第二の世界 - The Second World - Part 1 

草原真知子(メディア論、メディアアート・キュレーター)

The Internet community project "The Second World" from Canal Plus shows what kind of experiences are waiting for us in Cyberspace. (Written in December 1996)

By Machiko Kusahara


 第二の世界。あなたはそこで面積600平方メートルもあるアパルトマン(60平方メートルの間違いではない)からパリの夜景を見おろし、好きなインテリアを楽しみ、壁の絵を毎日でも掛け替え、一流デザイナーが用意した服を選び、散歩に出て友人と会話したり、ショッピングを楽しむことができる。
 あるいは、時には趣向を変えて貴族のような服に身を包み、人目につかない扉を開けて地下の通路を潜り、あの有名なパリの下水道に冒険に乗り出してもいい。
 スポーツ好きには、デザイナーブランドのラグビーのユニフォームも用意されている。選べるのは服だけではない。
 ヘアスタイル、髪の色、肌の色、さらには顔かたちだって、自由に選べる。気取った服に合わせて、きょうはちょっと頬骨を高めに、目元をきつく、近づきがたい雰囲気を作ってみる、なんていうのもいいかもしれない。

 「第二の世界」、"The Second World"は、フランスの大手TV局カナル・プリュスがスポンサーになってフランスで売り出したばかりの、インターネット・プロジェクトである。
 ソフト開発は、プログラマブルなゲームとして人気を集めたDOOMの開発者たち。
 インターネット上に広がるバーチャル・パリは、多数のアーティストが描いたデッサンに基づいて、美しい3D画像でつくられた。
 そしてユーザーのアバター、つまりネットワーク上の自分の代役(アバターとは仮装した自分の化身のこと)が身につける凝った衣装はプロのファッションデザイナーによるデザインだし、もちろん髪型も専門家の手になる。

 アバターを介したネットワーク上のコミュニケーションは、この分野の先駆けとしてルーカスフィルムが開発して富士通が日本語版を作った「ハビタット」やインターネット上で最近盛んな"World Chat"など、決して目新しいものではない。
 しかし、これほどリアリティのあるネット上のアバターやバーチャルな都市は、今までになかった。
 特に驚異的なのは、顔立ちが無限の可能性を持ち、しかもリアルなことだ。筋肉をモデリングしてあるため、表情や顔の作りを変えるだけで、それに見合った、いかにも自然な顔ができる。

 こうした機能はCD−ROMの形で販売され、「第二の世界」に住みたい人はこのソフトを買ってきて、インターネットにつなぐ。
 各ユーザーが選んだ自分のアバターの顔や肌の色やファッションに関するデータは、ネットワークを通じて他のユーザーの手元に届く。それぞれのユーザーは、自分の思い通りの属性(顔かたち、人種、ファッション・・・)を持った代役を通じてネットワークに出ていって、他の(同様にアバターとして出現している)人々に出会い、コミュニケートする。
 ちょうど実生活で髪型やファッションが「決まっている」ときには自信を持って人と接することができると同じように、細部まで自分の思い通りの外見を選べるなら、ネットワーク上の世界でも心理的な余裕が生まれるだろう。

 技術的に見ると、基本的なプログラムはCD−ROMの形で供給し、アクセス時の動きや会話などのデータは通信で送るから、全部を通信に依存する普通のインターネットのホームページに比べて遥かにリアリティのある画像がリアルタイムで可能だ。(それに、入会金を取り損ねることもない・・・。)
 実際に通信上で送られるのは、アバターの名前やせりふやバーチャル・パリ上での位置などのほか、衣装の型番や顔の筋肉の変更情報程度で済むからだ。

 この「第二の世界」では、今後、出会った男女がカップルとなり、子供が生まれて育ち・・・という状況も想定している。また、この「世界」は民主的に運営されるべきであり、住民の選挙によって方向づけられ、発展していくことを目指す、という。
 このような社会的なスタンスは、スポンサーであるカナル・プリュスがそもそも、それまで国営放送しかなかったフランスのTV/ラジオ界に80年代にはじめて登場したペイTVであるという成り立ちに関係があるだろう。
 カナル・プリュスはあらゆる面で国営放送と一線を画したポリシーと、斬新な企画としゃれたセンスによって、フランスの知識層と若者の支持を集めただけでなく、スペインやドイツにも広がり、ヨーロッパ有数のTV局となった。カナル・プリュスの登場でフリーランスの映像作家たちが生活できるようになった、と言われるほど、ビデオアートやCGやディジタル映像制作の最大のスポンサーとして大きく貢献してもいる。IMAGINAの最大のスポンサーとして、フランス文化省国立視聴覚研究所(INA)と密接な関係を保ってもいる。

