いまどきの電子本事情

Electronic Book Today: on French "Culture" CD-ROMs


(1997年5月)

草原真知子(メディア論/メディアアート・キュレーター)

Machiko Kusahara, May 1997



 昨年フランスで出版されたCD-ROM「近代・現代美術マルチメディア辞典」(dictionnaire multimedia de l'art moderne et contemporain)を見ながら、絶望的な気分になっている。

 4000点近い画像はデータ圧縮を感じさせないほど鮮明だ。項目数は2500以上、1800人のアーティストと200のグループや運動をカバーしているだけあって、横山大観の作品まで入っていてその幅の広さに驚く。作家名や年代のインデックスはすっきりした画面の端にマウスを持っていくと現れ、作品のタイトル表示を消して絵だけを楽しむこともできる。ブラウジング・モードでは、次々に画面に現れる作品の表示時間の長さも選べる。教材にもあるいはスクリーンセーバー代わりにも使えそうだ。音質もいい。センスのいいインタフェース・デザインは、「オルセイ美術館」や「リヨン・ビエンナーレ」などフランスの美術タイトルに共通の要素とも言える。

 憂鬱になるのは、こんなCD-ROMがいつになったら日本で出版されるだろうか、と考
えてしまうからだ。
 審査や展覧会の企画などでヨーロッパのCD−ROMを見る機会が多く、また、行くたびに書店などで購入するが、「文化」のジャンル、特に美術に関してフランスのタイトルの質と量は他を圧倒している。

 それをリードするのはフランス国立ミュージアム連合(Reunion des musees nationaux、ロゴはm)だ。各美術館、博物館が持つコンテンツと企画力のマルチメディア化を推進し、書店(出版元はタイトルによって異なる)から出版・販売するという形で多くのタイトルを世に出す。さらにEUメディア・プログラム(Programme MEDIA de l'Union Europeenne)が後援する場合もある。上記のタイトルの他、ルーブル、ナポレオン、リュミエール、1848/1914(美術・歴史・科学・社会の変化を綴る、オルセイ美術館編)など、ミュージアムショップやパリのFNACには、mのロゴ入りのタイトルがずらりと並ぶ。

 新装なったフランス国立図書館がさっそくこれに対抗する構えを見せ、開館記念展示に合わせて「世界の知のすべて ー 21世紀に向けた百科全書の試み」(Tous savoirs du monde - L'aventure des encyclopedies de sumer au XXI siecle)という野心的なタイトルを刊行した。この開館記念展示には古今東西の稀覯本が眩暈がしそうなほどずらりと並んでいたが、それらのショーケースの間にパソコンが設置されて美しい図版をディスプレイ上で見るようになっていた。ページをめくれない書物の展示の問題点の解決と古書に光を当てることを極力避けるために、マルチメディアを積極的に使っているのが見て取れた。国立図書館は他にも、所蔵する美しいイラストレーションなどの出版を始めている。

 確かに「美術事典」のようなタイトルはミュージアムのネットワークなしにはまず
不可能だし、出版はミュージアムの教育普及活動の一部でもあろうが、フランスの場
合、これは税金を使った文化事業というようなものではない。全世界で25万枚(日本
では不調だったらしい)売れた「ルーブル」やフランス国内で6万5000枚が出た
「オルセイ」を出版したモンパルナス・マルチメディア社の昨年の売り上げは前年比
81ー85%増だ。「文化」もののタイトルは元が取れる。という以上に、フランスで最
もよく売れるジャンルである。モンパルナス社の調査では、これらの「文化・教養」
タイトルのユーザーの平均年齢は45歳。個人の教養というよりファミリー向けであ
るという。

 こういうフランス、あるいはヨーロッパの状況を象徴的に見ることができるのは、企業向けの展示会である。
 毎年2月にカンヌで開催されるマルチメディア・コンテンツの展示会MILIAに初めて日本やアメリカから訪れたマルチメディア関係者は、マルチメディアの概念や市場がヨーロッパではあまりに違うことに驚く。
 映画祭で有名な会場にはもちろんマイクロソフトやアップルといった企業のブースもあるが、出展者の多くはコンテンツを制作する側であり、フランスやカナダのミュージアムや国立図書館、フランス文化省、 EU、そしてガリマールやアシェット、DKなどの出版社や各国のプロダクション、アーティストの団体などが並ぶ。最初の1、2年は見かけたアメリカ、日本、スペインなどの青少年向けゲームやアダルト系出版社は、市場が違うと悟って撤退した。日本からの出展で最も自然に見えたのは「Pop Up Computer」などを出していたアスク講談社だろう。

