文学学術院 大久保進教授の意見書
文学学術院の大久保進教授(ドイツ文学)が、最近の早稲田大学の大学運営等について意見書をを書かれましたので、以下に掲載いたします。
(なお、PDFファイルでお読みになりたい方は、ここをクリックしてください。)
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2009年2月12日
最近の大学運営について、物申す
文学学術院教授
大久保 進
「研究院」の問題については、昨年12月17日の文学学術院教授会で、教務からほとんどはじめてそれなりに詳しい口頭報告がおこなわれましたが、説明の基になる資料の配布がなされなかったので、その配布と、本部の担当責任者の教授会における説明および質疑応答の機会を求めた経緯があります。求めに応じて、教授会翌日には資料が配布されましたが、しかしそれを十分検討する間も場も私たちに与えずに、本年1月21日の教授会で、担当責任者である堀口常任理事と中島研究戦略センター準備室長と深澤研究推進部長による説明会がおこなわれました。説明は、教授会議題書添付と別添の「新たな」資料、つまり一ヶ月弱の間に俄か作りされたとしか思えない資料に基づいて、前二者によっておこなわれましたが、質問者はわずか一人でした。説明と質疑応答の機会を求めた私自身は、二人の説明の巧言令色にほとほとウンザリして、あろうことか質問も批判も口にしませんでした。その結果はどうだったか? 翌22日に開催された理工学術院の臨時教授会で、先の二人が「昨日文学学術院でも説明したが、質問者は一人だけで、大筋認められた」という意味のことを言った、と聞き及びました。理工でも質問者は皆無だったそうですが、現行案に重大な批判があると、これも聞き及んでいます。このことを知って私は、どれほど嫌気が差しても黙っていては駄目で、「声なき声を聴く」術も気もない当局者にはハッキリ物申さねばならないのだと、痛感させられました。ここに、遅蒔きながら沈黙の結果に責任を取り、私の意見を表明する次第です。(なお、この文書は、もともと文学学術院長から総長・理事会および学術院長会に伝達してもらうことを目的として書いたものです。書いているうちに、憤りに駆られて、「研究院」以外のことについても意見を述べることになりました。学術院長に1月24日から26日にかけて3回に分けて提出した意見表明書に手を入れたものです。)
1:「研究院」のこと
前回配布された資料と今回配布の資料とを比べてみると、この間のさまざまな重大な質問や批判や提案を受けて、今回のそれはそれなりに文章を練って、大方に受け容れやすい形になっていることは分かりますが、新旧の組織図を比較するだけで、これが俄か作りのもので考え抜かれたものではないことは明白です。これはどう見ても、文章化粧術のなせる業としか思えません。私たちの教授会での口頭の説明、あるいは例えば伝え聞く教育・総合科学学術院の教授会での説明などを参考にすると、これまで自発的・自生的に成り立ってきた個人レベルやグループレベルの自律的研究はこれを大事にし守り育てていくと担当責任者が力説すればするほど、その本来の中央集権的統制への欲望は顕われて、衣の蔭の鎧は隠しようもない、というのが率直な印象です。これがたんなる印象ではなく実体に即していることは、「研究院規則案」と「研究戦略センター規則案」の、ここでは細部に立ち入りませんが、例えば設置目的と事業にかかわる条項とを読み比べて考えてみると、明白になります。つまり、資金助成の期限切れが迫っているいくつかの大型研究プロジェクトなどのあとをどう継承し展開するか、意地悪な言い方をすれば、どう温存あるいは処分するかにかかわって、助成金の100億円から200億円への倍増という目標が設定されています。仮にこの目標額が達成されたとして、これに付随してこの額の内から間接経費として交付される3割を単純計算すると、60億円という巨額の金が獲られることになりますが、この金を釣り餌とすることによって、さらに、新センターに集中される情報を手にすることによって、全学の研究体制を統括しコントロールすること、これこそが本部の本来の目的であるとしか、私には考えられません。
こうしたコントロールによって大きなダメージを受けるはずの理工学術院の臨時教授会で質問が皆無であったことを、私たちの教授会でのように「大筋認められた」と理事会が速断するとしたら、困ったことになるのではないでしょうか? このようなコントロール体制のもとでは短期決戦型の成果主義が奨励され、その一方で早稲田の悲願とされるノーベル賞などの受賞に通ずるはずの、長期にわたる地道で本格的な研究は疎まれることになり、結果的に世界ランキング100位以内を目指すとする早稲田の「研究力」は、促成栽培のひ弱さを露呈する危ういものになるだろう、と私は推測するからです。
