障害学会第10回大会(2013年度)報告要旨

吉村  さやか (よしむら さやか) 聖心女子大学大学院文学研究科社会文化学専攻博士後期課程3年

■報告題目

「髪」の喪失という「障害」 ―脱毛症当事者女性の問題経験の語りから―

■報告キーワード

女性の「髪」の喪失 ウィッグ ジェンダー

■報告要旨

1.目的
本研究の目的は、これまでタブー視されてきた女性の「髪」の喪失という問題に注目し、「髪」を喪失した女性の「問題経験の語り」[草柳:2004]を可視化することを通して、当該女性の置かれた抑圧の構造をジェンダーの視点から明らかにすることにある。その作業を通して、ディスアビリティ/インペアメントの二分法的図式に陥ることなく、両者の相互作用についても考察の対象としうる新たなアプローチの可能性を提示したい。
本研究で注目する「髪」の喪失という問題は、これまで脱毛症という病理の一つとして主に医学・心理学領域における問題とされてきた。脱毛症は軽度の疾患として認知されているが、重症の場合には全身の毛が抜け落ち、完治する治療法は確立されていない。また、近年では対処法としてのウィッグの着用が定着化していることから、その問題性に取り立てて光があてられることはなかった。しかし、脱毛症当事者女性へのインタビューを報告している石井[2001]によれば、「女性のハゲを語ることはまだタブー」[石井2001:108]であり、「髪」を喪失した女性たちは「カツラを身にまとい、息を殺して生きている」[ibid.,120]という現状が指摘されている。なぜ、女性の「髪」の喪失という問題はこれまで語られることがなかったのか。この問いを明らかにするためには、女性の「髪」の喪失という問題をインペアメントとしてのみならず、ディスアビリティの視点から捉え、考察する必要があると考える。
しかしながら、既に指摘されているように、「社会モデル」におけるディスアビリティは、基本的に現実の社会制度や固定化した社会意識との関連において、マクロな構造の中で生成される現象として捉えられ、個人的経験としてのインペアメントとの連続性は認識的に切断されている[星加2007:70]。そのことが、ディスアビリティ/インペアメントという二分法的図式な図式を生み出し、インペアメントが「本質化」される危険性を孕んでいるという指摘もある[杉野:2002]。これらをふまえて、本研究では、ディスアビリティとインペアメントの相互作用についても考察の課題とする。

2.方法
分析の対象とするのは、2012年9月から2013年6月までの間に行った脱毛症当事者女性6名へのインタビューである。対象者はいずれも「円形脱毛症を考える会(ひどりがもの会)」の会員で、現在もウィッグを着用して生活している。同会会報誌に研究の目的を明示した上でインタビュー協力者を募り、返信のあった会員を対象とした。聞き取りに要した時間は1時間から3時間で、本人の許可を得てICレコーダーに録音し、のちほど文字に起こした。対象者の年齢は20代から30代であった。

3.結果
第一に、「髪」のもつ女性性の社会文化的表象としての役割がインペアメントに対する当該女性の意味付与に強く影響し、ディスアビリティ現象に反映することによって問題経験が生み出されていること、第二に、ディスアビリティが社会、ならび親密圏の人々によって推奨されることは、ジェンダー化された女性性規範それ自体の在り様を問い直すことなく受容することを当該女性に働きかけているという抑圧の構造を指摘した。

4.結論
女性の「髪」の喪失という「障害」は、女性性の社会文化的表象としての「髪」の喪失(インペアメント)とその対処としてのウィッグの着用による喪失の不可視化(ディスアビリティ)の相互作用において生み出されていた。



<参考文献>
Goffman, Erving, 1963, Stigma: Notes on the Management of Spoiled Identity, Prentice-Hall.石黒毅(訳)『スティグマの社会学――烙印を押されたアイデンティティ』せりか書房1970.
星加良司, 2007,『障害とは何か――ディスアビリティの社会理論に向けて』生活書院
石井政之, 2001,『迷いの体―ボディイメージの揺らぎと生きる』三輪書店
石川准・長瀬修編, 1999,『障害学への招待 社会、文化、ディスアビリティ』赤石書店
草柳千早, 2004,『「曖昧な生きづらさ」と社会―クレイム申し立ての社会学』世界思想社
荻野美穂, 2002,『ジェンダー化される身体』勁草書房
杉野昭博, 2002,「インペアメントを語る契機――イギリス障害学理論の展開」石川准・倉本智明編, 2002,『障害学の主張』赤石書店, 251−81.
須長史生, 2004,『ハゲを生きる-外見と男らしさの社会学』勁草書房
田垣正晋編, 2006,『障害・病いと「ふつう」のはざまで 経度障害者 どっちつかずのジレンマを語る』赤石書店
好井裕明, 2006,『「あたりまえ」を疑う社会学――質的調査のセンス』光文社