障害学会第10回大会(2013年度)報告要旨

長谷川 唯 (ハセガワ ユイ)   quarterback.yui@gmail.com

■報告題目

障害学の主体に健常者はなりえるのか

■報告キーワード

障害 健常 差別

■報告要旨

 この社会は生きにくいと多くの人が思っているだろうと思う。それは、健常者と呼ばれる人であろうと、障害を持つ人であろうと同じだ。だけど、障害を持たない私たちよりもより生きにくいと障害者は思っているだろうし、おそらくそのことに間違いない。障害者を差別することはよくないということが理念として共通できていても、現実にはそのことが内面化されていないことも事実である。私たちが生きる社会は、障害を持つ人たちが障害を持たない人たちと同様に生活できる社会にはなっていない。
 障害の種類や程度にかかわらず、障害や病気があることで生きにくい社会があるのはよくないことである。障害学は、障害を抱えた人たちが社会で生きていくためにはその社会がどうあるべきかという視点で、健常者を中心として考えられてきた社会のあり方そのものを問い、障害のある/なしにかかわらず、誰もが生きられる、生きることに迷わないような社会の在り方を探求することがひとつの目的だといえる。そういう意味では、健常者も障害学の主体となりうると言える。それでも、障害学の根幹を成す障害者視点という規定は、「健常者が障害学をしてもよいのか」という健常者が障害学に取り組むことの意義を問いかける。
 倉本は、障害学の主体にたりうる条件として、「障害者に限らず、健常者も障害学の主体になりうること」、「自分を棚上げしないこと、広い意味で当該問題の当事者であらんとすること」をあげている(倉本 2002: 162-3)。ここでは、少なくとも、障害学に取り組む者は自分の立場に自覚的であらねばならないことが示されている。しかしいくら自分の立場に自覚的であったとしても、障害者と健常者では問題の受け止め方に距離がある。倉本は、問題の受け止めに関して、「障害学というのは、障害/健常にかかわる問題を、単なる知的好奇心の対象としてではなく、自分自身の問題として受けとめ悩むこと、時に楽しむことのできる人すべてのものです」と述べている(倉本 2002: 162-3)。
 ここで、障害学について書かれた文章からいわゆる健常者が持つ差別意識を浮き彫りにしてみたい。

「そもそも障害学とはなんだ」という問いに明快な答えを出すことはできない。ただ「障害/病を持ったひとが生きる条件」とはなにか。これは立岩真也が自著で言っているが「そんなものない」が答えであるとわたしも信じている。(中略)声をあげることが可能である障害当事者たちはそうするために自分たちの声を最大限張り上げて訴えている。「わたしたちは、こういう理由で生きづらいのです。だから生きやすくするために、手を貸してくれませんか」と。要は本当に単純なことなのだ。(吉田 2013: 7)

 この文章は皮肉にも障害学の国際会議の報告論文集の「まえがき」に書かれている。そもそも「障害/病を持ったひとが生きる条件」なんてない。むしろ障害者は、あたかも家族の存在の有無が本人の生存の条件のようにされてしまっている家族介護を前提とした社会からの解放を目指し、障害や病気があるという理由で社会や家族に奪われてきた「自分の生活は自分で決める」というあたりまえのことを取り返してきた。さらに言えば、障害があることで生じる生きにくさを、健常者の「手助け」や「情け」としてではなく、あたりまえのこととして認め障害を理由として差別を受けない社会はどうあるべきか、健常者を規定とした社会を問い続けてきた。そして障害学ではそうした社会のあり方を障害者視点から考えてきたはずだ。
 こうした指摘は、たびたび、障害者運動の持つポリティカルなスタンスを内包する障害学において論議の的とされてきた。先述したように、障害者と健常者では問題の受け止め方に距離があることも否めない。ここで重要なのは、この文章、言葉の中に差別意識がひそんでいることに、気がついていないということだ。かつて横塚がそうした健常者の何気ない言葉の中に残忍なまでの差別意識がひそんでいることを指摘し、それに気がつかない健常者を批判した(横塚 2007)。
 障害者を視角とする障害学の主体に健常者がなりえるのか。少なくとも、障害学が障害者視点に立った障害の研究として位置付けられている限り、健常者がそれに取り組むことについては、常にその立場が問われ続ける。そうしたことから言えば、障害を持たない健常である私たちが持っている規範そのもの、その拠り所となる社会のあり方を問い返すことが求められている。


倉本智明,2002,『障害学、現在とこれから』大阪人権博物館編.
杉野昭博,2007,『障害学――理論形成と射程』東京大学出版会.
横塚晃一,2007,『母よ!殺すな!』生活書院.
吉田幸恵,2013,「まえがき」川端美季・吉田幸恵・李旭編『生存学研究センター報告』20,生活書院.