 例えばグランプリの「ゲーム」部門の予備審査を通ったのは、アメリカから出ていた「モンティ・パイソン」、「ピンク・パンサー」、「クリーチュア」(人工生命を育てる)の3つと、クリオ・インタラクティブ社が制作してフランス美術館連合とカナル・プリュスが出版した「ヴェルサイユ」(フランス革命当時のヴェルサイユ宮殿を再現した歴史もの)だ。ここで求められているのはスピードやスリルではなく、知的好奇心や映像表現力に裏打ちされた遊び心である。

 MILIAは、見本市専門の国際的な企画会社であるリード・ミデムが開催し、今年がまだ4回目だが、コンテンツのみを対象としたフェスティバルとして最初から注目を集め、この分野では世界最大かつ最良の展示会との評価を得ている。グランプリ審査委員や学生作品公募展「ニュータレント・パビリオン」の協力を通じて、その思想だけでなく、欧州のマルチメディア(これはCGや映画についても言えるが)関係公的機関や企業の間の関係が日本とは全く違うことに驚かされた。
 
最初の年にミリアのロゴマークが本であったことに意表を突かれたが(今年からネットワークを思わせるロゴに変わった)、MILIAに肩入れしているのはフランス文化省の視聴覚研究所(INA)であり、通産省(フランスではなんというのか知らないが)ではない。  INAのブースでは昨年まで、CD-ROMによるアート作品を国籍を問わず展示し、ここで出版社に巡り会ったアーティストもいる。
 MILIAの最大の目玉はグランプリと並んで「ニュータレント・パビリオン」で、このスポンサーはINA、EUマルチメディア・プログラム、ガリマール書店などだ。マルチメディア・コンテンツは若手の才能を育て、発掘しなくては伸びていかない、というのが共通の認識であり、そのために審査を通った各国の学生30人近くが期間中招待されて自作を見せる。

 リード・ミデムやカナル・プリュスのような私企業と国や欧州連合の関係も日本とは非常に異なり、共通の目標のために柔軟に連合する。また、ヨーロッパやカナダ、オーストラリアに共通の基盤として、アートやメディアに関する自主的な組織が、どんな小規模なものであっても実績さえあれば国(ドイツやオーストリアでは地方自治体)の補助金や後援を受けて国際的なシンポジウムやフェスティバルを開催できる。
 昨年秋、マルチメディアをインタラクティブな創造のメディアとして問い直す「インタラクティブ・ライティング」というシンポジウムがフランスの文化省と劇作家協会の後援でパリのビデオテックで開かれたが、その主催者はメディアアートのサポートをめざして数人で運営する団体だった。

 マルチメディアのコンテンツを育てる、それを人々が普通に使う(平均年齢45歳
で!)ためには、当然のことだが、作る側も見る側も、そしてそれをサポートするべき行政も、マルチメディアを技術としでではなく内容、表現としてとらえていなくてはならない。またそのためには、技術は当然のインフラストラクチャーとして提供される必要がある。

 書物や良質のアニメーションの伝統を、コミュニケーションの本質まで戻って解体・再構築し、さらに徹底したローカリゼーションによって良質の教育・エデュテイメントタイトルをつくりだしているイギリス、哲学とバウハウスの伝統を感じさせるレベルの高い作品(パッケージよりむしろネットワークやインスタレーションに優れた作品が多い)で知られるドイツ、通信などのインフラ整備の成果があらわれつつあるフィンランドやオランダなどについて、触れるスペースがなくなってしまった。
 ヨーロッパで常に感じるのは、その書物の伝統、中世の修道院にもさかのぼる知識の体系の概念がマルチメディアに自然に流入していること、それをマルチメディアの作り手、出版社、研究者、自治体や国や欧州連合が意識しながら育てていこうとしていることだ。たとえばアメリカの歴史には欠落しているこの思想が、ヨーロッパのマルチメディアのいわば独自性を形成している。

(「本とコンピュータ」掲載)


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