第9回  こんにちは、ルイちゃん 前編

金 井 景 子   

 施設にお世話になっている義母の容態が思わしくないので(東日本大地震の直後に骨折したことをきっかけに、一時は生死を彷徨う状況にまで陥っていた)、Q太郎が逝ってから8ヶ月、次の猫を飼うのを控えていた。

 その義母の容態がようやく小康状態になったので、
「また、ネコ、飼おうかなあ」
と言ってみたら、この半年、見たこともないような満面の笑みを浮かべて、
「いいねえ」
と返してくれたので、五月の初頭から動き出した。

 縁があって、5月22日の日曜日、兵庫県にある川西市のブリーダーさんのところへ、相方の紅野さんとルイちゃんを迎えに行った。アズマさんとおっしゃるブリーダーさんが、最寄の駅までクルマで迎えに来てくださったのだが、座席に座るや否や、こちらはルイちゃんの様子を聴くし、向こうは語り倒す。紅野さんはアズマさんと、ルイちゃんとのお見合いのとき(5月8日)のときに会っているが、私はまったくの初対面なのに、親戚の人のような感覚で話せるのが「猫フリーク」同士のコミュニケーションである。いきなり会った人と名乗り合いもそこそこに、猫に関する、一番したい話だけ延々する――ということは、けっこうあることなので、ましてや、これから一生連れ添う猫を渡す/貰うという関係だと、こういうことは当たり前のことである。

 お宅に向かう途中で、大きなマーケットに立ち寄って、中の見えるタイプの移送用バスケットを購入する。売り場の中央に、ペットが20匹くらい陳列してあって、どの子もお昼ご飯直後のせいか、ふうっと眠そうなのが可愛かった。大雨が去って、五月晴れの今日、ここではない新しい家族のいるおうちに行く子がずいぶんいるんだろうなあと思う。なんだか知らないが、「カワイイ!」ではなく「ガンバレ!」という気分になった。

 アズマさんは、玄関周りの小花を主役にした素敵なお庭が語るように、小さな命を愛して楽しむ方であった。お二階の、猫たちのいる部屋に案内してもらい、ルイのお父さんとお母さん、そしておばあちゃんに会った。アズマさん曰く、お父さんは稀代のアカンタレ、お母さんはしっかり者、おばあちゃんは20歳を越える、風格ある酋長・ジェロニモみたいな私好みの猫さんであった。お母さんのおなかにひっついて寝ていた4匹を、アズマさんはバスケットに入れて、
「下で遊ぼうね」
と離す。思えば、これが母子の永の別れになる(最初に貰われて行くのがルイである)のだが、しっかり者のおかあさんはうっとりお昼寝の最中であった。
『おあずかりします』
と一礼する。アカンタレのおとうさんもうつらうつら舟を漕いでお休み中だったので、こちらには、
「さいなら!」
と声をかけた。
 出口近くにいたおばあちゃんの前を通るときは、心中、
『この子をお守りください』
とお願いする。それくらい、神々しいお姿であった。

 在来線を乗り継いで、新幹線に乗り換え、グリーン車で熱海の自宅まで。
贅沢をする気はなかったのだが、指定席がとれず、紅野さんがせっせと貯めたポイントをすべて使い切ってのアップグレードである。とはいえ、小動物の移送はどこまで乗っても270円らしく(写真参照)、人間様が贅沢をした具合だが、どうしてもミイミイ鳴くところ、周りのお客さんがみんな猫好きで許してくれたのは、ルイの運かもしれない。

 新幹線の中で、アズマさんからの教えを思い出す。
その1、
食事はドライフードのみにて。缶詰は基本、与えない。そのつど、適量を器に出して、30分過ぎたら残りを始末すること。出しっぱなしの餌は酸化して、結石の原因になる。器は毎回洗うこと。器に残った油分も酸化する。

その2、
ワクチンの接種がすべて完了する(6月10日)までは、玄関先に出さない。玄関はばい菌侵入の水際でもある。

さすが、現役の動物病院看護師さんらしい、的確な指示であった。前の二匹よりも、一日でも健康で長く生きてほしい。そのためには、できること、いろいろ工夫してみるというのが、今回、胸に誓っていることである。

 とはいえ、まあ、駈けずり回る、飛び上がる、窓ガラスに映った自分の姿を威嚇する、鳴く、食べる、こちらの手足にしがみつく、疲れ果てて寝る・・・まったく、目まぐるしい。あっという間に水のカップをひっくり返し、済ました顔でちっちゃなトイレで悠然とオシッコをしている。
 「環境に馴れるかどうか、心配ですから、この毛布をつけておきます」
といって、アズマさんが渡してくれた赤い格子のブランケットは、揉みくちゃになっている。Q太郎は寝込む直前まで「幼稚園児のように」元気だとばかり思っていたが、リアル幼稚園児の無駄な活力は、大したものである。

  


 
ルイちゃんお食事中 ルイの切符?
 
あの〜

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