他方、文系の研究領域において喫緊に求められるべきは、大型研究プロジェクトのバックアップではなく、むしろマスター・ドクター課程在籍の学生も含めた後進の、若手の研究者の地道な、そして未来のある育成に大いに資するような具体的な方針と実施案でしょう。それが約束されないかぎり、文系の研究は疲弊へ向かうことになるのではないかと惧れ、私は現行案には反対せざるをえません。
「研究推進会議」の「改組・拡充」が提案されていますが、その目的や構成について何の具体的説明もありませんから、それを聴くまでは、可否を云々することはできません。また、事務組織である「研究推進部」に併設して「研究戦略センター」を新設しようとしていることにもいかがわしい点が認められます。2月には承認をとって新「研究戦略センター」の初年度の教員人事をやるとのスケジュールが示されていますが、規程案・規則案を整えて(これについては後述)提案し、各箇所の意見をじっくりと徴し、そして…という審議プロセス、「教学」上の問題(「研究院」は「教学組織」と位置づけられています)を処理する際の本来の手続きをきちんと踏まぬまま、人事だけはやると言い張るのでは、ひょっとしたらすでにそこへの採用予定者の当てがあるか、あるいはそれが決まっているかのような嫌な印象を与えるほどに、あまりに短兵急です。結果として現実に採用された人間がもしも元高級官僚だったというようなことになれば(理事会が全学的検討に付することなく、いわばお手盛りで立ち上げた研究機構、例えば日米研究機構における人事などに鑑みて、これは十分ありうることと思います)、ことは全学の研究体制にかかわることですから、あまりにも重大な要素を含むことになるのではないでしょうか。
資料に付されている「研究院規則案」も「研究戦略センター規則案」も、十分検討する時間的余裕を与えないまま承認に持ち込もうとしているばかりでなく、ここで立ち入ることはしませんが、その内容自体に不十分な点があります。何よりも、新しく「改組・拡充」されるはずの「研究戦略会議」に関する大事な規程案は未提出。それでいて全体を4月から開始するという「教学」上の提案は、繰り返しになりますが、大学における審議プロセスを無視あるいは軽視した遣り口です。理事会は、学内で広範な批判と議論を招き撤回を余儀なくされた「内部通報規程」の提案に際して、法令遵守(コンプライアンス)体制の強化を謳い文句にするなど、昨今ことあるごとに法令遵守の重要性を強調してきました。しかし、「内部通報規程」制定問題や現下の「研究院」新設問題などに代表的に見て取れるように、これまで理事会が批判の声を無視してやってきた学内手続きの軽視は、自らの法令遵守の掛け声にも抵触する遣り口であって、この意味でも私は反対せざるをえません。
ところで、上で「研究院」と「研究戦略センター」にかかわる規則案自体に不足があると記しましたが、わけても問題だと私が考えるのは、「改組・拡充」されるはずの「研究戦略会議」と、事務組織である既存の「研究推進部」と、新設予定のシンクタンク的「研究戦略センター」との組織関係が、一枚の組織図を除いては、全体としてどこにも規定されていないということです。図解と説明によれば、これらは三つの独立した組織ではないと考えねばならないわけですから、三者の関係を明確に規定することが必要です。そうでないと、「シンクタンク」的組織である「研究戦略センター」は、間接経費という巨額の資金をえて、CIA的な情報機関として絶大な権力を持つにいたり、独断専行する危険が間違いなくある、と考えるからです。組織関係を規定するに際しては、各学術院長をも構成員とする「研究戦略会議」を設置し、これを組織全体のトップに置いて、その下部組織として残りの二つを位置づけ、「研究戦略会議」のコントロール下に置く必要があります。その意味で「研究戦略会議」の位置づけは重要です。「研究推進部」と「研究戦略センター」を「研究戦略会議」を支える両輪として位置づけることにも、私は反対です。「研究戦略センター」は「研究推進部」の一部門であるべきです。二重三重に監視しないと独走する恐れが「研究戦略センター」には十分にあるからです。私はこのように考えていますので、全体をカヴァーする規程・規則上の提案がなされ審議が尽くされるまで、学術院長会における「研究院」問題に関する決議は棚上げにすべきであることを、強く主張します。
