Utsushi-e  写し絵

江戸から明治の最先端映像エンターテイメント

 
 

19世紀の代表的な映像装置だった幻燈(マジック・ランタン)。

それは現実には見ることのできない風景や物語や知識を人々に伝え、想像力をかきたてるものであり、またコミュニケーションのツールでした。

現在のテレビやビデオ、映画、大型映像、あるいはインターネットのかわりに幻燈機がある世界を、想像してみてください。


今日、私たちはCG、マルチメディア、SFX、バーチャルリアリティなど、ディジタル技術を駆使したイマジネーションの世界を楽しんでいます。

そうした表現や技術の基礎に映画の特殊撮影やアニメーションの歴史があることはよく知られています。

しかし、それは映画によってはじめて出現したわけではありません。

幻燈から映画へ

モノクロの無声映画が登場するずっと以前から、旅回りの幻燈ショーでは、色彩豊かで動きのある映像がナレーションつきで上映されていました。

大仕掛けでイマジネーション豊かな設置型の「ファンタスマゴリア」は、今ならテーマパークの大型映像というところでしょう。

レンズつきの穴から覗き込むと立体的な光景が広がっていたり連続写真が見える装置や、家庭向きのいろいろなアニメーション装置も人気がありました。こうした大衆的な映像エンターテイメントが、映画の発明につながっていったのです。

日本でも、江戸時代に伝わった幻燈から、さらにダイナミックで娯楽性豊かな独自の映像ショーである「写し絵」(関西では錦影絵、島根県では影人形などの呼び名があります)が生まれ、人気を集めました。ヨーロッパでファンタスマゴリアが生まれたのとちょうど同じ時期です。

そこに見られるアニメーション技術や工夫には目を見張るものがあります。

しかし映画にその地位を奪われ、関東大震災と戦災で多くの資料が消失した「写し絵」は、大衆芸能であったために記録も乏しく、急速に人々の記憶から失われていきました。

それを復活させ、音曲つきの昔通りの形で上演しているのが劇団「みんわ座」です。

そして、小さな劇団が自分たちの手で資料を復元することを可能にしたのがコンピュータだったということは、ディジタルメディアが文化に果たす役割を考える上で興味深いことではないでしょうか。

写し絵 ー 日本のファンタスマゴリア

映画100年を機に、世界各地で映像史が注目され、影絵や幻燈から映画、電子映像、さらにサイバースペースまで映像文化を幅広くとらえる動きが広がっています。

「ファンタスマゴリア」にひけをとらない、美しい画像と生き生きした動きと音が織りなす「写し絵」も、世界の映像史の中にページを与えられる時でしょう。

伝統文化を大切にする人々の手によって復元された日本の貴重な映像文化がここにあることを 国内外に知っていただくため、そしてこれからの映像表現と文化との関わりを考える上でのひとつの視野を提供するために、この展示を企画しました。



草原真知子(メディアアート・キュレーター、メディア論研究者 早稲田大学教授)



(このサイトのオリジナルは、1999年、文化庁メディア芸術祭公式サイト「メディア芸術プラザ」第二回企画展として制作されました)


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