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2004年度

文学とジェンダー後期第八回


豊かな海の物語 2 ― 病気の発生と発症のメカニズムについて ―




今週のおすすめ

石牟礼道子全集 不知火」 (藤原書店、2004/07)

【発刊記念シンポジウム】石牟礼道子の世界(終了)


「物は言いよう」斎藤美奈子 著、平凡社 ;  (2004/11/10)




はじめに……
今回の資料は、水俣病センター相思社より提供を受けている。
水俣病センター相思社とは、1974年に設立された、水俣病患者および関係者の生活全般の問題について相談、解決にあずかるとともに、水俣病に関する調査研究ならびに普及啓発を行うことを目的とする法人である。
http://soshisha.org/
また、水俣病関連の資料を10万点以上収蔵する、世界最大のアーカイブでもある。




(1) 前回のレビューシートから
(2) 水俣病の発生と発症のメカニズムについて
(3) 石牟礼道子と『苦海浄土』について



(1) 前回のレビューシートから



(2)

病気の発生と発症のメカニズムについて(水俣病センター相思社パネルより)


「不知火海は波静かで小さな海」
「水銀の流出とチッソの加害行為」
「メチル水銀は工場から海へ アセトアルデヒドを作るため水銀が使われた」
「水銀は魚介類をへて人々へ 水銀が神経細胞を破壊する」
「まず、猫が狂い死にした」
「水銀が神経細胞を破壊する」
「全身に症状が」
「苦痛は生活の中で拡大する」
「書字障害」
「水俣病が発見された」



映像資料:「村野タマノの証言─水俣の17年」1972年10月21日 放映(NHK総合テレビ)

視聴のお問い合わせ:

金井研究室:

kanaike@waseda.jp
水俣病センター相思社: http://soshisha.org/
TEL:0966−63−5800/FAX 0966−63−5808
NHKアーカイブス: http://www.nhk.or.jp/nhk-archives/main.html
TEL:048-268-8000



まとめ

ゆき女と茂平のカップルにとって「水俣病」とはなんであったか

 ⇒ 

@ ゆき女が発病する前に二人はどのようなくら し方をしていたか
A ゆき女が発病してから二人の性役割に起こった変化を考える
B ゆき女と茂平が「水俣病」によって失ったものは何であったか



(3)石牟礼道子と『苦海浄土』について


石牟礼道子…
1927年熊本県天草生まれ。出生直後に水俣へ移住。戦中は小学校の代用教員をしていたが、戦後は復帰せず。
1958年に「サークル村」に参加。南九州の最下層に生きる人々を主題とする作品を次々に発表する。
1969年に『苦海浄土』を刊行し、第一回大宅壮一賞の内示を受けるが辞退。水俣病患者の多岐に渡る裁判闘争にも深く関わる。著書に『椿の海の記』『西南役伝説』『十六夜橋』『アニマの鳥』など多数。

現在、『石牟礼道子全集 不知火』(全17巻・別巻1)刊行中。

「苦海浄土―わが水俣病」 石牟礼道子作。
1960年1月、一部を雑誌『サークル村』に発表。
1965年より、雑誌『熊本風土記』に「海と空のあいだに」というタイトルのもと稿を改めて、1966年12月まで8回にわたって連載したものを、1969年1月に『苦界浄土ーわが水俣病』と題して講談社より刊行。全体の第一部にあたる。
第二部は、1970年から1989年にかけて雑誌『辺境』に連載された。
第三部は、1973年に雑誌『展望』に連載された後に、『天の魚』と題して筑摩書房より刊行。
これら第一部・第二部・第三部を加筆し、2004年に『石牟礼道子全集』第二巻・第三巻に『苦界浄土』と題してまとめた。 

次回朗読を聴くために…配布資料参照
(1) 巨(ふと)か泉水――不知火海のこと
(2) 会社のにおい――有機水銀が流された
(3) 消えた猫――魚が好きな伴侶たち
(4) 人間を料理するまな板――学用患者と病理学
(5) じいちゃんもタコも「もぞかとばい」――水俣のことば



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