インタラクティブアートと感覚世界の認知 (前半)

神戸大学 草原真知子

On interactive art, interaction, interface and cognition, by Machiko Kusahara (the 1st half, March 2001)


1. はじめに

 参加者によるインタラクションがあってはじめて作品が成立するのがインタラクティブアートである。完成された作品を鑑賞するという古典的な芸術のイメージとは対照的に、ダイナミックで参加型、双方向型であり、「これがアート?」と驚かれる作品も少なくない。作品の内容や表現も多様で、先端テクノロジーを応用したシステムやポップ・カルチャーを反映していた遊び心溢れるものであったり、ソフトウェア・パッケージやゲームなどのエンターテイメントとの境界線上に位置するものもある。特に日本の作品にはその傾向が強い。アートの概念はそもそも近代市民社会の成立につれて大きく変化したのだが、さらに映像技術、情報科学、電子工学等が加わってメディアアートというジャンルが発展してきた。インタラクティブアートはいわばそのような変化の先端部分に位置するといってよい。(1)
実は上に述べたことからも明らかなように、インタラクティブアートは必ずしもコンピュータあるいはディジタル技術一般の介在を必要とするわけではない。メカニカルなシステムや電気回路、センサ等を用いても実現可能であり、事実、インタラクティブアートという呼称が一般化する以前にも、これらの技術を用いたインタラクティブな作品が存在している。(2)しかし言うまでもなく、現時点でインタラクティブ性を最大限に生かせるのはコンピュータをベースとしたシステムである。また現代社会のキーテクノロジーであるコミュニケーション技術は、インタラクティブアートにとっても、きわめて重要な要素となっている。
本稿ではこのようなディジタル技術を用いた今日のインタラクティブアートについて、なぜ感覚の伝達や再現が重要なのか、そこでは人間の感覚とその認知がどのように捉えられ、どのような方法で実現されるのか、具体的な例を挙げて解説したい。またそのようなアート作品を体験することによってそこからどのような新たな発見があるのか、われわれの感覚世界の再認識あるいは仮想的な感覚の体験から何が得られるのかについて考えてみたい。

2. 感情表現とインタラクション

2.1 アートと感情の伝達

言うまでもなく、一般論としてアーティストにとって感覚や感情の表現は重要だ。アートと一口に言ってもそのイメージするところは人によって大きく違うだろうし、アーティストが表現するテーマも表現様式も多様であり、文化や時代によっても大きく異なる。しかし、人間に感動を与えたり何かを感じさせたり、気がつかせたり考えさせたりするということが時代や様式を超えて一貫したアートの本質としてあるわけで、それを支える基本的な要素として、五感を用いた周囲の世界の認知、個人とその周囲の世界との関係性、それによって生じる感情といった要素を挙げることができる。
伝統的なアートでは、アーティストが感じ取ったそれらの要素が再構築され、表現されて、観る側に何らかの感情や思考を引き起こすが、それによって作品が変化するわけではない。変化が生じるのはあくまでも観客の内面に過ぎない。ところがインタラクティブアートでは、作品に触発された観客の感覚・感情・思考・行為が作品にフィードバックされて作品の最終的な表現形態に影響を及ぼし、変化させる。具体的には観客の反応によって映像や音が変化したり生成されたりする。すなわち感情の伝達や感覚の表現・再現は、インタラクティブアートでは双方向であり、作品自体の表現にかかわる直接的な重要性を持つことになる。
たとえばストーリーテリング(物語)を例に取ると、ノンインタラクティブな映画では、主人公が気づかずにいる危険に観客が気を揉むといった手に汗握る状況でも、観客がストーリーを変えることはできない。ところがインタラクティブ・シネマではユーザが物語の主人公に投影する感情(同情、反発、etc.)や対応、物語世界の中の状況判断がフィードバックされることによってストーリーが展開する。文字通り「手に汗握る」度合いでストーリーが変わることも、インタフェース次第では可能である。もう一歩進めば、アーティストが用意した物語世界に入り込んだユーザが他の人物や周囲の環境と対話や五感を駆使した情報のやりとりを行い、それによる感情の起伏や身体的行動が発生することによって、ユーザ(あるいはそのアバターやエージェント)をその中に含んだ物語世界が進行していくという形態に行き着くことになる。(これがバーチャルリアリティ環境で起こるというのがハリウッド映画でお馴染みの設定だろう。)

