ディジタル・アーカイヴの未来


The Future of Digital Archive


2000年11月

草原真知子(メディア論/メディアアート・キュレーター)


Machiko Kusahara, November 2000



 ヨーロッパでは1990年頃からミュージアムにおけるディジタル・アーカイヴの構築と公開、さらに国境を越えたアーカイヴ接続の必要性が論じられていた。CD-ROM「ルーブル」が出版されたのは1994年。翌年にはバーチャル美術館の要素を強めた「オルセー」も出て、ミュージアムのパッケージ版アーカイヴという分野を確立した。ルーブル美術館はウェブサイトも早い時期から成功を収めている。一方イギリスでは1995年に来館者向けの優れたアーカイヴ「マイクロ・ギャラリー」がナショナル・ギャラリーに設けられた。

 ディジタル・アーカイヴが日本でホットな話題になったのもその頃だ。ディジタル化の必要性と利点は以前から自明だったのが急に注目されたのは、データの蓄積に必要な技術的・経済的な基盤が急速に整ったからだ。さらに高精細度ディスプレイの応用分野拡大という政治的・産業的要請にもタイミングが合った。90年代前半までは電子的アーカイヴといえば高価で重い大容量ハードディスクか磁気テープ、動画ならビデオかLD、画質重視なら高価なハイビジョンシステムなどを使うよりなかった。

 現在、国の後押しで京都を中心に展開している日本のディジタル・アーカイヴ事業は、失われる前に伝統美術・工芸・芸能などのデータを保存・蓄積することが当面の最大の目的という。また通産省などのコンテンツ育成支援事業によって浮世絵や日本映画などのアーカイヴ化が進み、その一部はCD-ROMなどで市販されはじめた。

 一方「ルーブル」登場と同じ1994年にスペイン出身のアーティスト、ムンタダスが自分の作品が検閲に遭った経験から作り上げたTHE FILE ROOM(http://www.thefileroom.org/FileRoom/documents/newhome.html)は、古代から現代に至る表現の自由の弾圧に関するウェブ上のアーカイヴで、このウェブサイトでは世界中から寄せられたあらゆるジャンルの情報を受付け、アーカイヴはさらに充実していった。翌1995年にはオランダの女性アーティストが世界中の原爆関連情報を集めたアーカイヴ「ヒロシマ・プロジェクト」を公開。スミソニアン博物館の原爆展示問題に接し、議論には知識を共有できる場が必要だがインターネット上に余計なデータを増やす必要はない、との考えから、このアーカイヴの本体はリンク集だった。

 これらの試みはアーカイヴの未来を先取りしている。やはり90年後半に爆発的に普及したインターネットは、伝統的なアーカイヴの電子的置き換えではない、ダイナミックでインタラクティブなアーカイヴの可能性を示しているからだ。
 「ヒロシマ・プロジェクト」はバーチャル・データベースの考え方に近い。あちこちから集めたデータをデスクトップ上にあたかも一つのデータベースのように表示し、利用する技術の開発が進められているが、それを応用すれば、世界中の公開されたアーカイヴが平等な立場で実質的に互換性を持ち、それらから取り出したデータによって必要に応じてバーチャル・アーカイヴが作れる。これが名画のデータであれば、20年以上前にアンドレ・マルローが提案したミュゼ・イマジネールがパーソナルなレベルで実現するということになるだろう。

 一方、データの体系的な保存と利用のための堅固なアーカイヴは必要だ。が、そこからディジタル・アーカイヴの体系は誰が作るのかという問題が生じている。体系化とは思想の表現に他ならない。もともとヨーロッパには壮大な知の体系の構築への志向が根強く、アーカイヴもそのような志向と無縁ではいられない。また、特に国の文化遺産(ナショナル・ヘリテージ)のアーカイヴ事業には、民族精神の高揚といった政治的意図が絡んできやすい。

 情報が自由に組み替えられ、関係づけられ、更新できるというディジタル技術の特質を生かしたアーカイヴの利用が可能になれば、アーカイヴの読みとり方、使い分け、編集技術などを身につけることがリテラシーの一部になるだろう。そこでは、パーソナルなメタ・アーカイヴを構築することによって、自分の世界観、知の体系を長い時間をかけて築き上げていくこともまた、可能になるはずである。
 
(「本とコンピュータ」掲載)



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