【手紙】 故郷へ/石井 勇気

拝啓 お父さん、お母さん、お変りありませんか?暑い夏が来ました。なるべく涼しいところにいてくださいね。水分補給忘れずにね。今度帰るときはお土産に東京で買った風鈴持っていくね。

 東京の暑さはやっぱり体に堪えます。なんか温度だけが上がってる気がするの。でも今の言い方、東京の夏にちょっと失礼だよね。温度だけが上がってるなんて、東京には夏の風情が無いと言ってるようなものだもんね。やっぱり東京には東京の、夏の感じがあるんです。難しいんだけど。
もう三回目の東京の夏です。なんかそう考えると、いろいろあったなぁって単純に思うんです。そう思うとき、なんとなくだけど、よかったなぁって思います。これはただ単なる記憶の蓄積なんでしょうか。そんなことを考えていると天栄の夏がふと頭をよぎります。空は青くて雲は朗らかで、田んぼの水はただそれをうつして、山の緑が眩しかった。ミルフィーユみたいな四季の記憶の中に、天栄の、あの夏の生地が何層も挟みこまれてるの。多分東京の夏よりしっかりと。東京の夏が、温度だけが上がってる気がするのは、多分天栄の、あの夏のせい。だって天栄の夏は暑い理由がいっぱいあったんだもん。田んぼに水がはって、蛙の大合唱が聞こえてから少し経てばセミが一匹、二匹と鳴き出す。気が付いたら暑くて、窓を開けてタオルケット一枚で寝るようになっていたよね。天栄にいたときは、春の次は夏が来るなんて、自分にとっては当然のことだったのに、東京にいる今は春の次に冬が来てもあんまり驚かないと思うんです。
今、窓を開けてみたら相変わらず、室外機の音と、まだ冷めない熱い夜風が入り込んできました。天栄の夏はやっぱり恋しいです。だけどここにいなきゃこの手紙は書けなかった。いまそう思います。夜なのにセミが鳴いているのが聞こえてきました。
暑い夏はまだまだ続きます。さっきも書いたけどなるべく涼しい所にいてね。水分補給忘れずにね。八月の後半に帰れると思います。じいちゃんばあちゃんにもよろしくね。
                        敬具

平成二十七年七月三十一日
                                  石井勇気
石井 幸一様
  日出子様

   
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