足すことと引くこと ー アートとメディアテクノロジーの今

草原真知子

1999.5 ICC

 マルチメディアはたくさんの情報をそのまま伝えるから、わかりやすい。・・・・多くの人が、なんとなくそう思いこんではいないだろうか。広告などを通じて一般に流布されたこのイメージは、実はマルチメディア最大の誤解といってもいい。
 文字、音声、映像、身体感覚。われわれは確かにマルチメディアでマルチモーダルな世界に生きている。が、外の世界から入ってくるデータ量が多ければ多いほど情報はよく伝わるかというと、それは間違いだ。情報を受け取る方法やチャネル、つまり情報のモードが多ければいいのか?それも違う。ちょっと想像してみればいい。もし膨大な「そのまま」の、つまり生の情報が眼から、耳から、そして身体の刺激として押し寄せてきたら、われわれは情報に圧倒されて茫然自失するだろう。突然の災害やパニックが起こったときのように。
 
 それは脳のはたらきを考えてみれば当然ともいえる。脳は外界から入ってくる膨大な生データの大部分を捨て、必要なほんの一部だけを取り上げる。混んだ街路ですれ違う人の顔がすべて意識に上ったら、あるいは周囲の雑音が常に意識されたら、われわれの日常生活は耐え難いものになるだろう。

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 マレーヴィチの大きな作品の前に立った瞬間、眼の前に広がった白一色の絵の具の微妙なニュアンスが、思ってもみなかったほど豊かな感覚を引き起こしたときの驚きは今も覚えている。それは他のどの美術作品とも違う経験だった。
 それはとても静かな雨の日で、アムステルダムの美術館の大きな一室には他に誰もいなかった。いつもは多すぎる刺激から一瞬、自由になった脳が、その白い画面の持つ情報をフルに捉え、記憶の中にしまわれていた何かにリンクしたのだろう。

 現実空間の一部を切り取ってくること、現実の世界のディメンションを制限すること。それはアートの本質でもある。現実の空間に溢れる過剰な情報を遮断し、モダリティを制約して、その奥にひそむものを抽出する。あるいは「自分」と向き合う場をつくりだす。(注1)真っ白な絵画はその極限のかたちかもしれない。現実の世界に存在する多量の情報を削り落とすからこそ、作品は意味を持ってくる。
 
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 19世紀、人間の空間感覚は鉄道という高速移動システムによって変質し、世界を認識するための新しいモードが生まれた。ナダールが気球からパリの空中写真を撮ったとき、人々はカメラを通じて鳥の眼を手に入れた。リュミエールの撮影隊は日本はじめ世界の辺境から映像を持ち帰った。地上の限られた空間にへばりついて暮らしていた人間の座標軸は、地平線の果て、そして空にまで延びた。
 今日われわれは、自分の目で見たわけでもない青い地球のイメージを当然のように共有し、そのイメージが「グローバル」な思考の共通基盤をつくっている。あるディメンションあるいはモダリティしか持っていなかったものに別のディメンションや情報のモードが加えることで、知覚世界は変化する。

 情報のモードの関係性の再構築やモードの置換によって、新しい視野が開けたり、今までになかった表現が生まれる。音とイメージの相互変換や共生成、都市空間やサイバースペースでの人々のざわめきの視覚化、あるいは人と人との関係性や感情の起伏の空間的な可視化。・・・引いて足す、ことによって、現実の世界では見えにくかったものが見えてくる。(注2)     

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 人間の本来の知覚世界には備わっていなかった情報のモードを可能にしたのは、テクノロジーに他ならない。コミュニケーションの新たなモダリティを求めて開発された技術が、時としてアートとの境界線上にあり、そしてその境界線が揺れ動くのはそのためだ。明確なコンセプトを持つ技術がアートとして評価されたり、アーティストが表現のために開発した技術がスタンダードなシステムとしてさまざまに応用される例は、各所に見ることができる。インタラクティブ・アートや人工生命などの分野に端的に見られるように、システムとしてのアートとアートとしてのシステムは、その最良の部分においてすでに連続している。

 それはまた、アートのパラダイム転換とも密接に関連している。アートというアクティヴィティが、何かを伝える(そして、それによって何かを喚起する)ことに関わってくる以上、メディアテクノロジーとアートとの関係はスタティックなものではあり得ない。アートとテクノロジーの相互侵犯の中での足し算と引き算の繰り返しが、これからのアートに新しい視野を開いていくだろう。
 

(注1)ジェームス・タレルや三上晴子のつくりだす空間を、例として挙げることができるだろう。

(注2)モーショングラフィックスやSensorium、Stelarc、Scott-Sona Snibb、前林明次、Knowbotic Researchなどのアーティストの活動が挙げられる。 


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