(二)「届く」声であるということ
――「読む技」と「聴く力」とのバランスをめぐって――

 高橋俊三は、『聴く力を鍛える授業』(一九九八、明治図書出版)において、「語る技」と並んで「聴く力」の重要性を説き、「聞く」から「聴く」、そして「訊く」へ――「聴く力」が批判的思考をも育てることに言及している。

 「訊く」ということば警察による訊問を連想させる、いささか威嚇的な響きを持つ。訊く訊かれる関係は、望むらくはその場あるいは座において、聞き手と語り手(相互置換的に存在することも前提であるが)との言語運用能力に均衡がとれていることであろう。もしそれが前提されていれば「訊く」ことに応えて「訊き返す」やりとりは、丁丁発止として充実感のある時間になるだろうが、私はそのバランスが何より重要であると考える。印象的だったのは、高橋俊三の主催する群読の演習(茨城県教育研修センター国語科音声言語研修講座)に参加した教員自身が「声を出すことにためらいがちな生徒でも,一緒に読むことで抵抗が少なくなると思います。私自身はじめて読むことがこんなにおもしろいことなのだと実感できました」と同センターのホームページに感想を寄せている。「一緒に読む」ということは、読み手が全員で聞き手になるということであり、その「読み」に対して責任を分け持つことでもある。個の「読み」を立ち上げる前提として、まずたった一人の者としてさらされる感覚から生じるこわばりを解くこと。「聞く」から「聴く」、そして「訊く」前提として、「きく」=「うけとめる」ことであり、「語る」とは「語る技を披露する」以前に、こわばりを解いて、相手の「受けとめる」体勢を信じて飛び込むのだという了解を作る必要がある。

 語る/聴くことは、まず、その身体づくりからであるとの理念から、独自のワークショップを展開してきた竹内敏晴は、レッスンを始めた三十年前と今日を比較して、かつては「こわばり」が一割に満たなかったのに対し、近年「こわばり」が急増したと述べ、その状態を「外から来たものを取り込まないよう、自分の中にあるものを外に出さないよう、常に身構えている。こわばりはその象徴。体は追い込まれ、表現力をうしなっています」と解説している(「ニッポンのことば 第3部情報化の中で」、二〇〇一・九・三十、『朝日新聞』)。このことは、教室に接点を持つ者ならば多くが実感していることなのではないかと思う。改めて言及するまでもなく、竹内敏晴は『ことばがひらかれるとき』(一九七五、思想の科学社)をはじめ、『からだが語ることば』(一九八二、評論社、のち増補して『教師のためのからだとことば考』、一九九九、ちくま学芸文庫)、『時満ちくれば』(一九八八、筑摩書房、のち『ことばとからだの戦後史』、ちくま文庫)など、語る/聴くことをかけがえのない人間存在、その器としての身体の交歓として捕らえ直し、そのためのプログラムを提案してきた第一人者である。

 技術としての「語る技」のあれこれは歴史的に蓄積可能なものであり、100%に近いテレビの普及率を思えば、アクセント、イントネーション、ポーズ、リズム、テンポ等の特徴を捉える機会は遍在しているといってよいだろう。しかし、ここで送受信装置としての身体(こころの器としての)そのものの硬直が問題になっている。

 臨床哲学の視座から、竹内と同様に、現代人の身体のありように注目し続けている鷲田清一は、ひたすら「わたし」であろうとする身体がいちばん危ないと警告している(『悲鳴をあげる身体』、一九九八、PHP研究所)。個としての「読み」――つまりは、「わたし」がどう読んだのかを問う朗読を実践しようとするとき、そこにある(ヽヽ)、読み手の身体をどう考えるかは、大きな課題である。教室で出会うさまざまな「声」は、その声の数だけ個々の温度差のある身体をもっている。

