メディアアートと情報戦争 ─ Ars Electronica 98をめぐって

(1998年9月)

草原真知子(メディアアート・キュレーター)



今年も9月はじめの1週間、オーストリアのリンツ市に世界中のメディアアート、メディア論の関係者が集まった。このフェスティバル、アルス・エレクトロニカを皮切りに、ヨーロッパは秋のメディアアートのシーズンを迎える。そして、それらのなかには、情報が人々の生活に何をもたらすのかというアーティストたちの危機感や強い思いが見てとれる。


< Prix Ars Electronica >

 アルス・エレクトロニカは、約20年前、エレクトロニック・アートの世界最初のフェスティバルとしてスタートし、コンセプト性、アート性、社会性を重視した先鋭的な姿勢で世界のメディアアートをリードしてきた。メディアアートの国際公募展とシンポジウムとしては世界的に最も有名で、ここで賞を得ることはこの分野のアーティストにとって最高の栄誉と言えよう。
 昨年は岩井俊雄と坂本竜一やSensorium Project、八谷和彦らが受賞するなど、このところ日本の作品が注目を集めている。今年のインタラクティブ部門には前林明次の作品が入選した。新作や新人作家が期待できるフェスティバルには世界中のキュレーターが集まるので、アーティストにとって重要な場である。例えば、昨年好評だった筑波大学の近森基の作品は、その後世界各地で展示が予定されている。

 誰もがテクノロジーを使えるようになり、マルチメディアという言葉の通り多様な表現の組み合わせが可能になってきた今、作品を従来のようにカテゴライズすることは難しい。この公募展の特色は、既成のネームバリューやアートの枠組みにこだわらず、ローテクから超ハイテクまでジャンルを横断したセレクションにある。
 実際、ミュージック部門の昨年の大賞はサヴァイヴァル・リサーチのメンバーで、機械装置やリモコンを駆使したパフォーマンスで知られるマット・ヘッカートに、今年の大賞は多数の木箱とバネとモーターの組み合わせが振動によって複雑な音響をつくりだす、カオス理論をベースにした作品を制作したペーター・ボッシュとシモーヌ・シモンズに贈られた。どちらも、音楽ともスカルプチャーとも取れる作品である。

 さらに、今年のインタラクティブ部門の大賞は、CAVE(@@)を使ったVR作品「World Skin」。第二次大戦とボスニア内戦の写真から切り抜かれた人物や風景が立て看板のように林立する中をさまよいながら、ポケットカメラで写真を撮ると、撮った部分の画像はプリントアウトされるかわりに、風景からは白く抜けて消え失せる。写真を撮り続けると、次第にシャッター音が爆撃音に変化していく。
 メディアの役割に対する問いかけであり、従来のVRとは全く違うアートとしての可能性を開いたこの作品は、CGデザイナーとして実績のあるモーリス・ベナイヨンとコンピュータ・ミュージックの世界では有名なジャン=バティスト・バリエールのコラボレーションで、音響が重要な要素になっている。

 ネットワーク部門大賞のノウボティック・リサーチの「10_Dencies」は、インタラクティブ・インスタレーションでもある。実はネットワーク部門の準大賞「ポストペット」(八谷和彦)は、もともとインタラクティブ部門のエントリーだったのを審査段階でネット部門に回したものだ。
 私は昨年からインタラクティブ部門の審査委員をやっているが、こうした審査委員間のコミュニケーションとフレキシビリティは、変化の激しい分野で新しい可能性を開いていくためには重要な要素だと思われる。

 アニメーション部門のアートの大賞は、コンピュータを使い出してまだ数年という台湾出身の学生の作品に贈られ、準大賞は森野和馬とハンガリーのタマシュ・ヴァリツキーが獲得した。
 SFX部門の賞が、「タイタニック」を始めとするハリウッドの有名プロダクション作品によって占められたこととは極めて対照的なこの現象は、アートとしてのCGアニメーションの本質ともいえるイマジネーションのパワーと自由な発想が、むしろアジアや東欧から出てきていることの示唆ではないか。
 また、アルス・エレクトロニカに限らずシーグラフでもそうなのだが、このところ3DCGによる優れた抽象アニメーションの多くが 、森野をはじめとする日本のアーティストの作品で、日本のグラフィックデザインの土壌がCGに与えている影響を感じさせる。

< メディアと戦争 >

 アルス・エレクトロニカは、毎年ひとつのテーマに基づいて作品展示、パフォーマンス、シンポジウムが総合的に企画される。シンポジウムはアートとテクノロジーと社会をめぐる先端的なトピックを選び、見解が対立する論客を招いて激論を仕掛けるのが基本方針で、アートに必ずコンセプトを求めるヨーロッパ的な考え方を色濃く反映されている。そして、今年のテーマは「Info War」。メディアアートの国際フェスティバルのテーマとしては、おそろしく大胆であり、日本にありがちな「マルチメディア産業と情報社会」などとは相当に違う。展示も、公募展入選作品と同時に、今年のテーマに基づいてセレクションあるいは委嘱された作品が並ぶ。

