2007年5月7日
早稲田大学常任理事 堀口健治殿
CC 早稲田大学総長 白井克彦殿
早稲田大学理事各位
同研究推進部長 中島啓幾殿
21COE−GLOPEリーダー 藪下史郎殿
理工学術院教授 足立恒雄
堀口常任理事に猛省を促します
政治経済学術院某教授の裁判に関連して、私が提出した公開質問状(2007年4月3日付)に対する堀口常任理事の回答(2007年4月5日付)はあまりに簡略で、私には到底納得しがたいものでした。私がわざわざ質問状を差し上げたのは、この問題が大学構成員の身分や研究倫理、さらには大学の信用に関わる重大な案件であるからでした。しかし堀口常任理事の回答からは、とても理事会、とりわけ担当理事が真摯な姿勢で問題に取り組んでおられると感じることはできませんでした。堀口常任理事が今後、研究倫理体制を構築し、再発防止に向けて研究支援体制を整備するため、真摯に取り組まれるよう猛省をいただく必要があると考え、ここに文書を提出します。
経緯
去る3月16日に開催された倫理規定等に関する全学説明会の席上で、私は要旨次のような質問をしました。
1月19日付の日経新聞朝刊に、政経の某教授(以下X教授とする)が著作権を侵害したとして共同研究者から訴えられ、損害賠償金50万円を支払い、出版社に残っている著作物の残部の廃棄を命ずる判決を受けた、という記事が載った。こうした問題は、現在制定されようとしている研究倫理に関する諸規程が正に取り扱うべき事案である。さらに、問題の著作物はCOEからの出版補助を受けているという話を聞いたこともあるが、大学ではどのように対処しているのか。 |
この質問に対して、福田研究推進部副部長から、要旨次のような発言がありました。
1. 裁判は、著作権ではなく、人格権を巡って争われた。
2. COEでは出版補助の名目で支出することはできない規定である。したがって、当該の出版物にCOEからは支出していない。 |
この発言は、著作者人格権が研究に携わる者にとって重要な権利であることが理解されておらず、結果として、金銭に関係していないから大きな問題ではなく、しかも個人間の民事訴訟にすぎないという印象を参加者に与えるものでした。著作権等に関して専門家の意見なども伺った結果、私は、研究者倫理に関する堀口常任理事と研究推進部の無理解と認識の甘さを痛感するに至り、研究推進部を担当する堀口常任理事に要旨次のような公開質問状(添付資料「公開質問状」)を4月3日に送付しました:
1. 研究者倫理が問題になっている折柄、著作権問題で裁判に負け、マスコミにも取り上げられた事件が、教授会でほとんど問題にされることがなかったようだが、大学本部はこの問題をどのように捉えているのか。
2. COEからは出版補助を出すことができないというのなら、実際にはどのように経理上の処理をしたのか明示していただきたい。 |
これに対して、堀口常任理事から4月5日に次の返答をいただきました:
足立先生:再度調べた結果ですが、COEからの補助金を東洋経済新報社から刊行した書籍には使っておりません。また使うことも認められていません。担当の事務の責任者にも確認しました。堀口 |
今回の事件に対する私を含む多くの教職員の疑問に対して、このわずか89文字の文章が、果たして担当理事による誠意ある回答であると言えるでしょうか。類似の例を後に述べることにしますが、返事をしたという言い訳作りをされているに過ぎないことは誰の目にも明らかです。
一方、間接的ですが、自身の著作権問題について、X教授は次のように考えておられる由をその後伺いました。
1. 著作者人格権が著作権の中核をなす重要な権利であると認識している。
2. 不注意にもこの権利を侵害したということを十分認識し、反省している。その認識と反省に基づき、裁判をことさら争う気持ちはなかった。
3. 判決後、事件の経緯とそれに対する反省を表明した文章を用意し、それに基づいて経済学研究科運営委員会で、経過説明と謝罪の発言を行った。さらに、政治経済学術院教授会に先立つ戦略会議で同様の発言を行った。ただし、自分に対する処分等が検討される可能性もあるので、その発言後戦略会議ならびに教授会は退席した。 |
この話から、X教授が問題の重要性を認識し、誠意を持って対応しようとされたことが窺われます。しかしながら、当のご本人が研究倫理上の重大な問題であり、法的責任を甘受せざるを得ない遺憾な問題と認識しておられるのに対し、COEに関係した実施責任者や本部の研究推進担当理事などには、まったくそのような理解や認識が欠けているという事実は大いに問題とされねばなりません。
私にとって他箇所である政治経済学術院の対応の妥当性等については、意見を差し控えさせていただきます。しかしながら、研究者倫理が問われ、さらに大学を始めとする公共性の高い組織の社会に対する説明責任が問われているこの時期に、理事会が何の問題もないかのごとく扱い、経理上の処理も明らかにしないために、かえって人々に不審の念を起こさせているということに対しては、私は大学の構成員の一人として黙視することはできません。
少なくともこの問題は、第一に、全国紙で報道されているという点で学内のみならず社会的な関心事にもなっているものです。第二に、著作者人格権侵害に関する事実関係は、すでに一審の判決文(確定)で衆知の事実になっております。さらに、第三に、問題となった書物を21COE-GLOPE関係者に贈呈するに際して、その送り状(2006年4月吉日付)で、拠点リーダーの藪下史郎教授が、
