熱海のとんび 第2回 遅刻と寄り道

金 井 景 子

 連載第一回を読んでくださった理科ハウスのヤマウラさんから、メールをいただいた。
その文章の中に、とんびの観察のポイントになるご示唆があったので、引用させていただくことにする。


 トビがお好きだと伺った日から、私もトビが気になってしかたがありません。
猛禽類(タカ、ワシの仲間)を識別する能力を身につけるためには、まず、トビの飛翔形をよく観察することだと鳥見の方たちはいいます。
トビを観察することによって、ノスリ、ミサゴ、サシバ、チョウゲンボウ、オオタカなども見えてくるようになります。
トビの翼のひろげ方、下面の白い斑の位置、尾羽の形、羽ばたきの頻度(トビはホバリングをしない)など。
また、幼鳥(親と違って淡い色をしている)が観察されれば、近くで繁殖していることがわかります。
私などは、カラスとトビのけんかを見るのが好きです。目には見えない、空中のなわばり地図を感じることができるのです。


 なるほど、「飛び方」自体をじっくり観察か・・・これなら「ねぐら探索」なんておおごとの前にできそうだし、何よりいちばんしていたいことでもある。そういえば、とんびって、「ホバリング」(こういうことばを覚えると、にわかに勉強した気持ちになるから不思議である)しないなあと、いまも目の前をゆるーく旋回しているとんび二羽を見つつ、考えた。

 見ていてもことばがないとつかめないものがあり、ことばだけがあっても見ていなければそれが自分に近寄ってこないようである。

 「幼鳥」は残念ながらいまのところ、まだ見たことなし。切に見たいと思う。

 きっと、見たとたん、
「とんびちゃーん! とんびちゃーん!!」
と絶叫すること間違いなしであるが、にんげんの成人が騒いで、とんびの幼鳥の飛ぶ練習に身がはいらなくなってもいけないから、黙って応援の旗でも振るか・・・出てくる前から期待でいっぱいである。


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 連休が終わると大学は例年かなり学生さんの数が減る。授業の顔見世興行が一段落し、サークル活動が本格稼働することや、連休でついた「休み癖」が作用するせいだろうと思う。そして、遅刻が増える。

 「遅刻2回で欠席1回分と看做す!」
というふうに強権を発動すれば、遅刻の増加にストップをかけられるのかもしれないが、それはしない。ひたすら時間に間に合うように、なだめたりすかしたりするのだが、なかなかどうして一筋縄ではいかない。

 30年近くになる教員生活で、「遅刻した学生さんを叱る」ことに費やした時間をすべてトータルしたら、クイーン・エリザベスU世号で世界一周するくらいの時間(まず、そんなことをするお金がないけれど、例えはゴージャスなほうが良いでしょう)が捻出できそうなくらいである。

 つい先週、なんで遅刻をするのかについて、3年のゼミの学生さんにインタビューを試みた。

 一人目のサトウさん曰く、
「うーん、どれにでも遅刻するというわけじゃないから、遅刻するものはその人にとって優先順位が低いってことなんじゃないんですかね。」

 なるほど! 優先順位か。 これは言い得て妙である。バイト、資格取得のためのダブル・スクール、デート、成績にかかわるレポート作成、サークル活動・・・やることは山のようにある。その中で、レギュラーの授業一回分の優先順位をいかに上げていくか。これは当人の努力と授業担当者の努力と、ゼミならばその参加者たちがそこを「大切な時間と空間」にする努力が必要になる。

 二人目のワタナベさん曰く、
「行こう!っていう気持ちはあるんですよ。でも、なかなか踏ん切りがつかなくて、時間が経っていく。あー、どうしよう、と思いながら、結局、遅刻になっちゃう。行くの、止めちゃう場合もあるんでしょうが、それでも行こうっていう気持ちが続いているときに、遅刻になるんじゃないでしょうか。」

 実況風で、よく理解できる。「そうだよね・・・」と納得してしまいそうだが、その、「行こうという気持ち」にどうやったら弾みをつけ、拍車をかけられるのか。お読みいただいているみなさんからのご提言をお待ちしています。

