幻燈について

 

幻燈葉、1646年にイエズス会士アタナシウス・キルヒャーがその著書に原理を記している。実際には1659年にオランダの有名な科学者ホイヘンスの実験室で制作されたと考えられ ている。


幻燈は今のスライドプロジェクターと同じと考えられがちだが、もともと、スライドという言葉は、 横に長いガラス板に絵を描いて位置をずらせながら上映したために生まれた。


当時の幻燈機は東京都写真美術館にコレクションがある。

「赤ずきん」のスライドの一部。 横にずらしていく(スライドさせる)ことで、次々にシーンを見せる。1900年頃、フランス製

2枚以上のガラスを組み合わせた スリップ・スライド、 メカニカル・スライド など、動きをつくるためのいろいろな工夫もあった。


スリップ・スライドでは、2コマのガラス絵を素早く左右に動かせば2コマアニメーションができる。

黒バックに描かれた動かない絵と、その一部を隠す黒いマスクの組み合わせも、多く用いられた。

映画発明後は、 フィルムもかけられるタイプ も多かった。静止画像のみの今のスライドプロジェクターとはだいぶ違う。

スタンドでビールを飲むと、あら、腹が・・・

手描きの固定画とマスクの組み合わせによるスリップ・スライド。ゆっくりマスクを引けば、しだいにお腹が出てくる。素早く左右に動かせば、腹が出たり引っ込んだりする2コマアニメーションに。 スタンドに1869という年号が見える。 イギリス製。

木こりが枝を切る動作を連続的に繰り返せる。

たぶん19世紀後半のイギリス製

手回しだが通常の速度で映画が見られる本格タイプで、 上の機種には「精巧」「ライオン活動」と書いてある。


箱に入っているのは大正初期のモデルで、大禮記念東京博覧会第一位優良国産賞牌受領  高級最新装置 ハグルマ印活動写真機 幻燈両用 とある。

上から電球を吊るのが「最新装置」なのだろう。

いずれも日本製。

上流家庭で客を招いての幻燈上映風景。

西洋人が中国人の弁髪を掴まえて刀を振りかざすシーンを母親や子供たちが喜んで見ている。 さすが植民地時代、という光景だ。

1858年の"The Illustrated London News"より。

ちなみにこの絵入り新聞は横浜などの居留地を通じて日本にもたらされ、 想像力を働かせた「西洋風景」の浮世絵のネタによく使われた。

家庭用は物語スライドが多かったが、顕微鏡写真や天文学、動物図鑑などのガラス板スライドが大量に制作されて衛生教育や科学教育に使われた。


メカニカル・スライドには、地球と月の関係や太陽系の惑星の運動を見せるものも少なくない。

蚤のオス(16倍)。

当時、人々が日常的に悩まされていた蚤の姿が、画面いっぱいに映し出される!

この図版は広く普及したようだ。

2枚のガラス板の1枚が回転して、月の満ち欠けを説明する。

19世紀はこうした動植物の図版が版画などの形でも普及した。