熱海のとんび 第7回 ありがとう、Q太郎 前編

金 井 景 子   

 15年を長いと感じるか、短いと感じるかは、人それぞれだと思う。我が家の飼い猫・Q太郎は、2010年のあまりにも暑かった夏の終わりに、15歳で病死した。10日余りの闘病の時間も、短かったといえば短かったし、水を飲んでは吐くことを繰り返していた、その苦しみを見ていた者としては、長かったなあとも思う。
 9月12日の早朝に、ひっそりと眠るように息を引き取ったQ太郎を送ってから、三ヶ月が経ったが、家のあちこちに点在する、「Q太郎の場所」を通るとき、無意識に「探している」自身に気づく。

(1)かさぶた坊や

 Q太郎が二匹目の猫としてうちにやってきたとき、先住猫のハッピーと先住人の同居人はあまり彼を歓待しなかった。

 「ハッピーが一匹だけだと可哀想」という、猫社会のしくみを全く誤解した(猫はテリトリー意識が強い生き物なので、親子であるとか同時に飼い始めるとかでないと、だいたいは先住猫がストレスで参ってしまう。我が家もそのために、ハッピーは鬱状態に陥って、半月以上、猫インターフェロンを打つはめになった)私の発案で、暮れも押し迫った12月30日に我が家の一員になったのであるが、そのときQ太郎は首の後ろに巨大なかさぶたを拵えていた。手のひらを少しはみ出すくらいのおチビなのに、首の後ろ全体が、まだ膿を滲ませているかさぶたなので、痛々しいうえに厭な匂いがする。とてもやせていたこともあり、顔つき・体つきは、巣から落ちてけがをしたヒナ鳥みたいであった。実際は大して食べられもしないのに、異様に食い意地が張っており、ハッピーが迷惑がって追い払うのを、遊んでもらっていると思い込んでつきまとい続け、とうとうハッピーを鬱病に至らしめたのである。

 首の後ろの巨大なかさぶたの原因は、Q太郎が生まれたキャッテリー(ソマリという種類の猫を繁殖して、世界チャンピオンを輩出していた)で彼が一族全員から、かなり疎まれて、食事などの際に、前に出ては首の後ろを噛まれて放り投げられるといったことを繰り返していたせいだろうということになった。Q太郎の出現以来、ハッピーの調子が崩れたことを恨みに思う同居人は、ずいぶん長い間、Q太郎を「気持ち悪くてイラっとくる嫌なヤツ」と思っており、むしろ首にかみ傷を作った一族の気持ちが解る、くらいに考えていたそうである。

 流れでいえば、同居人?ハッピー、私?Q太郎でタッグを組んでバトルということになりそうなのだが、Q太郎は嫌われていることを全く意に介さない、稀に見る鈍感力の持ち主であった。同居人にもハッピーにも「仲良くしようよ」とむしゃぶりついて行く。私は厭がる彼ら(同居人とハッピー)からQ太郎を折々引きはがすという、不思議ないきもの係りになってしまった。
『こんなに冷遇されてたら、この連中から嫌われてるって、解りそうなもんだけどなあ』
と思うにつけ、何か可笑しいような気の毒なような、それでいてだんだん懲りないパワーに気圧されるような、人間関係では味わったことのない感情が湧いてきて、私はこの「かさぶた坊や」の飼い主というより応援団長のような気持ちになった。
 ちなみに、私はQ太郎を飼ううちに、児童文学の金字塔、バーネット夫人作『小公子』の主人公??天使のように無垢で誰をも疑わないセドリック坊やもまた、類い稀な鈍感力の持ち主で、オジイさまのドリンコート伯爵やお屋敷の召使いたちに嫌われていることに気づかず、ついには連中をを根負けさせて、やがては愛されるようになったのかもしれないと考えるようになったくらいである。

(2)「餃子寝」と顔洗い

 何が好きだといって、動物の子どもたちが何匹か背中とお腹をくっつけて寝る、「餃子寝」(金井の造語です、著作権フリーですから流行らせてください)を見ることほど好きなものはない。

 あんなに仲が悪かった(ハッピーの方から見れば、の話だが)二匹が、春には、大きな「つ」の字と小さな「っ」の字を重ねたような「餃子寝」をするようになった。巨大なかさぶたがはがれ落ちて、首の回りに和毛が生え始めたころでもあった。ハッピーが寝ていると必ずQ太郎がその大きな「つ」の内側か外側を狙い、うるさがって追い払われても大きな「つ」が寝息を立て始めると、こっそりセット・アップされに来る。その一連の動きを見ているのもしみじみ楽しかった。同じソマリなのだが、二匹の体重差はゆうに倍程もあり、前足なども倍くらい長さが違ったと思う。毛質はハッピーが毛糸に例えるならモヘア、Q太郎はアンゴラの風味があって、「餃子寝」の真ん中に手のひらを沈めてふわふわ
の感触を味わうのは、無情の愉しみだった。

 ハッピーはよく眠る猫で、先に目覚めるQ太郎は遊びたいから、必ずハッピーの耳を噛む。小さな牙で甘噛みされたハッピーの両耳は、光に透かすと無数の穴が開いていた。よく辛抱していたなと思ったが、猫の耳は人のそれほどには痛覚が発達していないのかもしれない。ハッピーがQ太郎の耳を噛んでいるところは一度も見たことがなかった。

 母猫が育児放棄をしていたのかと疑うのだが、Q太郎は来た当初、猫特有の顔洗いをしなかった。口の回りにおべんとうをくっつけていることはしょっちゅうで、それをハッピーが呆れたように気味悪そうに眺めていたのを思い出す。「餃子寝」が始まってから、ものすごく嫌そうではあるのだが、ハッピーがQ太郎の顔を舐めて教えてやるようになった。そういう親切を身に受けたことがなかったらしいQ太郎は、ものすごく喜んで、ますますオニイちゃんラブになって行った。

 かさぶたが取れてから、月に一回くらいのペースでシャンプーとドライをしていたのだが、Q太郎の水嫌いは尋常なものではなかった。どんな虐待をしているかと思われるような鳴き声を出すので、自分もシャンプー嫌いなハッピーが気にして、風呂場のドアに体当たりして助けにきたりしたものである。そのくせ、ハッピーがシャワーに追いかけられてミャーミャーと逃げ回っているとき、Q太郎が助けにきたためしはなく、手を伸ばしても届かないようなベッドの裏などに雲隠れしてしまう。Q太郎はハッピーに対して見事に「借り」ばっかり作って、一切「貸し」はない関係だったように思う。人間なら親子でも許されないような貸借関係だった。
 人の気まぐれで、面倒な役を一生背負わされることになったハッピーには、どんなお礼を言っても言い足りないのだが、あの世に行ったら、お礼とともに、最初あんなに嫌っていた「おとうと」を、途中からああまで可愛がるようになった訳も聞いてみたい。
 その兄貴分のハッピーが亡くなる前後に、Q太郎はようやく大人になった。後編では、大人になったQ太郎が、いかに自分らしくあの世に歩いていったかについて語りたい。(2010・12・16)

 


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