 鷲田は『聴くことの力』(一九九九、TBSブリタニカ)において、学校の中の制度化された「訊く」(ここでは、自分が知っていることを他人に対して知っているかどうか問いただすという意味で捉えられている)ということそれ自体を見直すことを示唆している。発達心理学の浜田寿美男から語られた、学校がほんとうの子どもたちに「生きるかたちに教える場」となるためには、まずこの「制度化」された学校言語の使用を教師がみずから禁じるべきだということばが紹介されているが、これは学校が知の確認作業を放棄するということではなくて、その「訊き方」を再考・模索し続けるということにほかならない。また、阪神大震災後にボランティアとして神戸で働いていた女性の逸話を踏まえ、ターミナル・ケアにおける医療従事者の対応とも照らし合わせながら、「聴く」という行為はなにもしないで耳を傾けるという単純に受動的な行為ではなく、語る側からすれば、「ことばを受けとめてもらったというたしかな出来事」=「他者の自己理解をひらく」ことなのだと述べている。

 いま、教室で朗読を試みようとするとき、出発点を「語る技」ではなく、「聴く力」――なおいえば、読み手が受容されていると感じるような、読み手のこわばりを解くものとして再確認したい。余談になるが、私は大学院の講義で、十名ほどの受講生たちに今江祥智の「どろんこ祭り」と名木田恵子の「赤い身はじけた」を朗読してもらった経験がある。受講生たちの半数が現職の教員、そしてあと半数も教員になることを将来見据えたひとたちであったが、ごく若干名を除いて、作品の声を聞き届け、場に声を届かせようとする朗読にはなりえなかった。個々には魅力的な声が、しかし自身の内側に向けてくぐもるように発せられていた。その朗読の直後に、ジェンダー・フリー教材として両作品をそれぞれに評価しなければならないという状況が設定されていたことが「読み」を確認作業へと強いたのは不幸だったが、なによりもその作品の持ち味を最大限に引き出し互いに耳を傾けることを共有する場を、促し役としての私が示唆しえなかったこと――そのためにプログラムを用意せず、朗読を消費的な行為に終わらせたことに最大の原因がある。本稿を執筆するようにことさら朗読教育の重要性に注目する者と、現場ですでに日々実践している(これからしようと射程に収めている)者が囲む教室にあっても、意識を喚起し、場作りをしていないと、「聴く力」は雲散霧消してしまう。

 ならば、「聴く力」を意識し、育て合うプログラムとはどのようなものがありうるか。その一つとして、私は、R・マリー・シェ―ファーのサウンド・エデュケーションの注目している。シェ―ファーは『世界の調律――サウンド・スケープとはなにか』(原書は一九七七年にカナダで刊行、邦訳は平凡社、一九八六)で、サウンドスケープ(「音」(Sound)と「〜の眺め」という意味の接尾語(scape) との複合語で、 「目で見える風景」(Landscape)に対して「耳で聞こえる風景」「音風景」を意味する)という概念を提唱し、自然の音や人間の活動音、機械の動く音、交通音やスピーカの音などの実在する音から、記憶上の音やイメージとしての非実在音に至るまで、さまざまな音を捉えることの重要性に地平を拓いたひとである。ことに、音が人々の生活において担う文化的意味や役割に着目することによって、地域の特質や潜在的価値を浮き彫りにする試みは、まちづくりや環境計画において注目され、世界の各地を対象に環境学や建築学、民族学、音楽学、社会学、文学など領域横断的な研究が展開されている。近年、日本でも日本サウンドスケープ協会(一九九三〜)が設立され、日本文学の領域でも堀切實『芭蕉と音風景』(一九九八、ぺりかん社)といった優れた著書が刊行されている。

 シェ―ファー自身はピアニストとして出発し、音楽教育にプログラムを多く提供しているが、そのサウンド・エデュケーション・プログラムの第一歩を、「聞こえた音をすべて紙に書き出す」ことから始めている(『サウンド・エデュケーション』、一九九二、春秋社)ことに象徴されるように、「聴く」習慣を身につけるスキルを「書く」ことと関連づけ、「聴く」体験を言語に置換することに原初的な意味を見出している。また、『音さがしの本』(一九九六、春秋社)においては、音の絵を描くことに並んで、音を表すことばを作ったり、芭蕉や蕪村の句を参照しながら現実にはない音への気づきを促す試みを提示している。
書かれたものを朗読するという営為は、耳で見、目で聴くレッスンであると私は考えるのだが、声を出す身体が常に音に耳を澄ます意識を内蔵していることが、いま、何よりも求められていると思う。そのためのプログラムを――国語の時間がこれまで蓄積してきたソフトを動員し、新たな概念や学知と交響をはかりながら、作る必要があろう。

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