㈼.卒業論文を書く心構え



レポートと卒業論文との最も重要な相違点は,卒業論文ではテーマが自分で選択できる,つまり選択の自由があるということである.選択の自由は選択の責任を伴わない限り有効に機能しない.そこで,選択の責任を明確にしながら,卒業論文を書くための心構えについて考えてみることにしよう.そのために卒業論文とは何かをはっきりさせておきたい.対象が明らかとなって始めてこちらの態度をどうしなければならないかが考えられるからである.

㈼−1 卒業論文とは何か

「卒業論文とは何か」という問にまじめに答えようとするなら,「大学とは何か」という問から考え直さなければならない.なぜなら,大学教育の総決算としての位置を占めるものが卒業論文に外ならないからである.だが,ここではその問に対して直接に答える必要はなく,諸君が高校を卒業して社会人となるまでの間に自分自身に投資する,言い換えれば自分の能力を高めるための訓練を自分でほどこす機関こそが大学であるという点に注意してもらえば十分である.
もちろん自分自身に投資する,自分を訓練するといっても,その内容は多岐にわたる.知識や技能(パソコン,英会話など)の修得などもありうるが,ここでは特に,高校とは違って自分の頭で考えるための技術を学問・研究を通じて獲得するという点を重視したい.この点にこそ,高校教育と大学教育の基本的な差異が存在するといえる.
以上の観点から「卒業論文とは何か」という問に答えるならば,大学生活4年間の集大成として,4年間に学習・研究した成果を発表するものが卒業論文ということになる.では,研究の成果とは何か?そもそも研究とは,自分なりにテーマを設定し,それに自分なりの方法で答えを与える活動であるから,研究成果はそのような研究活動のプロセスを通じて自分なりに到達した結論であるといえる.したがって,研究成果=結論は単なる自分自身の思いつきや考えではなく,また知識の寄せ集めでもない.論理的推論・証明・検証(研究の具体的方法)を経て導かれた結果とそれに基づく主張(意見)でなければならない.このように考えると,卒業論文とは,自分の設定したテーマとそれに対する答え(研究成果=結論)と,結論に到達した推論・証明・検証のプロセスを合わせて発表する文章であるといえよう.
上で「論理的推論・証明・検証」と書いたが,これらの社会科学的方法は卒業論文が他の一般の論文と同様に保持すべき性質から当然に要求されるものである.言語のみで結論を導くには精緻な推論のプロセスが必要だし,近代経済学のように数理モデルを用いて結論を導くには証明がすべてである.また計量経済学などのように計量モデルを用いる際には統計的推定やシミュレーションといった検証のプロセスが重要となる.いずれにせよ,論理性が卒業論文の生命であるといえる.
では,なぜそれほどまでに論理性が重視されるであろうか.それは,卒業論文が不特定多数の読者を想定して書かれるという事実に存している.すなわち,どのような読者であれ同じ推論のプロセスを経れば同一の結論に到達するが故に,論文の中で述べられた結論に納得せざるをえないという意味で,そこには社会科学的な命題が提示されていなければならない.
一般的に他者を説得する方法を考えてみると,
a.権威・権力による説得(上下の力関係)
親の子に対する説得(説諭)
上司の部下に対する説得
国家の国民に対する説得
警官の犯罪者に対する説得など
b.贈賄による説得(同等の力関係)
企業の政治家に対する説得(政治献金)
男性の女性に対する説得
A党のB党に対する説得(票の売買)
c.論理による説得
研究者の同業者に対する説得
教官の学生に対する説得(?)
d.感情による説得
aの逆で,相手の権威・権力にすがる
共感してもらう
といったものが考えられる.特定の相手と面と向かって話し合うときはa,d,あるいはbも有効な説得方法であろうし,諸君の多くが経験済みのものである.しかし,不特定多数を相手にする場合,それらは有効性を持ちえない.ただし,小説を思い浮かべれば明らかなように,dが極めて重要な手段となりうることも忘れてはなるまい.とはいえ,社会科学の領域で卒業論文を書こうとする諸君には,cの論理による説得以外に頼れるものはないのである.「私の4年間の研究成果はこれです」と不特定多数(少なくともゼミの指導教官と後輩達)に被歴し説得するためには,論理の正確さが要求されるのである.

