研究紹介1
 

「脊椎動物の生体調節、本能制御、学習・記憶などの脳制御システムの理解に向けた総合脳科学」を実施している。脳を分子、細胞、神経回路の各レベルで解析し、まず重要な脳内分子を同定。続いて、生体調節、本能制御や学習・記憶に脳分子がどのような脳細胞とかかわり、どのようなネットワークを形成しているか、などを解明し、その理論体系を作り上げることを目標にしている。具体的には、記憶・学習と本能制御に着目した新規脳分子、ニューロステロイドの合成と作用に関する研究と、生体調節に着目した新規ニューロペプチドの同定と作用に関する研究 (→ニューロペプチドのページへ)を展開している。以下に、それらの概略を述べる。


(1) 脳におけるニューロステロイドの合成と作用に関する研究

脳がステロイドを合成する:ニューロステロイドの発見
    高次情報中枢である脳は末梢内分泌腺が合成するステロイドの標的器官として捉えられてきたが、哺乳類を用いたBaulieuと我々の鳥類・両生類・魚類を用いた研究により、脊椎動物の脳がコレステロールをもとにステロイドを合成することが見いだされた。脳のステロイド合成はこれまでの常識を覆す発見であり、この新しい概念の脳分子は末梢内分泌腺が合成する「古典的ステロイド」と区別して「ニューロステロイド(neurosteroids)」と名付けられた。その後、我々は分子生物学的・生化学的研究により、脊椎動物の脳はコレステロールをもとにプレグネノロンとその硫酸エステル、プロゲステロンとその代謝ステロイド、エストラジオールなどのニューロステロイドを合成することを明らかにし、脳におけるニューロステロイド生合成の大略を解明した。

(参考文献)  Tsutsui and Ukena (1999)  Review, J. Mol. Med. 4:49-56.;  Tsutsui et al. (2000)  Review, Neurosci. Res. 36:261-273.;   Tsutsui et al.  (2003)  Review, Cerebellum, 2:215-222. 他多数

(参考文献) Tsutsui and Yamazaki (1995) Brain Res 678: 1-9.;  Usui et al. (1995) Brain Res 678: 10-20.;  Ukena et al. (1999)  Brain Res 818:536-542.;  Ukena et al. (2001) Brain Res 898:190-194.;  Matsunaga et al. (2001)  Brain Res 899:112-122.;  Matsunaga et al. (2002) Brain Res 948:180-185. 他多数



ニューロンによるニューロステロイド合成の発見
 ニューロステロイドの作用を明らかにするには、ニューロステロイド合成細胞を同定する必要があった。我々は免疫組織化学法とin situ hybridization法により、運動学習を担う記憶ニューロンとして知られる小脳のプルキンエ細胞が活発にニューロステロイドを合成することを発見し、ニューロンによるニューロステロイド合成を初めて明らかにした。プルキンエ細胞が脳の代表的なニューロステロイド合成細胞であることは脊椎動物に一般化される重要な発見である。このニューロンでは、新生期にプロゲステロンとエストラジオールの合成が高まり、その後プレグネノロンとその硫酸エステルが恒常的に合成される。


 


