ここに移り住むということ

人物…義元 みかさん 文責…冨里 美由紀

 大広間の窓から見えるのは東京よりひと足早く色付いた紅葉。静謐な夜を背景にライトアップされた木々は、神秘的な美しさで私たちを魅了した。天栄村の方々とツアー参加者の懇親会が始まった。旬の食材を使った手作り料理に一同舌鼓を打ち、宴は大いに盛り上がる。私の両隣はブルーベリー農家の上野京子さんと今回のツアーを運営する義元みかさん。ぜひともお話したかった方の隣に座ることができた。お二人とも天栄村の人である。しかし、上野さんは一〇年前、義元さんは八年前に移り住んできた方なのだ。
 義元さんは緑のふるさと協力隊として二〇〇八年に天栄村に派遣され、活動後はそのまま定住。地域を元気にしていく様々な活動に尽力している。震災後は子どもたちに安全なお米をつなぐプロジェクトとして田んぼのパートナー制度を立ち上げた。また、イラストレーターの顔も持つ多才な女性だ。小柄でチャーミングな笑顔が素敵な彼女だが、非常にパワフルなのである。
 「他の地域から移り住む時に大変だったことはありましたか?」私は尋ねた。実は私も移住を経験したことがある。しかしそれは苦い経験として、今も心の奥に小さな痛みの塊が残っている。震災後居ても立っても居られなくなり、東北の漁師町に引っ越した。教育に携わる仕事がしたいと思っていた私は、自分は、今こそ行動を起こさなくてはと奮起した。
 「あんたここの人じゃないね」何気ない言葉に心が折れ、自分の不甲斐なさに失望し、体調を崩して二年後に地元に帰ってきた。初めて打ち明けることだったので、ぽつりぽつりと拙い口調になっていたはずだが、お二人とも静かに聞いて下さった。「私も苦労したことがあるわよ。だって、その土地に縁もゆかりもない人がやってきて隣人になるわけだから、どんな時だって、すぐに打ち解けるのは難しいでしょ」上野さんはそう語った。地域の女性たちが集う「蓑作り教室」に通い、少しずつ仲良くなっていったそうだ。「村の人たちに助けてもらって、こうしてここに馴染むことができたの」
 移住する人は上野さんのように、いくつかの候補地の中から自ら選んで越してくる場合が多い。一方、義元さんは派遣先として天栄村が選ばれ、やってきた。活動期間は一年間だが、その間に素敵な村の方々と出会って、この場所でやりたいこと(人と人を結ぶこと)が見つかり、移り住もうと決めたそうだ。そして、村にはなくてはならない存在だから、義元さんにはここにいてほしいと多くの方が望んだのだろう。
上野さんと義元さんは私の手を優しく包んで穏やかに語った。「天栄村に来たこと、それはあなたにとって確かな一歩なのよ。あなたが幸せに暮らせる場所を探していけばいいんだから」天栄村の魅力をまたひとつ見つけた。心温かな方々が移り住む村――。
 漁師町では毎年、美味しいさんまが獲れる。来年の秋はまた魚市場に行ってみようかと小さな計画を立てた。つやつやの天栄米も脂の乗ったさんまも、美味しいものは人を幸せにする。

 

 

   
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