを露呈したことになります。
その結果、定員を埋めるために、急遽、面接、作文による特別入試を行うことになりました。受験塾の模擬試験の成績も考慮の対象になるとホームページで発表されたために、ブログでブーイングの嵐が巻き起こりました。その特別入試ですが、
志願者14名、受験者13名、合格者6名、不合格者7名
という結果でした。したがって、すべての入試の合格者合計が計63名ということです。こちらも全員入学したとは考えられませんので、募集人員が140名だったわけですが、中学も1クラス程度の入学者しかいなかったのではないでしょうか。
以上のような経緯を受けて、3月に開かれた早稲田大学の評議員会では総長・理事会に対して次のような質問・注文が出されました。
1. 摂陵を大学の系属校とするに至る経緯を説明し、責任者を明らかにすること。
2. 摂陵と交わした契約書を開示すること。
3. 契約を結ぶ前にどのような調査をしたのか明らかにすること。
第1項と第2項に対して総長は言を左右にし、明らかにしなかったそうですが、第3項については、内部調査とともに外部にも調査を依頼したと答えたそうです。そこでさらに
4. 学内ではだれが調査を担当したのか、どういう結果だったのか。
5. また外部の調査はどこに依頼したのか、どういう結果だったのか、費用はいくら支払ったのか、委託契約書を開示せよ。
と迫られたそうですが、結果は、いつもの通り、何の情報開示もせぬまま、のらりくらりと逃げ回って終わりにしたそうです。早稲田大学はいつから当然公開してしかるべき情報を一切隠蔽するような大学になってしまったのでしょうか。OBや学内者から選出された人間で構成される最高機関であるはずの評議員会で要求された正当な情報開示が理由もなく無視されるというような経営が今の時代に許されるのでしょうか。早稲田大学の経営の健全性が厳しく問われねばなりません。
この外部の調査機関というのは銀行ではないかという噂は最初からあったのですが、2008年11月発行の雑誌『金融ビジネス』(東洋経済新報社)に載った『大学の財務戦略 大学大量破綻時代の私立大学最新M&A事情』(執筆者 岡村良介氏)という記事によって、その調査を依頼した機関というのは「りそな銀行」であったことが明らかになりました(ご教示いただいた方に感謝します)。その当該部分を引用します:
「こうした早稲田の戦略を支援し、背後で『シナリオを描いているのでは』(金融筋)とみられているのが、メインバンクのりそな銀行。摂陵中・高の買収を仲介し、そのスキームをまとめたのも、実はりそなだとされている。」
早稲田大学の財務担当常任理事はりそな銀行関係者であるということですから、調査を依頼したのがりそな銀行だとしても、(いかにもお手盛り的ですが、)早稲田の前近代的経営体質から言って何ら不思議ではありません。しかし、どうしてその調査結果ばかりか調査機関の名前まで隠蔽しなければならないのでしょうか? これでは調査に何かやましいことがあると自ら公言しているようなものです。
早稲田摂陵との契約がどういうものか公開できないというのは、これまたどういうことなのでしょうか。早稲田大学のこの隠蔽ぶり、不透明さは、早稲田摂稜のホームページに見られる異例とも言うべき率直さと較べると、一段と際立ったものがあります。
関西地方では、早稲田大学は、いわゆる「関関同立」よりはいくらか格が上の大学と見られていますが、親元を離れ下宿してまで行くほどの大学だとは見られていません。それは、関西地方からの入学者の率を考えてもわかることですし、実際ブログにはそうした言葉がいくつも見受けられます。にもかかわらず早稲田摂陵高校の授業料を一気に16万円も値上げしたという強気な姿勢はどういう根拠から生まれたのでしょうか。入学者数の定員割れを見て、さらに値上げされると読んだ合格者が一斉に逃げたのだという見方がブログに書き込まれていますが、そうした見方もあながち的外れではないかもしれません。そうだとすると、来年は受験生が増えるというのもあまり期待できることではありません。どんな店でも行列ができれば更に評判を呼びますが、開店時に閑散とした店に翌日から客が押し寄せると期待するにはその根拠を明確にする必要があります。
九州の佐賀県でも系属校が作られることになっています。むしろこちらの方が早くから話題になっておりました。どうして後から話が出た大阪・茨木の方が先に開校に至ったのか、不思議と言えば不思議な話で、よほどのリーダーシップを持った人、あるいは有力者が強引に推進したのではないかと推察されるのですが、契約に至る経緯が明らかにされないのでは、すべては闇の中ということになります。
評議員会での提議を受けて、これから各箇所で早稲田摂陵の問題が議論されざるをえないことになると思われます(実際、すでに評議員会の報告がなされ、評議員会で出された質問を改めて学術院長会で質すことが決議された学術院がいくつかあります)ので、質疑の焦点となるべき疑問点・問題点を重複を厭わず順不同で列挙しておきます:
1. 摂陵高校には中学からの持ち上がりの生徒もいますが、その質は十分に保証されているのでしょうか。
2. 総長・理事会は推薦受け入れを断ることができるとおっしゃるが、多くの学部で受け入れを断ったら、40名を充たせないことにもなります。それで生徒の保護者から文句は出ないのでしょうか。契約違反にならないのでしょうか。
3. 早稲田摂陵が定員割れを続けて何年も赤字経営になった場合、早稲田大学はどのように対処するつもりなのでしょうか。そもそも、このように学生が集まらないことが想定内だったというのなら、早稲田大学が受け入れるのにふさわしい40人もの生徒たちが集まるのはいつごろになると想定されていたのでしょうか。また、これほどまでに生徒が集まらないということが事前に想定されていたのであれば、系属校化を行わないという決定こそが健全な経営者の判断だと思われますが、系属校化に踏み切ったことの合理的な根拠は何だったのでしょうか?
4. 早稲田摂陵の存在する場所は新興住宅地で、大阪地方では評価の高い地域ではないと聞きます。進学コースはある程度のレベルだとはいうものの、中学・高校のイメージは、大学進学者だけによって形成されるものではありません。どうしてこういう場所に、そしてまた、どうしてこうした学校に早稲田の名前を冠することにしたのか、経緯・背景を明らかにするべきです。
5. 早稲田摂陵の理事長には堀口常任理事、校長には藁谷常任理事が就任されているそうです。中学・高校の理事長も校長も600キロ離れたところに住んでいて一旦事が起こったらどうされるのでしょうか。事が起こらなくても、そんな無責任な体制で日常の業務がまっとうに遂行されるのでしょうか。せめて校長位は常勤にすべきだと思います。
6. 北海道の釧路にも系属校が作られるとマスコミに報じられましたが、これは事実なのでしょうか。こうした前のめりの無原則的拡大主義はいつまで続けられるのでしょうか。東京から遠く離れた場所に次々と系属校を作るのは、早稲田の傲慢さの表れではないでしょうか。こうした路線は遠からず破綻するのは間違いありません。
何はともあれ、失敗したときには責任者を明確にするのが世間の常識です。責任者を含め、あらゆる情報を隠蔽するような経営は経営とは言えません。情報開示と説明責任は経営の基本です。
みなさんは大学の授業料が毎年スライド式で上がって行っている事実をご存知でしょうか。この不景気の時代に平気で授業料を上げ続けながら、懲りもせず拡大を続けるわが大学の現状を拱手傍観しているのは、知性と見識のある大学人の採るべき姿勢とは言えません。問題の指摘をごく少数の外部評議員に任せているのではなく、我々も参加し、発言することによって情報を開示させ、良い解決策を探るべきだと思います。
以上
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