ヒトの体温と水にかかわる問題を解決する

 早稲田大学人間科学学術院
体温・体液研究室
Body Temperature and Fluid Laboratory
 
updated 2017-12-04
  

経歴

兵庫県宝塚市生まれ(ルーツは福岡市)
大阪府四条畷高校卒
京都市近畿予備校卒
京都府立医科大学卒
医師免許取得
京都府立医科大学附属病院研修医
大阪鉄道病院レジデント
京都府立医科大学修練医
京都府立医科大学大学院博士課程(生理系)
京都府立医科大学助手
YALE大学医学部・John B Pierce Lab Post doc Associate
Royal North Shore Hospital Oversea fellow(中退)
大阪大学医学部講師
早稲田大学助教授
早稲田大学教授(現在に至る)
 
連絡先

 
k-nagashima@waseda.jp @を半角にしてください
 
早稲田研究者紹介Webマガジンより

職人的な外科医の仕事か、独創的なアイデアが生かせる基礎研究者か…

 もともと外科医を目指していて、基礎医学の研究者になるつもりはなかったのですが、いくつかの紆余曲折を経て、現在の生理学者の道に至りました。生理学の中でも、「体温」「体液」という歴史の長い分野を専門としています。
 最初にこの分野に興味を持ったきっかけは、医学部での生理学の講義でした。担当教授が、体温と体液の専門家だったのです。その頃はまだ、自分が生 理学者の道へ進むとは思っていませんでしたし、外科医になることを決めていました。生理学は、本当に純粋な学問としての興味の対象に過ぎなかったのです。
 卒業後は志通り大学の外科学教室に入り、心臓外科医になることを目標に研修をしていました。当時、大多数の心臓手術の際には、人工心肺装置による 体外循環で患者さんの体液や体温のバランスを保持していましたが、この体外循環が長時間に及ぶと、様々な問題を手術後に来しました。体外循環の技術は、手 術を成功させる上でとても重要な要因でした。さらに近年では、心臓手術以外でも、頭部外傷や脳卒中の救急の現場で低体温の状態にし、脳のダメージを防ぐよ うな技術も開発されてきています。
 人間の体温や体液の調節機構というのは、ほかの循環などの調節系に比べて非常にユニークです。体温調節というのは、多くの臓器や器官が関わってい ます。また体温調節の専門器官は動物によってまちまちですが、1つぐらいしかない。すなわち、多くの体温調節のほとんどが借り物で行われているわけです。 例えば人においては汗腺が放熱のための専門器官ですが、寒いと筋肉がふるえ、暑いと皮膚の血管を拡張させています。暑いと顔が真っ赤になるのがそれです
 筋肉は本来、運動のための器官であり、皮膚の血管は皮膚に酸素や栄養を供給する血液を分布させるのが主たる役割です。体温調節はこのように体の多くの器官を借りて使っている、身体機能の中でもとてもユニークで複雑なシステムなのです。
 医学部を卒業してから研修医、さらにいくつかの病院に勤務した後、大学院に進み、本格的に生理学研究に取り組みました。このときはまだ、「博士課 程を修了したら、本格的に心臓外科医の道を目指そう」と思っていたのですが、「生理学の研究で外国に行かせてやる」という教授の甘い言葉に乗せられて、博 士課程を修了後、米国エール大学のピアス研究所に3年間、ポスドクとして働きました。
 ピアス研究所は体温と体液の研究では世界のトップレベルだったので、その研究生活はとても刺激的で勉強になりました。それでもまだ、生理学者への道を完全に選ぶところまでは踏み切れなくて、エール大学からオーストラリアの病院へ移り、1年間、外科医として勤務しました。
 外科医の仕事というのは、いわば職人の世界です。基本的に同じことを何回も繰り返すこと、そして時々おこる予期しないことや患者さんごとの小さな 違いを経験しながら、多くのバリエーションに対応できる手術の技を磨くことが重要で、安定した技術が第一です。基礎医学研究のように斬新なアイデアや一人 一人のユニークさは必要とされません。人によって違う玉虫色の外科医療などあっては、むしろ迷惑極まりないでしょう。
 外科医は、どこへいっても基本的にその時代に最良とされる、標準化された外科技術を提供できることが重要です。外科医すべてが斬新なことを考えていたらとんでもないことになります。それはごく一握りの高い技量を持った外科医のみに許された特権だと思います。
 こうした職人的な仕事が、生理学での基礎研究の面白さに比べたとき、自分には今ひとつ満足できなくなっていました。外科医の仕事は好きでしたし、 自分の技術で人を救えることはすばらしいことですし、臨床の現場にいることは今でも大好きです。ただアイデアを実験で確かめるという知的な作業の魔力にか かってしまい、生理学の研究を主“職”とし、現在に至っています。
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システムバイオロジーという潮流の最先端で、体温・体液の調節システムのメカニズムを探る