 ちなみにサトウさんは、人権に関する幾つかの自主活動を率先して行う、「一日50時間あったらいいのに!系」の学生さん。ワタナベさんは、早稲田の地域ネコの世話をするサークルで、ネコとまったりが大好きな、物静かな学生さん。このインタビューは授業を遅刻してくる他のメンバーを待つ間に試みたものなので、彼らは基本的に遅刻しない人々である。

 振り返って、自身を省みるに、私はたまに遅刻してしまうことがある(ごめんなさい、そのこともあって、厳罰主義に踏み切れないのです)。大人になって、それも最近、増えているような・・・。サトウさんやワタナベさんの回答、もしかしたら彼らよりもずっと良く理解できる。

 今回、これを書きつつ、自分の遅刻パターンについても分析を試みてみたところ、サトウ、ワタナベ・パターンとは異なり、私の場合は、ともかく「欲張りすぎるための遅刻」が多いことに気がついた。常々、複数のことを同時進行しているせいで、ちょっとしたトラブルが玉突き現象を呼んで、つい・・・。昨年度までの、異様なまでの忙しさは抜け出せた(つもり)なので、少しはなんとかなると希望的観測をしている。

 それから、もう一つが、子どもの時からずっと続いている、肝心の目的を果たす手前に、寄り道をしてしまい、結果として遅れるというパターンである。むしろ、時間的な余裕をもって、家や研究室を出たときに陥ることが多い。

 これはもう、病気としかいいようがないのだが、目的地までの道順に一通り慣れると、絶対と言っていいほど、「別の行き方」を試してみたくなる。そのほうが近いとか遠いとかいうことはお構いなしで、一本脇の道とか、別の建物を抜けてみるとか、あらゆる順路を試してみたい。いかにも間に合わなさそうな、余裕がないときは、虫が疼かないのだが、ぽかっと10分とか20分、時間ができると、
「あれ? ここからも行けるんじゃない??」
という「寄り道心」が頭をもたげてくる。

 試してみると、行き止まりだったり、かなりの回り道だったりすることが多いが、視野が広がったり、窄まったり、光の加減が変わったりするだけでも、わくわくしてしまう。東京駅を利用することが頻繁になったから、面白すぎて困っているが、早稲田駅から研究室までだって、ずいぶんいろんなルートがある。

 足の裏に感じる「踏み心地」も非常に大切な要素で、木製の床や石畳、土の上を歩けるところは、だいぶん遠回りでも通りたい。あんまり「踏み心地」が良いとそこいらをぐるぐる歩いたり、人が見ていなかったら、靴を脱いで裸足で確かめてみたり。

 私が敬愛してやまないシューズ・デザイナーの高田喜佐さん(二年前に亡くなってしまった)に、いつか寄り道癖の話をしたら、
「そんなんじゃ、靴のカカトがよく減るでしょ」
と大笑いされた。喜佐さんもどうやら同じような癖がありそうだった。

 いままでの半世紀近くで辿った寄り道を合わせたら、こちらはクイーン・エリザベスU世号で世界一周するくらいの距離になりそうである。

 三年前、アメリカに10か月ほど暮らしていた時ほど、思いきり寄り道し尽くしたことはなかった。シアトルでもボストンでもニューヨークでも、喜佐さんの靴を履いて、ひたすら歩き倒した。時には命の危険に関わりかねない寄り道もあったが。

 2008年度はどんな寄り道が待っているか、とても楽しみである。

 とはいえ、遅刻は禁物! である。


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 庭の無花果の木が、若葉をつけた。実を食べたい一心で二本も植えたのだが、こんなに可愛い葉っぱを出されては参ってしまう。ふいふいと、小さな実が出たら、木の周りで「ヒャッホー!」と小躍りすること間違いなし。

 無花果の木の傍に、野生のくさいちごが群生している。こちらは白い花の時期があっという間に終わって、実をたくさんつけた。菜園で育てているブランド品種(あきひめ、さがほのか)のいちごたちは、まだまだ実が固い。好き放題伸びて、とっとと赤くなったくさいちごたちの、「お先に!」という声が聞こえそうである。口に含むと、良い香りが広がって、ほんのり甘い。もっと増えてくれたら、来年はジャムが作れそうである。







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