岩 村 研 究 室

早稲田大学大学院経営管理研究

(早稲田ビジネススクール)

教授 岩村充(いわむらみつる)


研究室紹介著書 資料等 <プロフィール> 大学院HP


 

 

早稲田大学の岩村充(いわむらみつる)です。生まれたのは、19505月、東京杉並区の阿佐ヶ谷ですが、小学校に入る前に練馬区の中村に引越し、そこで育ちました。当時の練馬界隈は、冬の夕方になると、まだ残っていた農家の雑木林の向こうに富士山がシルエットになって浮かび上がるような武蔵野の風景が広がっていました。小学校に入学したのは1957年ですから、小学生から高校生ぐらいまでの頃が日本の高度成長といわれる時代と重なります。高度成長の記憶というほどのこともありませんが、自分の家にも近所の家にも、次々とガスと水道そして電話が開通し、冷蔵庫・洗濯機・カラーテレビと電化製品が揃っていく、そんな時代だったことは覚えています。

大学は経済学部に通いましたが、主に勉強したのは数理統計学だったので、現実の経済に関心を持つようになったのは、1974年に大学を卒業して日本銀行に入り調査局という部署に配属されてからです。日本銀行では、まだ窓口指導という仕組みを残していた営業局や、金融政策や制度企画を担当していた総務局など、その後の機構改革でなくなってしまった部署を含め、実に多くの仕事を経験させてもらいました。日本銀行には外部出向期間も含めて239ヶ月在籍していたことになりますが、この時代に多くの事を学び、また、多くの人を知る機会を得たことは、本当に幸運だったと思います。

1998年1月から早稲田大学が新設した大学院アジア太平洋研究科の国際経営部門つまりビジネススクールの教員としての生活を始めましたが(私たちのビジネススクールは2007年の組織改編で商学学術院商学研究科の一部門になりました)、当時の主たる関心分野は電子商取引でした。電子商取引を主たる分野として選んだのは、この当時、インターネットのような情報技術が経済や社会に何をもたらすのかについて多くの人たちが熱心に議論していたからですが、23年を超える日本銀行生活で金融やマクロ経済という分野での議論に疲労感を覚えていたという面もあったように思います。

ところが、大学に移ってきて数年すると、再び金融に強い関心を覚えるようになりました。深刻な不況のなかで金融政策がゼロ金利の限界に到達してしまうという事態(これを「流動性の罠」といいますね)を目にして、なぜそうなったかを考えているうちに、金融への問題意識を取り戻したような気がします。また、かつてかかわってきた情報分野との境界でビットコインのような新しいタイプの「貨幣のようなもの」が出てきたことも面白い現象だなと思っています(ビットコインについてはこんなペーパーも書いてみました)。

略歴

1950年5月 東京に生まれる

1974年3月 東京大学経済学部卒業

 4月 日本銀行入行:営業局・総務局・ニューヨーク駐在員などを経て

1992年2月 日本公社債研究所開発室長

1994年4月 日本銀行金融研究所研究第2課長

1996年12月 日本銀行企画局兼信用機構局参事

1998年1月 早稲田大学大学院(アジア太平洋研究科)教授

2007年4月 研究科統合により早稲田大学大学院(商学研究科)教授

2016年4月 研究科再編により早稲田大学大学院(経営管理研究科)教授

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