声と現象/土屋 遥一朗

   ここにはわれら不断の潔く楽しい創造がある
   都人よ 来ってわれらに交れ 世界よ 他意なきわれらを容れよ

  ──宮沢賢治「農民藝術概論綱要」


 旅は声に導かれて始まった。それは永遠の憧れにも似て、田園は呼んでいた。ワゴンに乗り合わせた誰もが、声を聞いた。交差する声。声は発され、声は響いて、声は重なった。そして人々は友になった。
 田んぼのなかではみんな、人だった。お洒落着も、肩書きも、年齢も脱ぎ捨てて、泥んこになって人に還った。純粋に人であるたのしみを、裸足で踏みしめた。それから指先にすくいとった。土と水から力を吸い上げた。力は人の体を巡り、豊作の願いに変わった。小さな苗に込めた祈りは、秋には黄金の稲穂となって、収穫の季節の大地を……
 ……だめです。ほんとは、どんな素晴らしい文章書いてやろうかって気張ってた。けど、だめです。言葉にならないんだ。泥の感触も、草のにおいも、水のぬるみも。腰のいたみも、背中を伝う汗も。ごはんの白さも、味噌汁の湯気も。みんなの声だってあんなにあったかかった。のに、なんにも書けなくなっちゃった。
 たのしい。おいしい。帰りたくねえなあ。
 それだけ残して、ぜんぶ吹っ飛んじゃった。でも、いいじゃないですか。だって、それが残ったんだ。
 だからまた行くよ。今度は、ただいまを言いに。

   
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