さて、この度、当プログラムではシリーズ『新しい政治経済学の構築へ向けて』第2巻といたしまして、「再分配とデモクラシーの政治経済学」を東洋経済新報社より出版する運びとなりました。 |
と明確に述べておられることからもわかるように、同書の出版にCOE資金を使ったか否かはともかくとして、この出版が21COE-GLOPEという公的研究プロジェクトと密接に関連していることは明らかです。
巨額の国費を投じて遂行される21世紀COEプロジェクトの高度な公共性、社会性に鑑みれば、積極的な情報開示を通じて、問題の所在と対応を社会に対して説明することは大学の社会的信用を高めるためには是非とも必要であり、同時にそれは義務であるとも言わざるを得ません。
このような説明責任は学外のみならず学内に対しても及ぶのは当然ですから、言論の府である大学の構成員の一人としての私には、理事会の対応について発言し、質問する権利がある、そしてそれは組織人としての私の義務でもある、と存じます。それに対する回答としては、堀口常任理事の回答はあまりにも不誠実ではないでしょうか。こんなことで総長を補佐して大学の行政を司る理事としての重責を果たしていると考えておられるのでしょうか。堀口常任理事を始めとする大学本部の判断(を伺うことすらできていませんが)と対応(されているとも思えませんが)に対して、注意を喚起し、強く抗議する必要性を痛感した次第です。
堀口常任理事のこうした不誠実な対応が今回初めてであるということなら、私もどういう行き違いでこういう対応になってしまったのかと改めて適切な対応を依頼するに留めておきたいのですが、残念ながら、堀口常任理事の対応については、これまでにも首をかしげざるを得ない経験が何度か(何度も、と言うべきですが)ありました。ここではそのうちの2例を取り上げます:
1.昨年、私が理工学術院長として、松本和子教授を査問に付すように理事会より勧告を受けた際、それを伝えるために大久保キャンパスに来訪された堀口常任理事は、「松本教授を解雇処分にすべきであると理事会は決議しました」と述べました(証言者は何人もいます)。私はこれに対し、処分は箇所の専権事項であるから、「要望ということで受け止めておきます」と返答しました。
しかるに、本年3月1日に倫理規程等の説明で理工学術院教授会に見えたとき、堀口常任理事は私の質問に答えて、「私は学部自治をとても重要なことだと認識しております。解雇すべきであるというようなことを言った覚えはありません」と答えました。
事実は一つでありますが、これについて堀口理事は何とお答えになりますか。 |
2.森康晃教授が理事会に対して再調査を申請したとき、堀口常任理事は一人で森教授と会い、「調査は十分されたから再調査の必要はない」と、いとも簡単に申し渡されたそうです。
実はこの面談に際して、森教授は弁護士の同席を主張しましたが、堀口常任理事は「非公式だから」と言って弁護士の同席を拒否されました。森教授はあくまでも弁護士の同席を望んでいましたが、私は「これで再調査が始まるのだから、取り敢えず一人でも会いなさい」と、森教授に助言いたしました。
しかし、私は自分の判断の甘さを思い知ることになりました。「非公式の会談」と明言しておられたにもかかわらず、堀口常任理事はその場で森教授に対して「再調査は行わない」旨をごく手短に伝えるだけで、「文書で不服申し立てをしているのだから、文書で正式な回答がほしい」という森教授の要請も拒否しました。
こうしたやり口を下世話には「だまし討ち」と言います。大学の構成員の名誉と身分に関わる再調査の申請を、このようにないがしろに扱っても良いのですか。 |
堀口常任理事ばかりではなく、現理事会には、このように、内と外とで平気で言葉を違えたり、形だけ手続きを踏んで強引に事を運ぼうとする、真の民主主義とはかけ離れた手法を常套手段とする強い傾向があることを、ここで指摘しておきたいと思います。私が、倫理規程等の制定にあたって、被告発者の防御権を要求したり、調査委員会を理事会とは独立した組織にせねばならない等と声を大にして主張してきたのは、こうした、実際には他にも多々ある、経験を踏まえてのことです。
今回制定された研究者倫理憲章等では、各箇所の教授会や全学説明会における意見がある程度取り入れられて、研究者倫理は大学が率先して取り組むべき重要な課題であることが認知されるようになりました。また再調査の申し立てを含めた被告発者の権利が、十分とは言えませんが、ある程度認められるようになったのは前進ではあります。
しかしながら、為政者が、自ら制定した憲章等の精神を真摯に受け止め、研究倫理の再確認と公正な調査体制の確立に率先して取り組む姿勢を見せない限り、いくら立派な憲章や規程を作っても、「仏造って魂入れず」という結果になるのは火を見るよりも明らかです。とりわけ本学の研究部門の責任者である堀口常任理事には、松本事件、森事件、そして今回の事件等の経験を真摯に受け止め、大学が一丸となって研究倫理体制を構築し、再発防止に向けて研究支援体制を早急に整備するため、ご尽力いただきたく、心から願って止みません。
最後に、この文書を私のホームページ等で開示させていただくことをお断りしておきます。
以上
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