 体温と体液の調節は密接につながっています。脳の中でも、体液調節と体温調節のそれぞれの関連する部位は、似通ったところにありますし、機能的にも非常によく似ています。
 例えば、熱中症は、体温と体液調節の関連性をみることができる病気です。脱水を引き金に、体温調節が破綻し、ひどい場合は命を落とす病気です。その仕組みはまだよく分からないところがあって、研究者からも一般社会からも高い関心が寄せられています。
 体温、体液は歴史上、最も古い生理学のパラメータの1つです。しかし、古いにもかかわらず、その調節の仕組みが解明されてきたのは、ほんのここ 20年ほどです。脳の視床下部が体温調節に大きく関わっているといわれていますが、体温を調節している汗腺や皮膚血管と脳との間で、どういう神経学的なつ ながりのメカニズムが働いているのかについては、未知な部分がたくさん残されています。
  最近では、ある特定の温度域に反応する細胞膜上のチャンネルと呼ばれるものが発見されたりもしています。従来、神経学的な研究が体温研究の主流でしたが、分子生物学的な手法も他の生理学的分野と同様に広まりつつあります。
 体温や体液の調節は、いろいろな意味でトレンドなテーマです。体温調節は代謝の機能と直接つながっていますから、肥満とかメタボリックシンドロー ムなど、一般の人からの社会的な関心も高い領域です。また生理学研究の世界では、「システムバイオロジー」という先端的な潮流があって、体温・体液の研究 は、まさにそのメインストリームにある領域といえます。
 システムバイオロジーというのは、生物全体をシステムとしてとらえていこうとい う学問です。従来生理学の基本は生体全体をみるシステムバイオロジーそのものでし たが、最近は細胞からさらに膜上の機能など細分化する傾向にあります。ただ多くの 器官が関与する体温や体液調節のメカニズムというのは、そもそもシステムバイオロ ジーの観点がなければ解明できません。
 私の研究室での最近の成果として、体温と時間のリズムについての研究があります。身体が持っている様々な時間のリズムは、「時計遺伝子」の発現の 周期性によって起きていることが分かってきています。例えば、ふつうに考えると、「昼間は動くから体温が上がる」とか「夜はあまり動かないから低い」とい う考え方もできますが、そういう行動との因果関係よりも前に、あらかじめ体温のリズムが遺伝子にあらかじめ書き込まれているということが、分かってきてい ます。
 そこで私は、時計遺伝子と体温調節系の関係を調べる研究に取り組んできました。時計遺伝子が破壊されてしまったような動物で実験データを取ると、 やはり体温調節系がうまく機能しないことが分かりました。体温調節系は環境条件に左右されるのではなく、もともと生得的なもので、「遺伝子によってあらか じめ創られている」ものだということを立証する、1つの重要な研究成果を提示できたと思います。
 やはり基礎研究の醍醐味は、独自の仮説を立てることと、実験でその仮説を確かめるところにあります。頭の中で仮説をつくりあげる推理ゲームのよう な作業が楽しいし、その仮説を検証するための実験もまた楽しい。私の研究は、もっぱらこのオーソドックスな仮説→検証という作業の積み重ねです。
 
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人間科学の観点から、もっと人間に密着した応用科学の研究も手がけていきたい