 このソフトの目的は、単に好みの人物になってインターネット上でおしゃべりしたり、現実には不可能なリッチな暮らしを楽しむことだけにあるのではない。
 フランスのメディア関係者、アート関係者の間でホットな話題になりつつあるこのプロジェクトを目にしたのは、10月にフランス文化省の後援でパリで開催された"Interactive Writing"という国際会議での席上である。この会議の主旨については、後で述べる。

 この"The Second World"プロジェクトの意義について、スポンサーのキャナル・プリュスと開発者側から3人が出席して講演したが、それは「マルチメディア・データベース」のセッションの中だった。
 誰もが仮想のリッチな生活を楽しめる「第二の世界」は、今まで登場したネットワーク・エンターテイメント、オンライン・データベース、バーチャル・ショッピングモール、オンライン・バンキングなど、さまざまな通信空間上のビジネスを一つにまとめた総合的なプロジェクトの試みなのだ。
 特にバーチャル・ショッピングとオンライン・コマースの話には熱が入っていた。このバーチャル・パリは、まだいくつかの地域を再現してそのあいだを道で結んでいるだけだが、その街路にはこれから、いろいろな店舗が並ぶ。ユーザーはアバターとしてそれらの店に入っていき、ショッピングやバンキングを楽しむことになるわけだ。

 仮想空間としてパリが選ばれたのは、もちろんそれがフランスのプロジェクトであり、フランス人にとっては最も馴染み深く、よく知っている街だからである。
 同時に、パリという街が現実世界において、ビジネスと文化(エンターテイメント、ファッション、アートなどを含め)を集約した、現代に生きている街であり、しかも歴史的な時間軸を持つ一方で、空に伸びるエッフェル塔から下水道やカタコンブなどの地下の遺跡まで、空間的にも広がりを持つ、つまり、現実の世界で存在するあらゆるビジネスを仮想空間にひきうつし、しかも冒険やエンターテイメントを多次元的に展開することが可能な、世界的にみても稀な可能性を持った街だからでもある。

 インターネットやパソコン通信を日常的に使っている人は痛感していることだが、ひとつのネットワークから別のネットワークへ、一つのソフトから別のソフトへと切り替えながら使うのは、面倒なものだ。
 現実の問題として、個人が家庭で使うようなパソコンは、「重い」ソフトを同時にいくつも使えるようにはできていない。電子メールを読み終わったらメール・ソフトを終了させ、お買い物ソフトを立ち上げて新しい品揃えを眺め、それを終了させて別のソフトでチャットをして、そして・・・というような作業を一つずつやっていかないと、パソコンが途中で止まったりする。
 面白そうな商品の情報を友人に送るには、お買い物ソフトで得た情報をいったんセーブして、別のソフトでメールにして送る、というようなプロセスになる。こうなると、どの情報はどこで見つけたのか、頭が混乱し、思い出せない。

 キーワードで検索するなどという伝統的な方法は、こういう場合にはあまり役に立たない。
 「超整理法」ではないけれど、われわれの生理的な記憶術はキーワード方式やソフト単位にはなっていない。時間と空間によって「あれはあそこにあった、あそこで見た」と記憶しているのが普通だろう。
 角を曲がればコンビニがあって、駅まで行けば銀行がある、という記憶世界の中でわれわれは現実に暮らしている。
 コンピュータ社会、ネットワーク社会の中で、われわれが生理的に持っている(そして歴史的に構築してきた)空間認識の方法やデータベースのあり方を、コンピュータに合わせて変えようとする必要はない。  ネットワーク社会のありかたを、もっと自然なもの、現実のわれわれの生き方に素直に適合したものに変えていけばいくべきではないか。ネットワーク社会の中でも、銀行や書店は駅前に、バーやカフェはごちゃごちゃと繁華街に並んでいてもいいはずだ。

 現実世界のあらゆる要素がネットワーク上に移築されつつあり、そこでは視覚情報が最も自然なインターフェースとなってきた今、必要とされているのは、アート、エンターテイメント、ビジネス、教育などという伝統的なカテゴリーを取り払った、現実をまるごと包含できるような、ネットワーク空間上の「場」である。

 映像の役割が変わりつつある。そしてアーティストの役割も。

(映像新聞 1997年新年号に掲載)


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