天栄村のこと

 2015年3月上旬、のどかな日差しのO家前庭。
 段取り通り、ケイコさんが「天栄米」のつなぎを着た男たちにインタビューを始める。ビデオを回すシンちゃん。
 ひとりずつじっくりと。米作りを始めた契機など、あらかじめ決めおいていた質問の数々。同じ村で同じように米作りをする仲間でも、米と関わり合ってきた時間や思いは、それぞれ違う。共通するのは、たくましさと温かさと。芯がある顔とは、こういう男たちの面構えをいうのだと思う。
 ここは、米・食味分析鑑定コンクール国際大会で7年連続金賞を受賞している、日本一ならぬ世界一おいしいお米の産地。

 昨秋、ケイコさんからいただいた新米がおいしすぎて。その産地が天栄村だったことがきっかけとなり、私も初めて一泊二日でこの地を訪れることになったのだ。
 「天栄村元気プロジェクト」プレゼンツの映像撮影に同行して二日目、ケイコさんとシンちゃんが「この村に通い米作りに関わり情熱的に応援を続けている」理由が、感覚的に納得できた。二人にとってここはもう、郷里のようなもの。ケイコさんがよく口にする“心の親戚”の人々が暮らす場所。
 広々とした田園地帯。天狗が山に足をかけて脱糞し、そのおかげで地味豊かになったという言い伝えが残る。そのひとつ妙見山は、“まんが日本昔ばなし”に出てきそうな、丸みのあるかわいらしい山容。
 陽光と笑顔が似合う村。「天に栄える村」だなんて、天国に一番近い村と言っているようなものじゃないの。

 前日は到着して早々、やはりO家で昼食をいただいた。いかにんじん、きのこ入り茶碗蒸し、おでん…どれもこれもおいしくて、心のこもった食卓と弾む会話、歴史を感じる民家の佇まいも温かい。幸せの香りに、心がほどけていく。
 その後オープン間近のカフェを訪問し、宿泊先のM家では、料理名人Kさん手作りの郷土料理「豆腐餅」をいただいた。
 語ることの尽きない夜の宴会。中年世代ばかりなのに、大量のヒレカツもほとんどなくなる。楽しいおしゃべりはカロリー消化が激しいらしい。
 互いの好意に、ほんのかけらの疑いも持たなくていい。そこにいる誰もが、好意ある関心を抱きあっている。
 夜が深まり、家人が、さりげなくキムチチヂミを食卓に置く。私が、“このキムチ、チヂミにしたらおいしそう”と、ぼそっと口にしたのを気に留めて作ってくださったのだ。
 人の明るい部分が照らしだされていくような、居心地の良さ。
 なるほどね。これが天栄村マジック。人の魅力を感じる場所に人は集まり、そこに新たな力が生まれる。

 O家でのインタビュー撮影の頃には、もうすっかり、心は天栄村になじんでいた…のだけれど。
 仕事を着々と進めるケイコさんとシンちゃんの傍らで、私は、急に落ち着かない気分になってしまった。周りの風景に強烈なデジャヴ感。ああ、ここって。私がいた場所じゃないの。そのものだよ。

 家の際から続く裏山、隣接する畑、はるかに続く水田、家並みと水田を縫うように走る道、野外にとめ置かれた軽トラックやトラクター、農機具小屋前の半分開いた肥料袋。
 そう、生まれ育ったのはここと同じく農村。水田に思い入れなんてなかった。農作業の手伝いも全然好きじゃなかった。
 お米は、とてもありふれた食べ物に感じていた。
 どれほどの手間をかけて作られるかは、間近で見て知っていた。だからこそ、割が合わない仕事とも思っていた。
 雨不足の夏は水田に水を引く時間の割り当てでトラブルがおこった。もうすぐ収穫という時期に台風がくると稲穂はぺしゃんこになぎ倒された。大型機械だけはたくさんあって機械化貧乏の典型だった。ルーティン仕事が嫌、農業がおもしろいと言っていた父。
 いつも自宅で精米したお米を食べ、大学生になってからも毎日自家製コシヒカリ。お米を作る人送ってくれる人、その有難さを感じずにいた、とんでもなくばちあたりだった私。
 そうした生活は、もうすべて遠い過去。父は亡くなり、今は母が細々と畑仕事をやっている程度。実家の水田はもう、ない。

 インタビューに答える声が聴こえる。農家を継いだ若手男性。
 父親が体を壊して働けなくなり、そのとき自分の家が農家でなくなるのは寂しいと感じて、勤め仕事をやめ継ぐ決意をした――そう、農家でなくなるのって寂しい。
 寂しかったんだ、私。だから、ここの風景に心がざわついてしまう。農家であることに特別愛着はなかったはずなのに。田舎の人付き合いもわずらわしく思うことが多かったのに。
 誰にとっても、生まれ育った土地は大切な場所。好き嫌いのひとことでは語れない。それはもう自分の一部だから。

 ケイコさんが、3.11のことについて質問を重ねる。それぞれに深い思いの吐露。ずしりと響く。
 福島の人は、もっともっと怒るべき怒っていいと人はいう。
 この人たちが、青筋たて声をはりあげ怒鳴らないからといって、怒っていないわけではもちろんない。でも。
 まずは誠実にお米を作り、誠実にお米を売る。放射能検査をきちんとして。そんな検査をしなきゃいけない悲しみがどれほどのものか、はかり知れない。でもとにかく、今、やれることをやって、前に進む。
 心美しい人々をふみにじる黒いものが、世の中にはあふれているけれど、たぶん世の中ほんの少し、善意の方が悪意よりまさっている。だから、ぎりぎり絶望しないですむ。
 温かなものをたくさん世界に広げていけば、明るい気持ちに導かれて、世界はきっといいものになる。
 天栄村のお米は、間違いなくおいしい。
 私にお米の魅力に気付かせてくれた。それは、作る人と支える人の心意気の味。力強い生命力と健やかな心に満ちている。
 
 私の“心の郷里”に、天栄村が加わった、今春の旅でした。