 ちょうどその前の週に、やはりメディアアートの国際シンポジウムISEA(Inter-Society of Electronic Art)がリバプールとマンチェスターで開催されたが、そのテーマはさらに過激で「テロと革命」。単に、主催者たちの行きつけのバーの名が「リボリューション」だったから(なにしろビートルズ発祥の地である)という説もあったが、この偶然の一致は穏やかではない。なぜ今、メディアアートと情報戦争やテロリズムが結びつくのか?

 少なくとも日本でCGやマルチメディア制作に関わっている限り、そういう社会的・政治的な話題には縁がない。しかし、このふたつのフェスティバルに出席し、さらに東欧やロンドンを回って多くのアーティスト、デザイナー、マルチメディア関係者に会ってきたなかで、なぜ今、メディアアートと政治あるいは情報操作の関係が問われているのか、輪郭はつかめた。
 衛星放送やインターネットがメディアの重要な部分になりつつある現在、もし、メディアを操作しようとするものがあれば、当然、それらのコンテンツをつくるアーティストやデザイナーは、情報戦争に巻き込まれることになる。あるいはもう、知らぬ間に巻き込まれているかもしれない。

 多くのアーティスト、デザイナーにとって、こういう話はしんどい。
 しかし、デザインや映像、音楽表現が強力なコミュニケーションの方法である以上、巻き込まれない保証はない。うかうかしていると、とんでもないことに加担することになりかねない、という危機感は、ナチスやソ連などのメディア操作の記憶が生々しいヨーロッパでは日本とは比較にならないほど切実である。
 そして一方では、メディアが社会制度まで変えることをつい最近に実証した東欧では、逆にアーティストたちが凄いパワーと自信を持って、アーティスティックで先鋭的な表現をウェブ上に発信しはじめている。彼らには言いたいことが山ほどあり、コミュニケーションが果たす役割、アートやデザインの重要性をよく知っており、そしてインターネットは、才能さえあれば最も安価かつ効果的に自分たちの主張や表現を伝えることができるメディアだと理解しているからだ。

< ネットワークに対する先鋭な意識 >

 アルス・エレクトロニカを特徴づけるのは、その運営の大胆さと、メディア、特にネットワークに対する先鋭な意識である。フェスティバルはアルス・エレクトロニカ・センターのディレクターでアーティストでもある、まだ30代の若さのゲルフリート・シュトッカーと、国営放送ORFリンツ支局の女性ディレクター、クリスティーン・ショフの2人が中心になって運営している。スポンサーはリンツ市である。

 シンポジウムの事前準備としてネットワーク上に特設バーチャル会議室が設けられて、数カ月前から議論が開始される。シンポジウムにはアメリカや中国、ロシアの軍事関係者まで招かれて情報戦争の定義や展望を語る一方で、CNNのピーター・アーネット記者が毒ガス虚偽報道事件以来、初めて公の場に登場し、ポール・ヴィリリオがパリからTV会議システムで、いかにメディアテクノロジーが戦争によって発展してきたかを講演した。
 もちろん若手のアーティストやネットワーカーたちも参加してバトルを展開するわけである。また、シンポジウムの各会議場とハンガリーのブダペストにあるソロス・センターとがATM回線を使ったTV会議システムで結ばれ、ハンガリーから質疑応答ができるという実験も行なわれた。

 アートを狭義のアートの世界に封じ込めず、広い視野から検討する機会を設けること、アートと他の社会を常にリンクしていくこと、また、いろいろなアーティストのグループやハッカー的(本来の意味で)な若者たちに場を提供することで、次の世代を育てていくこと。テクノロジーを積極的に取り込み、アーティストが先端技術に触れる(使える)機会を提供すること。そしてもちろん、国際的な視点。
 アルス・エレクトロニカが20年にわたって声価と実績をあげてきたのは、そういう姿勢が貫かれてきたからではないだろうか。

 今回のInfo Warというテーマの背後には、情報、メディアというものが例えば戦争という形による直接的な影響だけではなく、アジアの金融危機のように、経済や人間の心理を通じて、むしろ戦争以上に現実的な影響さえ人々の生活にもたらす、という認識がある。通貨統合を控えたヨーロッパでは、一般の人々までもが情報が日常生活に及ぼす影響に気がつきつつある。そんな状況はアーティストの自覚を変え、作品にも影響していくかもしれない。


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