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2004年度

文学とジェンダー前期第六回


徴兵制についてもっともっと考えてみよう
 ― 女性兵士の作られ方を中心に ―



 

6月7日のゲスト・川口晴美さんからの宿題

3篇の詩があります。
どれも後半の数行が削除されています。
あなたなら、どんなふうに続きを書きますか?
正解をさぐるのではなく、自由に、自分なりに想像してみて下さい。
3篇のうち、どれか1篇選んで、詩の続きを書く。何行でもかまいません。
これを宿題とします。
もし、難しくてどうしてもできない場合は、3篇について簡単に感想を書いて下さい。




今週のおすすめ

2004年度「よむよむ座」5月26日スタート

 
 
(1) 学徒出陣兵たちの声 ― 『きけわだつみのこえ』をめぐって ―
(2) 徴兵制についてもっと考えてみよう ― 女性兵士の作られ方を中心に ―



(1)

学徒出陣兵たちの声 ― 『きけわだつみのこえ』をめぐって ―


『新版 きけわだつみのこえ 日本戦没学生の手記』 岩波書店


『きけわだつみのこえ 日本戦没学生の手記』とは…
1947年に東大出身の戦没者の遺稿を集めて刊行された東大学生自治会戦歿学生手記編集委員会編『はるかなる山河に』(東大協同組合出版部)が大きな反響を呼んだことから、戦没学生の手記を全国に募ることになり、集まったものを日本戦歿学生手記編集委員会が編集して1949年に『きけわだつみのこえ 日本戦歿学生の手記 』として刊行した。のちに、光文社や岩波書店からも版を重ね、現在は、1995年に刊行された『新版 きけわだつみのこえ』およびその際の改定基
準に準拠した『第二集 きけわだつみのこえ』(いずれも岩波文庫)として読むことができる。通算で300万部以上が読まれた、昭和史の遺産である。
なお、タイトルの由来は、自身も学徒兵だった歌人・藤谷多喜雄の寄せてきた短歌 

なげけるか いかれるか はたもだせるか 
きけはてしなきわだつみのこえ


を踏まえている。「わだつみ」とは、
「わた」=「海」、
「つ」=「の」、
「み」=「霊」

―― 「海の聖霊」。

具体的な内容については、前回配布したプリントを参照のこと。

関連図書として…

保阪正康『「きけわだつみのこえ」の戦後史』(1999、文藝春秋/2002、文春文庫)。1995年に刊行された岩波文庫版『きけわだつみのこえ』が「決定版」と銘打たれていたのもかかわらず、戦没学生たちの遺書や日記の引用にずさんな点があることを踏まえて、同書のなりたちから同書の編集主体である「日本戦没学生手記編集委員会(わだつみ会)」の歴史的展開、本文の具体的な異同および削除箇所の指摘を行ったもの。

『骨のうたう』竹内浩三の朗読CD 

「詞人から詩人へ」宮沢和史著河出書房新社 朗読CD付き

 

(2) 徴兵制についてもっと考えてみよう ― 女性兵士の作られ方を中心に ―

徴兵制とは
国民に兵役を義務づけて兵力を調達する制度。近代の徴兵制は18世紀末のフランスにはじまり、19世紀になるとドイツ(プロイセン)、イタリアなどが採用した。イギリスやアメリカは伝統的に志願兵制だったが、第一次世界大戦で徴兵制を採用することになった。 日本では富国強兵をはかるため、四民平等の諸政策により、封建的な身分制をなくし、国民皆兵の徴兵制(1873、明治5)を施行した。ちなみに、同年、学制が領布されていることにも注目したい。 


