熱海のとんび 第6回  父の禁煙

金 井 景 子   

 実家の父から電話がかかってきた。ここ五年間を振り返っても、父の方から電話をくれるなんてことは、母の乳癌の手術が無事終わったときくらいなので、何だろうと一瞬身構えたが、聞けば「禁煙を始めた」という報告なのである。またまたタバコ代も値上がりするわけだし、健康に良くないことは耳にタコができるほど喧伝されているわけだから、世間様の感覚で言えば『あ、そう』といった程度のことだろうが、私は耳を疑うほどびっくり仰天した。
 父は18歳でしごとを始めてから、77歳にいたるまで、大病して入院していたとき以外は、ほぼ1日も欠かさずタバコを吸い続けた愛煙家である。「入院していたとき」というのも実はアヤシイもので、酸素マスクがとれたら屋上で中学生みたいにタバコを隠れて吸っていて、それに気づいた母と大喧嘩になり、お医者さんや看護師さんに仲裁されたという猛者である。むろん、朝起きてから寝るまでのチェーン・スモーカーで、1日4?5箱は吸い続けていた。周りが禁煙を勧めてもどこ吹く風で、それこそ亡くなる直前までタバコは手放さないんだろうなあと思い込んでいたので、かなり驚いたわけである。
 「なんでまた、そんな発心したん?」
と聞くと、どうやら父を動かしたのは、見ず知らずの女の人たちらしいのである。以下、父の語り(愛媛県松山市出身、高卒で大阪に出て来てから大阪弁を話すようになり、大阪人の母と所帯を持って半世紀)を再現してみる。

 お母さんとイズミヤ(注・スーパーマーケット)行くやろ。お母さんが買い物してる間(まあ)に、ワシ、表の喫煙所でタバコ吸うねん。喫煙所言うたかて、このごろは、もう人目につかんような、裏の方のややこしいとこやで。こないだ、気い付いたら、男はワシ1人でなあ、あとの4人、みな女やねん。そら、昼の日中に大の男でスーパーうろうろしとんのんは、ワシみたいな定年組しかおらんわなあ。その女4人いうのんは、お客さんやのうて、スーパーで働いてるパートの人らや。歳の頃なら二十代から三十代くらいやな。女いうたら、知らんもん同士でも、二人寄ったら愛想にペチャペチャ喋るもんやて思とったんやけど、みな疲れとんのんか、黙(だま)-ってタバコ吸うてんねん。家でも吸うてんのやろなあ、小さい子もおるんやろに、タバコなんか吸うとって、この先良えこと1つもないでーて、ちょっと説教したいような気イになったんやけど、我がもスパスパ、タバコ吸うとる死にかけのオジンにそんなケッタイなこと言われてもムカッと来るだけやろなあて思たら、なんかしらん、もうタバコ、やんぺやて思たんや。

 想像はつくと思うが、父は古いジェンダー意識をしっかり持った人間で、女性の喫煙には反対派である。結婚している女性が働くことも内心善しとしない保守派だった。現役の頃の父なら、言下に「女がタバコ? あかん」でお終いだったはずである。しかし、現役を引退して、病気をし、行動範囲が家から数キロという環境になってから十数年を経て、働いている女の人たちとちゃんと「出会っている」んだなと思うことがある。今回の禁煙発心譚もそうである。
 名前を名乗り合ってことばを交わしていても、相手の価値観や状況に想像力を働かせることを拒絶していたら、「出会った」ことにはならない。誰だかわからない、そして再び合うこともない人に想像力が働いて、気がつけば自身が大きな影響を受けているとき、まぎれもなく「出会って」いるんだと思う。
 「おとうさん、禁煙できたら、パートの人らに説教できるなあ」
と言ったら、父は、
 「そんな、アホな」
と笑って電話を切った。
 

 


 

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