熱海のとんび 第3回 古くて素敵なもの

金 井 景 子

 二回目の連載の直後に、建築家の川口孝男さんから、つぎのようなメールを頂戴した。本日のテーマに重要な関わりがあるので、引用させていただく。


 金井さん、「熱海のとんび」拝読いたしました。
トンビの幼鳥の発見楽しみですね。

 今回僕は、「寄り道心」の「足の裏に感じる踏み心地」のところを興味深く読みました。
普段建築の設計をしていて「材料にこだわる」なんて言ってますが、ではいったいどんな材料なんだということをあらためて考えてみると、それは「時間や歴史を記憶できる素材」と言うことになります。

 風化・劣化してもそれが味となり、共に過ごした時間によって「同居人」のように「人に近い存在」となる材料、そんなものを日々探しています。

それに比べて、ある時間が経過すれば新しいものに更新・取り替えすることを前提に「仮に」敷かれている舗装材などの上を歩いても、踏み心地はきっと良くはないでしょう。

 人間にはまだ、そのあたりを意識しなくても感じ取ってしまうセンサーのようなものが備わっているのではないか、と思います。

 同じように、「さわり心地」や「居心地」「聞き心地」なんかも床、壁、天井などの作りによって人には伝わってしまうものだと思います。そういったセンサーが退化してしまわないうちに、経済合理性だけによらない建築の作り方が復権すると良いのですが・・・、どうでしょうか。

 同じようなことが建築単体だけではなく、街並みにも言えそうです。


 川口さんは熱海の家を設計してくれた人である。川口さんにお願いした一番の理由は、彼の建築理念―
「建ったときがいちばんきれいで、その後、どんどん古びていく家ではなく、経年性を楽しめる家造りを目指す」
に惹かれたからである。

 「経年性を楽しむ」。ことばにすればたったの一行だけれど、実はこれ、よく考えると究極の理想論であり、人生の大先輩に「後期高齢者」というレッテルを貼って、医療費をケチるようになり下がった、日本社会への挑戦状でもある。そして私自身にとっては、だいぶん傷みが目立ってきた「自分の身体という家」をこの先、どう棲みこなすかという大きな課題とも繋がる。

 このことを考える上でヒントになると思う、身近な体験があった。

 熱海の家に暮らしの重心を移動するに際して、これまで暮らしていた高円寺のマンション(築25年)を改めてしみじみ、眺め返した。

 それまで室内は、ともかく本および書類と衣類とで倉庫と化していた。だから、これらのモノがどこかへ行きさえすれば、さぞせいせいして暮らしやすくなるだろうと夢にまで描いていたのだが、ことはさほど簡単ではなかった。

 モノが姿を消した後に現れたのは、古びてめくれかかった壁紙や色の変わった絨毯である。本の背表紙や紙袋に詰められた書類があったときに比べて、確かに幾ばくかのまだらな「隙間」はできたが、そこに現れた壁紙や絨毯は「放置されている間に薄汚くなりました」ということ以外、何も語ってはくれない。モノをどかせる前に思い描いていた「ゆとり」とは程遠い――むしろ、「じっと眺めていたくない寂しさ」がそこに顔を出した。

 これが、この場所を引き払って次の場所に引っ越すというときに現れたものならば、引っ越すことの高揚感(喜びであれ悲しみであれ、この高揚感がないと、あんなおおごとはできません)に取り紛れて、さっさと置き去りにして忘れたと思うのだが、約9か月の間、週の半分くらい、この「じっと眺めていたくない寂しさ」を見詰めることになった。気になるところだけ張替をしようにも、家の中のほぼ大半がこの壁紙と絨毯なので、局所的なリフォームはかえってほかのより広い場所へ「じっと眺めていたくない寂しさ」を感染させるにすぎない。「エイヤッ!」と家じゅうの壁紙と絨毯をまた間に合わせの新品にしてしまえば、こんな文章を書く必要もなくなるのだが、それをしたところで、あと10年も経てば、やっぱり「じっと眺めていたくない寂しさ」に向き合うことになるんだろうなと考えた。これまでもずっと間に合わせで、この後もそれを繰り返すのでは、なんだか年甲斐がないというもの。