日本の徴兵制
成立時の明治政府は十分な直属軍事力をもたなかったため、常備軍の拡充がいそがれた。そこで、旧来の武士団を基盤にした職業兵制度をおす意見をおさえ、フランスにならった徴兵制が採用された。ただし73年の布告では、家の存続をはかるため広範囲の兵役免除規定があり、金銭による代人制もみとめられた。 全国で徴兵反対一揆がおき、廃家を再興するという名目で戸主となる兵役のがれも おきたため、1879年と83年に一部を改正し、89年(明治22)に大改正された。
大改正では、それまでの免役規定と代人制をやめて国民皆兵が実現し、満17〜40歳の男子に兵役が義務づけられた。同年に発布された大日本帝国憲法では、兵役は臣民の義務と されている。その後も戦争のたびに改定され、1927年(昭和2)には徴兵令から兵役法にあらためられ。45年、第二次世界大戦の敗戦によって廃止された。


徴兵制と近代日本1868‐1945 (加藤 陽子(著) 吉川弘文館)より


国家が国民に対して兵役義務を強制できる場合、
どのような緊張が社会にもたらされるのかを考える
↓           
近代日本の場合、明治・大正・昭和にわたって繰り返され
た徴兵令あるいは兵役法の改正の軌跡を辿る  

=国民の側から対抗的に試みられる徴兵忌避の歴史を辿る 


志願制ではなく徴兵制であることの意味を考える 

はじめての総力戦であった第一次世界大戦、 二度目の総
力戦であった第二次世界大戦において どのような軍隊の編
成観や用兵思想が導入されたか 

内務省や文部省の管轄下にあった青年団・青年訓
練所・学校教練などとの 関連性を視野に入れる 



菊池邦作『徴兵忌避の研究』(立風書房、一九七七年)より……

徴兵忌避の歴史的展開

 
第一期=

第二期=


第三期=
    

血税騒動の時期(明治6〜7年)大衆が直接政府の関連機関に抗議行動を展開する

合法的な徴兵逃れ運動(明治8〜17年)徴兵代人料を納入して徴兵免除される、養子縁組、戸籍売買など

非合法的な徴兵逃れ運動(明治18〜昭和20年) 逃亡・失踪・身体毀損・仮病や人為的な衰弱化
例外的な合法的忌避の手段は、学生の徴兵延期・海外渡航・六週間現役兵と 一年志願兵制度・刑法上の犯罪を犯すこと


佐々木陽子『総力戦と女性兵士』より…… 

総力戦での女性動員

@母性の動員  A労働力の動員  B娼婦性の動員  C兵力の動員
 
→これらを、日本・ソ連・アメリカの比較検討の中で捉える 

日本・ソ連・アメリカの女性兵士創出の特徴
日本…… 戦局の進展は移動集中型。安全だったはずの銃後、遠い前線が、国内前線化 という一点に向けて集中したために、戦争末期になしくずし的に創出される
=当初は 全く発想になかった女性兵士(=国民義勇戦闘隊) が要請される。
ソ連…… 移動分散型。開戦と同時に国内が前線化。敵を国外に追い出し国の安定を図る必要あり。愛国女性の要請を認め、計画的に創出。女性兵士は戦闘員としても非戦闘員としても活躍。
アメリカ…… 固定分離型。前線は終始、国外。きわめて計画的に議会での議論を経て創出。非戦闘員として事務職をはじめとする任務を専門とする女性兵士。

平常時の国のジェンダー意識やジェンダー編成が反映される


ドキュメンタリビデオ『映像の世紀 JAPAN』より




まとめ

○大学生たちがいかなる歴史的な経緯の中で
教室から戦場へ行ったのか理解する

そこに彼らの意思を反映する契機はあり得たか?

「だれもかれもおとこならみんな征く」(竹内浩三「ぼくもいくさに征くのだけれど」)ということが自明化していることの問題


 ○戦場に行った大学生たちが死の直前まで個人として苦悩していたことを追体験する
→「ぼくも征くのだけれど 征くのだけれど」(竹内浩三・同上)に続く思いを想像する

○戦場に行かなかった女子学生たちはどう受けとめていたか

○21世紀の戦争を戦うのは誰か



 
 
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