 本学の人間科学部に移ってきて3年目になります。従来の生理学的な基礎研究の一方で、人間科学という観点から、もっと応用科学的なテーマも手がけていきたいと思っています。
 人間の温度感覚というのも、よく分かっていません。温度を感じる神経は分かっていますが、例えば、「こんな時には、この程度の冷えた感じが心地い い」といった温度に対する快適感、専門用語で「温熱的快・不快感」、と言いますが、なぜそういう感覚が生じるのか、はっきり定義できていません。
 人が真っ裸で暑くも寒くもない温度域のことを、「温度中性域」と言います。この温度中性域が、白人では相対的に低めといわれています。つまり黄色 人種よりも薄着でいられるということです。こうした違いは、代謝の調節機構や脂肪とも関わるでしょうし、遺伝子レベルとも関係しているでしょう。また、何 かしら日々の生活の中での経験や記憶とも関係しているかもしれません。
 恒温動物の体温調節系は、自律性体温調節については動物も人間も一緒ですが、行動性体温調節になると違ってきます。例えば、暑いと服を脱ぐ前に窓 を開けたりエアコンを付けたりする。これは人間に特異な行動です。人間は、より快適な環境を求めてきた結果、他の動物にはない高次の行動を取るようになっ ています。こうした人間固有の感覚も含めて、体温の複雑な調節系を追究していきたいと考えています。心理学的手法なども取り入れて、幅広くアプローチして いく必要があるでしょう。
 生理学の研究は、工学のように、すぐにでも世の中の役に立つような技術や製品につながることはなかなかありません。サプリメントや健康食品などの 開発を手がける企業と、共同研究を行ったり、委託研究を受けたりということもありますが、やはり企業ではできない基礎的な研究で貢献していくのが、基礎医 学の研究者としての役割だと考えています。
 企業と連携する場合には、お互いの興味関心を摺り合わせながら、研究テーマを設定しています。例えば、女性に多い冷え性の問題や、子どもたちの低 体温化の問題など、私たちにとっては基礎研究の興味が、企業としては何か製品化につなげるための興味が、それぞれ重複するテーマを設定して、研究を行って います。こうした研究は2、3年スパンで続けていると、何に役立たせることができるかが見えてきます。私たちとしても、世の中が研究に対して求めているも のが見えてきて、次の研究のヒントにもなります。
 代謝との関係では、今話題の「褐色脂肪」にも興味があります。脂肪には白色脂肪と褐色脂肪があって、褐色脂肪は燃やすと直接、熱に変わります。褐 色脂肪が多いということは、熱を積極的に産出するメカニズムに優れているということです。人間でも新生児にはあると言われていましたが、最近では、おとな にもあることが分かってきました。特に寒冷地に住む白人に多く含まれているといわれており、確かに、北欧の人たちを剖検してみると、かなり多く含まれてい るというデータが得られています。
 こうした研究は、今のところは積極的な医療研究の対象ではありませんが、ゆくゆく研究が進めば、体温や代謝を薬や治療でコントロールして、何らかの治療や予防につなげる、そういう研究に発展していくのかもしれません。
 研究室では、ゼミの学生も、体温、体液の研究を一緒になってやっています。私たちの研究室のモットーは、「やるだけやったら、外へ出よう」です。 研究室にこもって考えているだけではダメで、外に出て新鮮な刺激を受けないと、面白いアイデアは出てきません。これは研究に限らず、他の多くの仕事にも言 えることだと思います。頭はいつも柔らかくしておこう、ということです。   (インタビュー・構成/田柳恵美子) ■プロフィール

永島 計(ながしま・けい)

早稲田大学人間科学学術院助教授 1985年京都府立医科大学医学部医学科卒、1995年京都府立医科大学大学院医学研究科(生理系)修了。京都府立医科大学付属病院研修医、修練医、エー ル大学医学部ピアス研究所ポスドク研究員(1995-98)、王立ノースシェア病院オーバーシーフェロー(1998-99)、大阪大学医学部講師を経て 2004年4月から現職。共著書に『スタンダード生理学』『新運動生理学』『運動と遺伝』