第11回  こんにちは、ルイちゃん 後編

金 井 景 子   

はやいもので、前編からはや8ヶ月も経過してしまった。
ルイは来月で1歳になる。

兵庫から熱海へルイを連れ帰った時には、その1ヶ月後に義母が亡くなるとは思ってもいなかった。これまで、危ないところを何度でも切り抜けて持ち直した義母だったので、「なんとかなる」ような気がしていたのだが、とうとう逝ってしまったのである。(ブログやこの欄に義母のことを書こうとして書けなかった。不思議なことに、小説にしたら書けた。「稀人舎通信」の第8号(2011年11月号)に「花びらを蒔くまで」というタイトルで掲載している。)

何の根拠もないのだが、義母がルイを呼んでくれた気がしている。どんどん生気を失って行く義母を見詰めながら、湧いてくるように元気なルイを育てていた8ヶ月だった。

そこで、ルイに学ぶ「元気であること」3か条。


その1。「食べたがること」

前編にも記した通り、ルイを「長生きアスリート」として育てる決心をした私は、ブリーダーのアズマさんと主治医のツユキ先生の教え通り、1種類のキャットフードを適量与え続けている。
海苔とスイカが好きだったハッピーや、アイスクリームが好きだったQ太郎とは違い、ルイは公式にはキャットフードしか口にしていないはずである。
とはいえ、当然、好奇心と本能的な食欲から、目を離したスキに、菓子パンやふやけただし昆布、袋入りのかりんとう、鰯のアタマやおまんじゅうなどをくすねて、叱られている。留守の時は、叱られないから、それらを部屋中引っ張り回して、大して食べもしていないのだが、食べる気満々だった痕跡が見て取れる。

物理的に「いっぱい食べること」が元気の証拠であることは言うまでもないけれど、その前にまず、「食べたがること」がある。

私は、しごとを手伝ってくれた学生さんやスタッフと、おやつや食事をともにすることがけっこうあるのだが、最終的に食べた量よりむしろ食べ始めのテンションでその人の健康の度合いが分かる気がするのである。食が細い人でも、実に好奇心満々で美味しそうに食べているのを見ると、
『大丈夫。』
と感じるし、けっこう量をこなしていても、心ここにあらずの様子が見えると、
『こころとからだが一緒に食べてないなあ』
と感じて心配になる。


その2。「遊びたがること」

いま、熱中しているのは、

(1)釣り竿の先に星形の宇宙人がついているおもちゃ(月刊誌「ねこのきもち」のおまけ)と、ワイヤーの先にトンボがついているおもちゃ(アズマさんからのプレゼント)でかけすり回ったり飛び上がったりすること。
(2)猫階段を用もなく昇降し、人間を上から目線で眺めること。
(3)胡蝶蘭の鉢をぎりぎりにかすめて、ソファの背もたれ部分を真横に走り回ること(サーカスなんかで金網の球体の中をバイクで走り回るのがあるが、あんな感じで)。
(4)ともかくどんな大きさであれ、箱に入ること。
(5)自分のものと思い込んでいるぬいぐるみ2個を、家の中じゅう、連れ回すこと。
(6)パンのビニール袋についてくる針金をサッカーボールのように蹴散らすこと。

一人遊びもしているが、人間がいると、一生懸命気を引いて、
『遊ぼうよお!』
と誘って来る。あんまり面白そうなので、つい、かまってしまい、その直前まで抱えていたイライラや心配事を忘れる。

相方などは、(1)の調教師を自認していて、走る速度を調整させたり、ジャンプの高さや飛距離を延ばさせたりと、その真剣さと来たら、ボリショイサーカスのクマ使いみたいである。

ルイの元気は「スキなことをして遊ぶ」ことでチャージされているし、元気だから「スキなことをして遊べる」ようである。
むろん、人間はそう単純には行かないけれど、いまの自分は何をしたら楽しいか考えるというのは、一生付いて回る大切なことかもしれない。

幸せなことに私は、長年の経験から、どんなに忙しくても体調が悪くても自分に嫌気がさしていても、「猫をかまう」という遊びをすると機嫌が良くなることがわかっているので、実際の猫に触れられない時は、それを想像出来るような猫グッズを身近に配している。


その3。「気がついたら寝ていること」

猫の語源の一つは「睡獣(ねむりけもの)」、つまりよく寝るケモノということだそうだが、どの猫も驚くほど寝る。
ルイも寝る、寝込む、寝倒す。当たり前のようだが、起きているとき以外は熟睡しているのである。あそこまで寝られるというのは羨ましい。

私の回りにも睡眠障害に悩まされている友人や知人がけっこういるのだが、もし、環境が許せば、最終手段として猫を飼うというのを提案したいと思う。猫族は眠りのエキスパート集団であり、全員もれなく達人であるからだ。

適当にそこいらで寝ているようでありながら、よく観察すると、
(1)安全 (2)安心 (3)快適 
といった3要素が、ちゃんと満たされたところを選んで寝ている。その上、そうした場所を家の中じゅうに持っていて、寝ることを楽しんでいる。

ついさきごろまで、私は寝るのが勿体なくて、寝ないでしごとをしたり遊び続けたりできたらどんなに充実していいだろうと考えていたが、ルイの寝顔を見ていると、寝るのもけっこう楽しそうだなと思いはじめている。
あの眠りが思い切り遊んだことへのカミサマからのご褒美なのだとすれば、もっともっと濃く遊んで、愉しく眠れるようになりたい。


私が尊敬して止まない、中川一政のことばを記しておく。


「私は、よく生きた者が、よく死ぬことが出来るのだと思っている。
 それはよく働くものが、よく眠るのと同じ事で、そこになんの理屈も神秘もない。」

  


 
箱の中のルイ ルイ猫階段
 
我が家のハーブ収穫

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