 しばらくの間、嫌でもこの「じっと眺めていたくない寂しさ」をあらゆる角度から眺めつつ、その正体を探ってみるつもりである。その先に「時間や歴史を記憶できる素材」でマンション暮らしに違和感のないもの、そして家を建てた後のすっからかんの経済状態でも手におえるコストのものが、見えてくるんじゃないかと思う。

 室内の整理に伴って、マンションの庭(一階の三戸にそれぞれ、5メートル×メートルくらいの専用庭がついている)の鉢物も、大半を熱海に移した。袋小路にある、とことん日当たりの悪い庭なので、季節や時間帯で鉢を移動させられないと、花もハーブも育ちづらい。それでも園芸好きの私としては、「移動動物園」ならぬ「移動植物園」を楽しんでいた。その20数鉢が徐々に姿を消して、いま庭の鉢物はハンカチの木と達磨萩、アロエだけである。

 とはいえ、引っ越してくる前から植わっていた、檜(なぜか、猫の額のような庭に4本も!)や椿、山茶花、南天、自分で植えた雪柳や紫陽花、櫨といった庭木や、日陰を好む羊歯、ギボウシの類は残っている。「移動ガーデン」の赤や黄色、さまざまな香りを振りまく賑やかなキャストたちがいなくなり、ほぼ緑と茶色になってしまった和風の植物たちが、残されて淋しそうかというと、存外さにあらず。気のせいか、なんだかほっとしているような風情なのである。

 「やっぱり、ここでバラの栽培なんて、土台無理がありましたな」

 「そう、あれだけ手間をかけても、あれぽっちしか咲かないんじゃねえ」

 「風通しが悪いから虫が発生するんだとか騒いでたようだが、そりゃ当たり前です。ここ、袋小路なんですから」

 「あの連中も、あっちへ行って、さぞのびのびしてるでしょう」

 「あそこは温泉で有名なところらしいが、入れられちゃたまりませんな(笑)」

 「いやあ、わからんよ。ここの家主はむやみに新しがりだから、『温泉成分が植物に良い』なんて特集が『現代農業』(注・最近、金井は愛読してます)に組まれでもしたら、やりかねんね」

 「ひゃー、クワバラクワバラ」

 「ときに、竹垣が、ぼろぼろになってきてるようだが、やっこさん、気づいてると思う?」

 「庭園灯もずいぶん前から一つ切れてるけど、ありゃ完全に忘れてるね」

 「隣の庭じゃ、野菜作り始めたね!」

 「ここの家主より、楽天家なんじゃろう。(一同、笑)」

 「いやいや、にんげんにはやってみなきゃ、わからんことがあるんじゃろうよ」

・・・なんて、おしゃべりが聞こえてきそうなのである。

 ちなみに最近越してこられたお隣は、赤ちゃんのいるご夫婦である。うちと同様究極の日当たりの悪さの中、トマトの若い苗が2本、ナスが2本、青葱が3本ほど、すんと天を目指している。


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 友人のまあちゃんが亡くなって4年になる。最後に会ったのは、偶然に銀座の歩行者天国。ダンナさんと娘さんと一緒で、いつもの夢のような笑顔が印象に残っている。花屋の店先でこのバラを一目見て、「まあちゃんのバラだ」と思い、以後、大切に育てている。今年も夢のように美しい黄色を届けてくれた。

 今年の春はほんとうに蓬をよく食べた。近所の空き地に蓬が群生しているところを見つけて、せっせと収穫し(成長点を摘むと脇目が複数出るので、取れば取るほど増えるのである)、お菓子をずいぶん作った。この蓬は、上野から来たもの。朗読家の飯沼定子さんがほかいろいろの植物とともに送ってくださったもの。伊豆産の野生のものと比べると、柔らかくて緑が明るい。庭の一角が蓬だらけになるといいなと思う。





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