㈼−2 何のための卒業論文か

諸君はなぜ卒業論文を書くのだろうか.わずか6単位のために卒業論文を書くのか?それよりは2科目8単位を余分にとった方が時間を節約できて,経済学部の学生としてふさわしい行動といえるのではないか?もちろんこの考えは短期的には正しい.しかし長期的に考えてみると,けっして正当化できるものではない.卒業論文を書くという作業を通じて諸君が身につける能力は,将来社会人となったとき,仕事の上でも生活においても極めて重要な役割を果たしうるものなのである.短期的には6単位の取得という利益しかもたらさないが,長期的には多大の便益(単なる経済上の利益だけでなく,精神生活の充実という人間存在に不可欠の便益を含む)を生み出す投資活動が,卒業論文の作成という作業なのである.したがって,努力せずに書いた卒業論文ほど生み出す便益は少ないという事実を見すえておかなければならない.逆に言えば,投入した努力が大きければ大きいほど将来諸君が手にする果実は多いのである.さらによいことに,卒業論文の作成という知的作業は単なる努力投入という費用に終わらず,その作業自体が人間の知的生活の充実感を与えてくれるという利点を持っている.もちろん,この充実感を満喫できるまでには,若干の訓練期間と忍耐を要するということには注意が必要であろう.どんなテーマを選んでも,直ちに興味深く研究を進めながら知的好奇心を充実させうるということはない.なぜなら,ほとんどの学生の場合,テーマとして取り上げた問題の全体像が始めから見えていることはないからである.数ヵ月間の勉強を経てようやく問題の全体像が把握できるようになるので,それまで下積みの訓練を甘受してもらわなければならない.このような辛抱ができずにしばしばテーマを変更する学生に出会うことがあるが,彼らはきまって最後にはこじつけのテーマで無理矢理卒業論文をデッチ上げるハメに陥る.これこそ不経済の窮みである.

㈼−3 卒業論文の種類

論文にはいくつかの種類があり,諸君の書く卒業論文もそうである.代表的なものを挙げると,次のようになる.

a.研究論文

一般に論文と呼ばれるものは研究成果の報告を意図しており,このカテゴリーに属する.

b.サーベイ論文(展望論文)

当該問題・分野に関するこれまでの研究論文の結果・結論を総括し,それらの関係や残された未解決の問題,今後の発展方向などを展望する.

c.書評論文

1冊または数冊の書物を批判的に検討する.

d.紹介論文

1冊または数冊の書物もしくは論文の内容を紹介する.外国語で書かれた書物や大部の書物の場合,しばしば紹介論文が書かれる.

e.盗作論文(剽窃)

他人の論文や書物を無断で書き写したもの.部分的な盗作から全体的な盗作まで,形態はさまざまある.
理想を言えば,卒業論文も研究論文,あるいは多少稚拙でも研究論文を目指したものであって欲しいし,卒業論文の書き方を説明しているこの資料も研究論文・研究レポートを書くという状況を想定している.しかし学生の卒業論文としては,最先端の研究論文を自分なりに解読した紹介論文,その研究論文の周辺の議論を自分なりに整理したサーベイ論文,あるいは最先端の研究成果をまとめた書物を批判的に検討した書評論文でも十分である.自分の興味で選んだテーマに基づいて研究を進めていったとき,いかなる事態に直面するかわからない.その段階で最も適切な論文の形態を考えてみるとよいであろう.
卒業論文を書くときの心構えとして特に注意すべき点は,どんなことがあっても盗作論文を書かないことである.卒業論文でしばしばお目にかかるのは,意図せざる盗作である.意図した盗作は銀行員が顧客から預かったお金を着服するようなものだから,当然クビ(退学?)になる.ところが,意図せざる盗作は始末が悪い.本人にその気がないのだから,批難されてもその理由がわからず,いじめに合っているようにしか思えない.だが,いくら軽くても過失は過失,罪は罪である.他人のものと自分のものは明確に区別しなければならない.どこまでが他人の主張でどこからが自分の主張なのかはっきりさせることが最も大切である.そのために出所文献注を付けたり,本文中でお断りする.だから,卒業論文の中には至るところで(例えば,段落ごとに)出所文献注が与えられることになる.見栄えはよくないかもしれないがそれで当然であるし,そうであってこそ卒業論文らしいのである.
意図せざる盗作の発生を防ぐには,
a.メモをとる段階から出所を正確に記しておく
b.論文を書き始めたときから余白に出所注を示しておく
といった習慣を身につけておけばよい.


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