特集:この4年間を振り返る

日本のディジタル表現とアート、エンターテイメント

草原真知子(メディア論、神戸大学助教授)

What has happened to digital image representation in Japanese art and entertainment in the past four years? A summary by Machiko Kusahara, 2000.


 この4年間、CGやバーチャルリアリティなどの基本的な技術に革新的変化はなかったが、ハードやソフトの進歩は質的な変容をもたらした。CGアニメーションなどの映像表現、ゲームやアート作品に用いるリアルタイムのインタラクティブCG、それにインターネット上の表現は、以前は用途も制作方法も違っていたのが、一つに融合しつつある。ウェブ3Dやフラッシュアニメは、ウェブをVRや映像のメディアに変えた。そこには今後、モバイル機器さえ加わるだろう。

 ディジタル映像はわれわれの日常生活に馴染んだものとなり、本当の意味で文化の一部となりはじめた。リアルなCGはもう当然で、アニメやコミックなどの日本的感性に着目したポスト・リアリズムCGに注目が集まっている。一方でハリウッド映画の特殊効果のリアリティはますます洗練され、「マトリックス」のような映画はバーチャルリアリティについての共通のイメージをもたらした。ゲームやSFXやインターネットやバーチャルキャラクターの日常化は、一般のレベルでもリアリティの概念の変化をもたらしつつあるように思える。

 その最も顕著な例は3DCGキャラクターの大衆化という現象に見られる。ゲーム会社がしのぎを削ったおかげで、リアルなキャラクターがリアルに動くだけでなく、ゲームなどのインタラクティブなリアルタイム映像のリアリティも飛躍的に増大した。実際、SIGGRAPH2000で最大の話題の一つだったスクウェアのデモでは、女性が宇宙船の中で眠りから覚めて外を眺めるシーンを、視点を自由に動かしながら見ることができる。揺れる髪の1本ずつまでリアルタイムで表現するのは、PS2を並列につないだシステムだ。4年前だったら高価なグラフィック専用コンピュータでさえ困難だったのが、今はゲーム機でできるのだ。4年前はもの珍しかったバーチャルキャラクターも、今ではインターネットの個人のページに氾濫している。

 バーチャルキャラクター、バーチャルペットの人権(?)は、この4年で圧倒的に認知度が高まったといっていい。大ヒットしたメールソフトPostPetや、「どこでもいっしょ」、ソニーのAIBOなども、ディジタルなキャラクターのバーチャル性を知りつつ、リアルなコミュニケーションの感覚を楽しむものだ。コミックやアニメーションで以前から見られたリアルと非リアルの微妙な境界領域がディジタルに移行したとも言える。そこに今の技術動向を重ね合わせれば、小学生や中学生が人気コミックやアニメのキャラクターを描いて楽しむかわりにリアルっぽい「マイ・キャラクター」とその生活環境を仮想空間につくりだしてウェブやケータイで遊ぶ時代はすぐそこだ。そのとき、空間のリアリティや個人のアイデンティティの感覚はどう変化するのだろうか。

 1996年にメディアアートの世界では最も重視される公募展、アルス・エレクトロニカで大賞を獲得した藤幡正樹の作品が、インターネット、自分の顔をしたアバター、3Dブラウザ、仮想の部屋や概念シンボルに連動した現実空間と物理的な物体など、リアルとバーチャル、アトムとビットにかかわる問題を総合的に一つの環境として提示してわれわれを驚かせたのを思い出す。ディジタル技術が変えつつある世界観や空間感覚の前兆を、アーティストたちは先取りして示してきた。それはアートが社会的に果たす役割の一つでもある。ちなみにPostPetを企画・開発したのも八谷和彦も、コミュニケーションとアイデンティティというテーマにずっと取り組んできたアーティストだ。アートとエンターテイメントの境界線を融合させながら優れた仕事をしてきた岩井俊雄は、言うまでもない。表面的な「アートっぽさ」を追うのではなく、メディアとしてのディジタル表現の可能性を広げていくアーティストたちと、優れたゲームやAIBOなどの商品を生み出すエンターテイメント業界は、ディジタルテクノロジーが日本でもっともうまく開花した例ではないだろうか。


(「本とコンピュータ」第一期終了にあたっての特集に掲載。2000)

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