私には大震災を語れない

文責…南 壮一郎

 我々の前回の天栄村ツアーの内容を元に、東京の者と天栄村の方々との友情を描いた戯曲だとお見受けした。この素晴らしい戯曲の演者になれることを光栄だと思った。ひっかかったのはただ一点。
  ユウキ「やっぱり思い出しちまう時もあるし。」
  ハルト「思い出す?」
  ユウキ「あの時は電気も全部止まったし。暗くなったらやることねえから星を見るか寝るしかない。」
  ハルト「そうか。大変だったよね。」ここだ。ここだけはどう読んでよいものか、未だに答えがわからない。日常を突然襲った悲惨な災厄を悲哀たっぷりに、カタルシスに浸りながら語る。以前の私ならば迷いなくそうしただろう。福島に暮らす方々に会い、色々なお話をさせてもらった今の私にそれはできなかった。
 天栄村に訪れる以外にも、金井先生の主催する「被災地の声を聴く」というイベントで、福島に暮らす方々のお話を伺う機会も何度かあった。そこでの経験も踏まえ、「福島の方々は大震災について語りたがらないようだ」とひそかに感じていた。
 二つの理由を想像した。一つはもう思い出したくないという気持ちが強いのではないかということ。もう一つは、あの悲劇に立ち会わなかった者に軽い気持ちで同情されたり、またわかったような顔をされたりしたくないのではないかということ。当然である。少なくとも私がその立場なら。自身の苦しみや悲しみの一割も体験していない赤の他人に「君の苦しみはよくわかる、大変だったねつらかったね」などと一方的な同情を示されたら。自分たちの現実を安全な場所から、まるで悲劇を眺めるような目で見つめ、盛大に涙を流して気持ちよくなるために利用しようというのなら。私はそのような者たちを決して許せそうにない。
 一方で、語らずにいられないのもまた事実。「他者に語る」という行為が、辛い記憶がもたらす苦しみを軽減してくれるからである。ただし、先に私が想像したことだけが原因ではないだろうが、自分の経験を語ることを躊躇ってしまう人も少なくないようだ。だからきっと、大震災の苦しみを語るのは、同じく大震災で苦しんだものであるべきだろう。語りたくても語れない人に代わって語ることで、その人の苦しみを軽減するために。
 語りたい。語れない。自分に語る資格があるのかもわからない。私は福島に暮らす方々の中にこのような複雑な気持ちが渦巻いているように感じている。幸いにも震災の影響を受けなかった私には、そしてこのように感じてしまった私には、もはや福島の人になりきり大震災の悲哀を語ることはできなかった。
 朗読劇を終えた今でも、私はどう演じるべきだったか迷い続けている。

 

   
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