第12回  原点を見詰め直す

金 井 景 子   

2012年度の間中、この連載随筆の更新を怠っていて、もしこの世にこの欄の読者がいて下さったら、ほんとうに申し訳ありませんでした。



書き尽くせないほど、いろんなことがあって、心身ともに疾風怒濤の漂流船のようでしたが、回りの方々に支えていただいて、なんとか乗り切ってきました。
家族、研究室のスタッフ、学生さんたち、同僚の先生方、ともだち、私の日常を支えてくれるすべての方々に、感謝の気持ちを持ちつつ、また、2013年度、突っ走って行こうと思います。


突っ走る前に、今日は「原点を見詰め直す」という、ちょっと学校の先生の演説みたいな題目で、書いてみようと思います。

・・・というか、いま、ちょうど、大学院(教育学研究科)国語教育専攻の、専攻主任を務めているので、そこで新入生に向けて話す予定の話とも重なるので、文字通り、「学校の先生の演説」ですね。しばし、お付き合い下さいませ!



先月の16日、ふとしたご縁で、神戸のファッション美術館で、藤本ハルミさんというデザイナーの講演会に参加しました。
ちょうど神戸は、東京を出し抜いて、世界に向けて「ファッション都市宣言」をしてから今年が40年になるのだそうです。
その記念に、神戸を拠点として世界的にも活躍してこられた、御年86歳の藤本ハルミさんにご登壇を願ったようでした。



黒地にグリーンの花が咲いた、素敵なスーツに身を包んだ藤本さんは、開口一番に、シモーヌ・ド・ボーヴォワールの『第二の性』の「女は作られる」ということばをもじって、「年寄りは作られる」と講演を始められました。
自分は昨年、悪くしていた足の手術が成功して、再び杖なしで歩き回れるようになったけれど、私のともだちは、今回の講演のことを聞いて、「ほんま、行きたいねんけど、息子がおかあちゃん、出歩くのんやめとき言うよってに、よう行かんわ」ってとても元気なのに、泣く泣く諦めたというのを聞いて、「こないして元気な人までどんどん、『としより』に作られていくねんなー」と気付いたそうです。
街の洋裁店から身を起こして、世界で活躍されるに至ったお話は、戦後史そのもので、聞き応えがあり、すっかり引き込まれました。

70歳のときに、阪神大震災に遭われ、倒壊した自宅の下敷きになっていたところを、隣家の大学生に救出され、どうせ拾った命だから、もう一度、パリでコレクションをやろう!と決心して実行に移されたお話にも、勇気をいっぱい貰いました。

折しも、2012年度は、私が尊敬してやまない石堂常世先生が70歳の定年でご退職されたこともあり、次の職場でも勇躍されるという石堂先生の颯爽としたお姿を拝見しつつ、自身を顧みるに、『今みたいにふらふらしていて、果たして70歳まで働き続けられるのだろうか・・・』という不安もアタマをよぎっていたところへ、「70歳でパリコレ再挑戦!」は響きました。



しかし、最も眼を開かれたのは、ご講演の最後に、藤本ハルミさんが仰ったことばでした。



講演の時間がオーバーぎみになり、主催者側の司会のひとが、「では、藤本先生、最後に、今後、神戸がファッション都市として世界にいっそう羽ばたくために、何かご提言をお願いします」とまとめにかかった質問をした―私も講演やシンポジウムの司会を務めると、何か「意味があった」感を盛り上げようとして、こういうまとめモードの発問をすることが、ままあります―のに対して、藤本ハルミさんは、一瞬、考えた後に、



「そうですね、昭和20年の神戸大空襲で、街が全部焼け野が原になって、生き残った人はみんな着の身着のままになった、そこから自分や子どもや、戦争から帰って来た男たちの着るもんを作ることから神戸ファッションは始まった、ちゅうことを、忘れへんということですね」



と言われました。
歴史資料によれば、この終戦の年、2月、3月、5月、6月、8月にのべ128回爆撃を受けて、9000人近い市民が犠牲になり、15万戸の家屋が焼失しています。

ちなみに、この随筆コーナーにも登場した私の義父・紅野敏郎が、西宮の実家(醤油の醸造業を営んでいました)を焼き払われ、一家が離散したのも、この神戸の大空襲でした。
小説やアニメ映画で知られる、野坂昭如の『火垂るの墓』も、神戸の大空襲で戦災孤児になった兄妹のことを描いています。

神戸ファッションの未来を展望するというとき、藤本ハルミさんは、「なんにもなし」になった1945年を、神戸の「原点」として見詰め直すことを、提案されたのだと思います。
重い、しかし「遺族」として出来るだけのことは成し遂げて来たという自負も感じられる、きっぱりとして清々しい「遺言」だと感じました。
もやもやとしたアタマの中が、すっと晴れるような瞬間を味わったのは、あの会場の中で、私だけではなかったと思います。



人の数だけ、その人の「原点」があります。

あそこから歩き出せたんだから、それに比べたら、いまの苦しさや迷いもまた、きっと乗り切って行けるはずだと思えるような「原点」を見詰め直して、また、歩いて行けたらなと思います。

あなたの「原点」は何ですか?

  


 

今年も我が庭の真ん中に陣取っている、さくらんぼの木に花が咲いて、さっそく小さな実になった。
初夏の稔りが楽しみだ。

 
5年経って、ようやく花を咲かせた杏の木。
花を見つけたときには、有り難くて可愛くて、幹に抱きついてしまった。
 
蕗の葉の緑が好きだ。
合間から小人が出て来るんじゃないかなと、いつも眼を凝らしてしまう。

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