2:ハラスメント防止委員会の個人情報漏洩問題のこと
個人情報漏洩問題について理事会は、調査・対策のための委員会を立ち上げ、このことで被害を受けた方たちにたいするケアはもとより、事実関係を明らかにし、今後同種の問題が起こらないように対策を講ずる/講じているとしていますが、その過程で、これを一嘱託職員の犯した不正行為、それをいわば黙認したハラスメント防止委員会委員長の過失の問題に矮小化しています。しかしこういうことでは、この問題の処理としてはあまりにも不十分、と私は思います。実名入りの個人情報をデータ化するということは、一方では、個人情報保護法からみて違法行為に当たる可能性が高く、他方では、2006年度に開始されたこのデータ化が2005年度になされた委員会改組後におこなわれているわけですから、データ化を決定したはずの委員会にこそ責任があるからです。理事会は、それは委員会決定ではなく委員長の黙認の結果と説明したいようですが、その委員長の説明は要領をえません。改組前の委員会の個人情報の取り扱いは、委員会の決定により、きわめて厳重だったそうです。そうとすれば、改組後の委員会――伝え聞くところによると、構成員は約(!?)10名、そのうち理事職者が4名、部長職者が4名で、役職者が少なくとも8名を数えるとのことですが、中立公正が求められる大事な委員会がこんな構成でいいのでしょうか?――、この委員会の杜撰な運営がもたらした結果の責任は、繰り返しますが、きわめて重大であって、痛くも痒くもないお手盛りの総長・担当理事の役職手当のカットと委員長にたいする厳重注意といった形ばかりの処分で決着をつけるのは、ほとんど不正行為に等しいこと、と思います。ことは総長職の辞任、理事職の解任にまでつながる重大事との認識が、理事会には全く欠けています。
このことに関連して、もう一つ気にかかることがあります。個人情報はなにもハラスメント防止委員会だけが持っているだけでなく、学生相談センターや公益通報対応委員会もまた持っています。ハラスメント防止委員会でのデータ化の必要性についての弁明から推測するに、そこでも同様のデータ化がおこなわれているのではないか、あるいはその計画があるのではないか、と危惧します。そして、情報の管理体制は万全か、と問いたいのです。万一ここでもハラスメント防止委員会でのような情報流失が起これば、同様に重大事が出来します。明確な答えを要求します。
3:含み損と間接経費のこと
理事会および評議員会で小林担当理事が32億円の含み損を明言したそうですが、会議に出席された評議員の方に伺っても、その詳細は不明、とのことでした。本当にこの額で済むなら嬉しいことですが、これまでもしばしば平気で情報を隠し、ことを曖昧にしてきた総長あるいは理事の言葉を、にわかに信ずることはできません。この現状を、私は大いに憂えます。例えば、大学年金の会計について年金委員会の規則は監査を命じていますが、理事会はそれをおこなっておらず、両三度にわたる組合からの監査要求にも応えることを怠っています。また、公的研究費の不正防止体制の確立等に関して文部科学省等が大学にたいしておこなった指示について、組合が説明を求めた際にも、担当責任者である理事は事実に反することを述べました。
ところで、この含み損32億円の額は、駒澤大学の154億円、慶応大学の225億円と比べれば、その5分の1あるいは7分の1前後ということで、たいした額ではないように思われがちで、だから私も迂闊に「本当にこの額で済むなら嬉しい」と書きましたが、しかし戸山キャンパス整備計画のうちの新研究棟建設予算が、私の記憶では、36億円ということですから、実はこれでも巨大な額の金なのです。健全な常識としての金銭感覚が失われている、と思います。
「研究院」問題との関連で言えば、すでに述べた間接経費の使途について、これまで詳細な情報提供がおこなわれたためしがなく、巨額の金がどのように動いているのか、私たちには判然としません。この金を「研究戦略センター」推進のために使うことは、だから場合によっては問題となりえます。ただし公正を期して付言すれば、文部科学省は間接経費の使途について、そのQ&Aの文書で、「組織の長が全学的研究環境の向上に資すると判断すれば、使用可」と解説しているそうです。とすると総長が執着する「総長のリーダーシップ」なるものが、その質が問われねばなりませんし、「研究戦略会議」の見識が問われることになります。総じて、早稲田における金の使い方に厳しく監視の目を光らせる必要があるのではないでしょうか?
