「流れ」の一部になる 2016年度、種蒔きの記4月13日  9:56、金井景子)

待ちに待った4月10日の朝は、この春からお世話になる農家さんの隠居所で目覚めた。朝ごはんを拵えていると、雲雀の鳴き声が聞こえて、開け放した玄関から田んぼが見える。今回の田んぼの連れは、私が58歳、他は34歳、24歳、17歳の4人。皆それぞれに田んぼが大好きなので、昨日からの田回りで気分は上々、満開直前の桜そのものといったところである。

私は三度目の種蒔きであるが、他のメンバーは皆、初体験。苗床となるバットを並べる、土や種籾を機械にセットする、給水を調整する、出来上がった苗床をクルマに積んでハウスまで運び、丁寧に並べるといった、一連の流れを、集中して見た後に、農園主である岡部さんの指示に従って、「流れ」の一部になった。

今年の岡部農園の苗床は1600枚。地区の種蒔き桜が咲いたら行うこの作業は、江戸時代からずっと欠かさず行われて来た。近所からヤジリが沢山、出土しているから、稲作が行われ出したのは、弥生時代に遡るかもしれない。

岡部さんご自身も半世紀、当たり前のこととして、太陽が東から昇るのと同じく、疑う事なく重ねて来られたこの作業だが、福島では2011年の春にやろうと決断し、実行出来たのは、改めて奇跡だったよなあと思う。

岡部家はご家族総出、昨年一緒に作業した大輔くんは中学野球部のレフトとして、今日は試合だそうである。

その代わりのように、17歳のマサキと24歳のツッチーが、黙々と働いている。慣れないが、一刻も早く「流れ」の一部になろうと、全身を眼と耳にして、作業している。

岡部さんは常に全体が見えていて、それぞれの力量と体力を見定めて、進行に従って、仕事を再配置される。研修もマニュアルもないけれど、作業は着実に進む。

「出来るようになる嬉しさ」や「認められる誇り」があって、仕事は活き活きするもんだなあと、改めて心付く。

この苗床に、種蒔き初体験の3人は、自分を重ねて、今年のお米リーグを生きるだろうと思うと、こうした機会を与えてくださった岡部農園の皆さんに、どんなにお礼を言っても言いたりません!


土屋 遥一朗 4月11日 9:15

週末は、天栄にお邪魔しました。 東京の桜はもう散り際ですが、天栄の桜はこれから満開、そこに連翹や菜の花も色を添え、いよいよ芽吹きの季節の到来、といった感じです。

 一日目は吉成家の隠居屋にお世話になり、村を散策、水を張る前の田んぼを見に行きました。バスツアーで巡るだけでは分からなかった村の地理が、歩いてみることでよく分かりました。 夜は、頂いたものや村の食材でこしらえた「今日の天栄で一番豪華な食卓」(命名・金井先生)を囲みました。村の皆さんとお酒を酌み交わし、楽しい時間を過ごしました。ツアーとして行くのとは違う、とっても濃い時間でした。

 夜中に起き出して、楽しみにしていた星を見に行きました。去年買ったのにずっと天候に恵まれなかった双眼鏡が、ようやく活躍してくれました。天栄の夜はやっぱり素晴らしい満天の星空で、これは四季すべての空を見なければ、と思いました。
 
二日目は、いよいよ種蒔きです。岡部農園のメンバー勢揃い、家族総出での種蒔きでした。一枚一枚ずっしり重い苗箱を運び、種蒔き機に入れるため20キロ近くある土を持ち上げる。苗箱は数百枚、土は約100袋。およそ2時間続けての作業です。それが終われば、ビニールハウスに苗箱をすべて並べ、シートを掛けます。機械化が進んだとはいえ、まだまだ大変な仕事です。
 
種蒔きの後は、岡部さんのお家に招いていただきました。美味しいご飯をお腹いっぱいご馳走になりました。 ささやかなお礼にピアノを弾いたりもし、この日もまた、濃く楽しい時間でした。
 
良い時間は早く過ぎるもので、この週末はあっという間でした。また村に「帰れる」日を待ちわびて、今日からしばらくはまた、東京で学生と非常勤講師の生活を頑張らねばなりません。 「激動」と抱負した一年に相応しく、不安も心配も尽きません。あの稲たちに負けないよう、僕もはやく芽吹きの日を迎えたいと思います。

北帰行 いざ爛漫の 芽吹かな