ニューロステロイドによるシナプス可塑性調節の発見と運動学習
 種々のニューロステロイドを時期特異的に合成するプルキンエ細胞は、ニューロステロイドの作用を解析する優れた細胞モデルとなった。超微形態学的手法と電気生理学的手法による解析から、ニューロステロイドには、ニューロンの発達とシナプス形成を誘導するゲノミック作用とシナプス情報伝達を急性的に調節するノンゲノミック作用があることを明らかにした。
 小脳皮質が形成される新生期に合成されるプロゲステロンの作用を、ニューロンの発達とシナプス形成に着目し、ラットを用い超微形態学的に解析した。その結果、(1)プロゲステロンはプルキンエ細胞の樹状突起の伸張と棘シナプスの増加を導く、(2)その作用はプルキンエ細胞の核内に存在するプロゲステロン受容体を介したゲノミック作用であることなどを明らかにした。エストラジオールにも同様のゲノミック作用が見いだされた。このプロゲステロンとエストラジオールの作用により、小脳の運動学習を担う神経回路が構築されることがわかった。
  さらに、プレグネノロンとその硫酸エステルの作用を、ラットの小脳スライスを用い、プルキンエ細胞からパッチクランプ法により調べた。その結果、プレグネノロン硫酸エステルはニューロンの細胞膜に存在する受容体を介したノンゲノミック作用により、小脳神経回路のシナプスにおける情報伝達を変化させることがわかった。その機構は、(1)プレグネノロンはステロイド硫酸基転移酵素によりプレグネノロン硫酸エステルとなり、プルキンエ細胞から傍分泌されてプルキンエ細胞に投射するGABAニューロンに作用する。(2)GABAニューロンの活動が高まり、シナプスにおけるGABAの放出頻度が増加してプルキンエ細胞の活動が調節される。これは膜受容体を介したステロイド作用の新しい機構である。
 以上の一連の研究により、運動学習を担う記憶ニューロンであるプルキンエ細胞におけるニューロステロイドの合成と作用が明らかになった。運動学習は小脳神経回路のシナプスでの情報の流れが変化することが大きな要素であり、ニューロステロイドが運動学習に関わる脳分子であることが示された。

(参考文献) Usui et al. (1995) Brain Res 678: 10-20.;  Ukena et al. (1998) Endocrinology 139:137-147.;   Ukena et al.  (1999) Endocrinology 140:805-813.;   Takase et al. (1999) Endocrinology 140:1936-1944.;   Sakamoto et al.  (2001) J. Comp. Neurol. 439:291-305. 他多数

(参考文献) Sakamoto et al.  (2001) J. Neurosci. 21:6221-6232.;   Sakamoto et al.  (2002) Neurosci. Lett. 322:111-115.; Sakamoto et al.  (2003) Neurosci. Lett. 343:163-166.; Sakamoto et al. (2003) Endocrinology 144:4466-4477 他多数


ニューロステロイドの生理的変動と本能行動制御
  一方、ニューロステロイドは本能行動の中枢である視索前野・視床下部でも合成されること、この脳領域ではプレグネノロンとその硫酸エステル、プロゲステロンが季節変動することなどを明らかにした。これはニューロステロイドの生理的変動の発見であり、野生鳥類・両生類を用いた解析の結果、(1)視索前野・視床下部に局在するニューロステロイド合成酵素の活性が変動する、(2)光周期がその変動を調節しており、非繁殖期から繁殖期にかけて増加することなどを明らかにした。さらに、行動解析から、(1)繁殖期に合成が高まるプロゲステロンは視索前野ニューロンの活動を高め、鳥類の親行動の発現を促進すること、(2)両生類では、プレグネノロン硫酸エステルは視索前野ニューロンの活動を制御し、冬眠からの覚醒、交尾行動の発現を促進することなどが見いだされた。

(参考文献)  Takase et al. (1999) Endocrinology 140:1936-1944.;  Tsutsui and Ukena (1999)  Review, J. Mol. Med. 4:49-56.;  Tsutsui et al. (2000)  Review, Neurosci. Res. 36:261-273.;   Tsutsui et al.  (2003)  Review, Cerebellum, 2:215-222.;  Inai et al. (2003) Brain Res. 959: 214-225 他多数

 

  また、最近我々は野生両生類の脳が7a-ヒドロキシプレグネノロンというニューロステロイドを活発に合成することを明らかにした。このステロイドは脊椎動物の脳に共通して存在するが、その生理的機能についてはこれまでに何も報告がなかった。我々は、このニューロステロイドが野生動物の脳で重要な働きがあるのではないかと考え、7a-ヒドロキシプレグネノロンの生理的機能をイモリで解析した。その結果、7a-ヒドロキシプレグネノロンは活動期(繁殖期)に合成が高まり、動物の活動量を高めることが見出された。また、この新規活性ステロイドは、ドーパミンニューロンに作用してドーパミンの放出を促すことで活動量を高めることも見出された。さらに、このニューロステロイド合成には性差があり、雄の脳で多く合成されることも示唆された。繁殖期には雄のイモリの活動性が著しく増加するが、これは7a-ヒドロキシプレグネノロンの作用によるものと考えられる(Matsunaga et al. (2004) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101:17282-17287)。

 

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