ここまでくれば、理事会にお墨付きを与えるだけの監査室ではもはやこの重要な要請に応えることはできず、したがって監査室の機能を強化することはもとより、場合によっては、オンブズマン制度のような制度が必要なのではないか(その役割を一部担うはずの公益通報委員会がありますが、この委員会は果たして本当に機能しているのでしょうか?)、あるいは、アメリカ合衆国において大統領の犯罪をも捜査・追及する権限を与えられた「独立検察官」のごとき存在が求められるのではないか、と私は考えます。
お金のことで一つだけ追加します。『早稲田大学広報 CAMPUS NOW』臨時号(第2948号)に「学園への指定寄付(2008年度10月分)」の項目があって、そこに「留学センター指定/2,000,000円;1,000,000円」の2口の寄付(3ページ)と「文化推進部/1,000,000円」(4ページ)の寄付が記載されています。学園への寄付はありがたいことですが、寄付者の名前を見て、私は怪訝の念を覚えました。前者は順に「(株)キャンパス/代表取締役社長 鳥井幸雄殿;(株)キャンパス/代表取締役 藤井雅英殿」であり、後者は「(財)本庄国際リサーチパーク研究推進機構/理事長 白井克彦殿」です。学園への他の寄付者は個人であったり会社社長であったり、団体の長であったりしますから、これも表記上は何の問題もないはずだと理解しますが、キャンパスにしろリサーチパークにしろ、大学とは別組織ではあっても底で繋がっていると私は考えますので、まさか「横流し」や「法人税逃れ」というようなことはないだろうと思いつつ、しかしこの金の性格は一体何なのだろう、と訝しく思うのです。この気持が氷解するように、教えを受けたいと思います。
4:総長選挙規則の改定のこと
今、委員会が改定原案作りの仕事をしていますが、仄聞するところでは、選挙制度を大幅に改めて、総長指名委員会あるいは決定委員会のような組織を作ろうという提案が一部の委員から出ているようです。つまり、先年の山形大学や過日の富山大学でのケース(いずれの場合も、学内予備選挙で1位だった者が排除されて、下位の者が学長に指名されました。とくに山形大学の場合には、逆転当選したのは、あろうことか、退任したばかりの文部科学事務次官!でした)のようなことが可能となる条件を作ろう、というわけです。私はこれが提案されれば、断固反対します。なるほど今の制度には問題がありますから、改定は当然のことですが、この案だけはいただけません。私はむしろ思い切ってこう提案したいところです――総長選挙人は専任教員に限定すべし、そして、リコール制を導入すべし、と。なぜなら、一方で、職員は現状では教員の場合よりもはるかにさまざまな思惑に動かされやすい条件の下にあり、したがって「上司の命令」に逆らうことの難しい状況に置かれており、他方で、総長選挙はこれまでも、これを自分の野心のために利用しようとする一部の人たちが暗躍する場面でしたから、これでは公正な総長選挙を担保することはできないばかりでなく、心ある職員に精神的負担をかけ、職員のあるべき姿を歪める危険があり、結果として職員の健全な就業・勤務体制の構築にとっても芳しくないことになる、と考えるからです。(リコール制導入の必要な理由については後述。)
5:胡錦濤来校時の警官隊導入と諸経費のこと
この点について、総長は以前、「大事なことだから慎重にお答えしたい」として、責任ある説明を約束しました。しかしいまだにそれを果たしていません。何時この約束を果たしてくれるのでしょうか? 言い逃れは聞きたくありません。
6:ハラスメント防止委員会・公益通報対応委員会の委員名の公表のこと
公正の保持と外部からの不当な影響の排除のために、両委員会の委員名は公表しないとの規定になっていますが、このことがかえって結果として不正を招き、あるいは責任の所在の不明確化を生んでいます(具体的事例を挙げることは控えます)ので、公正の保持などの美名に隠れて不正がまかり通らないように、むしろ委員の氏名の公表をおこなうべきだと、私は考えます。公表によって不公正や外からの影響行使があった場合に対処する方針なり原則なりを定め、場合によっては不公正な圧力をかけてきた者の処罰の可能性を規定することができれば、心配はないと考えるのですが、いかがでしょうか?
7:役職者の服務規程・懲罰規程の制定のこと
上のこととも関連しますが、そしてこれまで何度か表明してきていることですが、ここ数年の大学におけるさまざまな不祥事を考えると、責任を負うべき役職者が責任を果たすことなく保身と延命を図っているようにしか見えないことが明らかですので(あえて実例を申し上げません)、役職者の服務規程とそれにともなう懲罰規程の制定が必要である、と私は考えます。理事会自身がこのことに着手すべきであることは言うまでもありませんが、保身のために尻込みすることは想像に難くないことですから、私たち一般教職員が提案するしかない、と考えています(しかし、具体的にはどうしたらいいのでしょうか?)。例えば総長が、あるいは理事など役職者の誰かが重大な不正をおこなったと仮定します。総長の場合には、現状では評議員会は諮問機関に貶められましたから、本人が辞めると言わなければ、辞任はありえません。リコール制の導入が必要な理由です。しかし理事など役職者の場合には、総長が任命権者ですから、総長の判断で解職することができますが、これまで総長の任命権者としての責任行使は曖昧にされてきています。
総長はなるほど投票によって選出されますから、「民意」を反映しています。だからこそ「民意」に耳を傾けるべきなのですが、総長はそのようにしているでしょうか? ところで、理事その他の役職者は総長任命であって、「民意」とは無関係です。このことを考えると、各箇所で選出された学術院長によって構成される学術院長会に期待するところ大なのですが、最近の学術院長会の様子を仄聞するに、今やその権威は地に落ちてしまったのか、と嘆かざるをえません。なぜなら、各箇所の「民意」を反映すべき学術院長が、学術院長会において、自らが拠って立つところの基盤である箇所から選出されたという事実を自覚して報告をおこない、意見を述べ、議論することがあまりにも少なく、結果として上位下達でことを済ませようとする学術院長が少なからずいることが確かだからです。
今回はここまで
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