田んぼ道は続く、残りし土の温もりとここにある彩り/冨里 美由紀


新宿から3時間半、天栄村に着く。大きな深呼吸を一つすると、蛇が脱皮をするように、私は躊躇なく己を覆っていた膜を出た。それは防御の名のもとに感覚を鈍らせていたようだ。

歩く、畦道を歩く、真っ直ぐ続く田んぼ道を歩く。ここは桃源郷だろうか―。
山の点描画を田んぼに見た。風が駆け抜け水面がたゆたう。白鷺が降り立ち波紋を描く。早苗、アマガエルの背中、蓬、シロツメクサ、葱、鶯、そして山を彩る木々、一本の絵の具では描き切れない緑を知った。緑だけはなく、ここにあるもの全てが固有の色を持っているのだ。山から流れる用水路の水は心地よい音を立て、眩い光を放っていた。澄み切った青空にお天道様が微笑む。それは農家さんの笑顔に似て、強く優しい眼差しだった。

翌朝目覚めた時、ご飯の炊ける香りが漂い、開け放った縁側からの風が涼しい、あの和室であったらと思った。しかし見慣れた天井だった。カーテンを開け、空に手をかざすと爪の中に田んぼの土が残っていた。すぐに洗う気になれず、いとおしい気持ちでそっと手を握った。
階下に見える紫陽花の葉が蕾を抱き力強く茂っていた。

   
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