写し絵とからくり

幻燈のスライドにあたるものを、日本では種板と呼んだ。 江戸時代にはビイドロとかギヤマンと呼ばれたガラスに手描きで絵を描いたもので、ガラスの大きさは大きくても4cm四方くらい。下の写真にあるように、一つのシーンを構成する一連のポーズが一枚の板にはめ込まれているケースが多い。


写し絵では、「からくり」をほどこした種板が多く使われる。 複数のガラス片を使ったり、画面の一部に墨でマスクをかけたり、糸で仕掛けを施してある種板を、手で操作して絵を動かした。


からくりは人形芝居と関係がある。すでに1662年頃には人形を用いた芝居が人気を呼んでおり、一方では文楽、他方ではより庶民的な「竹田からくり」が発展した。写し絵は、演目の内容だけでなく、そこで使われる技術や上演の方式においても、からくり芝居の影響を受けている。

みんわ座が上演用に復元した種板(上)と、一つの種板上の2コマ.

Photoshopで輪郭線を修復した上で手彩色している。

隅田川の花火の日、主人が花火見物に出かけた後、掛け軸の達磨が絵から飛び出し、酒肴を喰らった挙げ句に奥方(女中というバージョンもある)に手を出そうとする、という、禅の開祖も形無しの 破天荒なストーリーでたいへん人気があった。

達磨が窮屈な掛け軸から抜け出して手足を伸ばす仕掛け。左右手足それぞれを単独で伸縮できる。この種板ではそれぞれの木片自体が手足を隠すようになっているが、普通は、このような仕掛け種板では、別のガラス片に隠したい部分を墨で塗ったもの(マスク)が木枠に嵌めてあり、それをスライドさせる。

「達磨の夜這い」(達磨夜話)の仕掛け種板

写し絵の種板はすべて手描き。ニカワを混ぜた墨で輪郭をガラスの片面に線描きし、反対側の面に透明な顔料で色を塗る。色がはげ落ちたときに補修しやすいための工夫だといわれる。

それぞれのコマはアニメーションのキーフレームに相当する。また、仕掛けも、写し絵を演じる本人でなければ作れない。そのため、絵の素養と小さなガラス片に細密に描ける器用さを備えた写し絵師が自分が使うための種板を制作したが、特に絵のうまい者が他の写し絵師に依頼されて種板を制作する場合もあったようだ。


明治時代に入って、写し絵のネタが幻燈にも使われるようになると、大型・小型幻燈機用の種板が浅草の都楽(三世・四世)の店などで一般向けに売られるようになった。

西洋の印刷技術は幻燈にも応用され、輪郭をガラスにプリントして手彩色したり、黒一色の図柄の印刷に簡便な印刷技術(合羽刷り)で赤や青などの色を加えたり、写真による製版(それに手彩色を施したものも多い)など、安価に量産された種板(スライド)が教育用や家庭用に普及した。

そうして手描きで美しい色彩や複雑なからくりを施した種板を作る技術は、失われていった。

写し絵の復元 ー みんわ座の試み

古い種板は、長い年月使用した間に顔料が落ちたり、ガラスが割れ、傷ついているものが多いが、絵の部分がきれいに残っているものもある。

みんわ座が写し絵の復元、上映を考えたとき、はじめは、きれいな種板をスライド・フィルムで撮影してスライドを作れば、そのまま使えると思っていた。 上映には激しい動きが伴うので、ガラスの種板より、フィルムのほうが安全ということもある。


ところが、できあがったスライドを風呂(幻灯器)で映してみると、元絵の塗料を削って描いた髪の線や、絵の描かれていない透明の部分がねずみ色に濁り、はなはだ具合がよくない。

「写し絵」の特徴である「からくり」では、2枚のガラス絵を合わせて一枚の絵を構成するため、復元したスライド・フィルムの透明部分に濁りがあると、それが2枚分増幅して濁った絵を映しだす結果になる。

フイルムは、透明といっても、微妙な青さがあって、ガラスのように抜ける透明感がないのである。

そこで考えついたのが、写真製版のフイルムで、試してみると、透明部分がフイルムに比べて格段に光の抜けがよいことが判明した。

そこで、コンピュータを使って種板を復元する方法を工夫した。

その手順は、元の種板から撮影した絵をコンピュータに入力する。画像処理ソフトを使って、フイルムの赤や青、黄色の色を抜いていき、モノクロにして黒色で絵を修復し、プリントアウトしたものを写真製版に出す。

その写真製版のフイルムができてくると、そこにあらためて元絵の通り、一枚ずつ彩色していくのである。


一つの作品に使われる絵は、およそ100枚前後の数になる。

5センチ平方の中に、彩色をした一体の人物を描くのである。細密画のような小さな絵であり、それを元絵に近づけて一枚づつ彩色していく。細かい神経を使い、時間のかかる手作業である。