2.2 コミュニケーション

感情のやりとりを含めたコミュニケーションの流れは、時間的な要素がないと表現しづらいテーマであるため、絵画や彫刻といった分野よりむしろ、文学や演劇、映画、ビデオ作品などの分野で重要な主題となってきた。しかしこれらの形態も、あらかじめ作者が用意したコミュニケーションの流れを見ることしかできない。(3)それに対して、インタラクティブアートでは、観客がコミュニケーションの当事者となって、作者の意図したテーマを体験することができる。
実際には、インタラクティブ作品のコンテンツとしては、物語世界よりもむしろ、コミュニケーションそのものをテーマとしたものが多い。その理由の一端はインタラクティブでしかもインパクトのあるストーリーを作ることの難しさにある(むしろインタラクティブ性を排除して効果的にストーリーを語った方が確実に強い印象を与えられる)が、より根本的な理由として、インタラクティブ性は対話、すなわちコミュニケーションそのものだということがある。言い換えれば、インタラクティブアートとは本来的にコミュニケーション(あるいは、意図的なディスコミュニケーション=コミュニケーションの断絶によって逆にコミュニケーションを意識させる場合もあるが)に基づいて成立しているアートの形態である。つまり、インタラクティブ性に注目し、そのような作品を作るアーティストの多くは、もともとコミュニケーションというテーマに関心を持っているからこそ、そのような形態を選んでいるとも言えよう。
インタラクティブアートには、コンピュータとインタラクティブ・インタフェースを介在させることによって、日頃の常識を超えたコミュニケーションを可能にしたり、普通は気づかないコミュニケーションの諸様相をあぶり出して、驚かせたり笑わせたり考えさせたりする作品が少なくない。新たな発見をもたらす、というアートの機能からいっても、論理的な会話や書かれた文章のように合目的的な整理されたコミュニケーションよりもむしろ、表情や身振りや視線の動きや声音や生理的変化などの身体情報、コミュニケーションそれ自体が目的となっている無目的な対話など、われわれが日常的・無意識的に利用しているコミュニケーションのさまざまな要素がインタラクティブアートに取り込まれているのは、当然の結果とも言えよう。そうした中で、文字情報や既成のGUIに頼るのではない、感覚や感情の直接的なインタラクションを可能にするシステムが求められるのもまた当然である。

2.3 インタラクションとインタフェース

インタラクションのためには、ハードウェアあるいはソフトウェアとしてインタフェースが提供されていなくてはならない。たとえば家庭用ゲームの場合、ゲーム機本体に用いられる入出力装置は一般性のあるものに限定されており、ゲームにおけるインタラクションはそれらの既存のインタフェースを用いるような形態にデザインされる。一方アーケードゲームでは、各ゲームのコンテンツに即した特別なインタフェースが用いられる。たとえば釣りゲームなら釣り竿、ダンス・シミュレーションならその上で踊るためのマット、などの専用インタフェースが開発・使用される。
インタラクティブアートについても同様のことが言える。CD-ROMやインターネット上で提供される作品の場合は通常のパソコンの入出力装置やブラウザで閲覧可能でなければならないため、インタフェースはそれらに適合したプログラムあるいはビジュアルなデザインとして用意されることになる。一方、インスタレーションとして個別に展示されるものには、このような制約は当てはまらない。作品に合った適切なインタフェースやシステムを選択・利用するだけでなく、コンテンツに即したインタフェースをハードウェアあるいはソフトウェアとして設計したり、ビジュアル面においてもそれらを空間的なデザインとしてトータルに演出することによって、作品のコンセプトを強調したり、インタラクティブ性、アート性を強めることができる。
先に述べたように、インタラクティブアートでは感情や感覚の励起・創出・可視化・伝達のプロセスがきわめて重要な役割を持つので、より直接的・非言語的に人間の感覚や感情、反応を扱えるようインタフェースに工夫を凝らした多様な作品がある。(2)そのような作品では観客(ユーザ)の感情や好み、思考パターン、反応や行動が音声認識や脳波分析、ビデオカメラからの画像解析などを駆使したインタフェースによってシステムに取り込まれ、システム側から返ってくる結果や、時には他のユーザの反応とのインタラクションを起こしつつ、状況が推移する。作品とは、そこで生成される映像や音声だけでなく、そうしたインタラクションや観客の反応すべてを含んだ、プロセスと結果の総体を生み出すシステムそのものである。
そのような作品はしばしば、アートとしての意味合いだけでなく、インタラクションのあり方やインタフェース・デザインの点で注目される。というのは、現実世界の中での人間の喜怒哀楽のような自然な感情や身体感覚・身体表現、さらにそうした感情や感覚の微妙な揺れを捉えてコミュニケーションや可視化に使うことは、これからの情報社会に必須の技術として求められており、研究が進んでいるが、感覚の個人差や社会的・文化的要素といった問題もある。いつでも誰にでも適合する実用的システムを構築するのは容易ではない。ところがアートに要求されているのは実用性や汎用性ではなく、むしろ、象徴的な状況を創出したり、特殊な経験を通じて、ものごとの本質を端的に感じ取る場を提供することである。だからこそアーティストたちは直観や大胆なアプローチや意外なアイディアによって新たな可能性や問題点を提示することができるのであり、インタラクティブアートの持つそのような作用は、技術の人間的側面や社会的役割を考える上でもっと重視されるべきものである。

2.3. 技術的制約

アート作品において、コンテンツ及びそのビジュアルな表現方法が重要であることは当然だが、その実現には常に技術的制約が伴う。(3)
インタラクティブアートの場合、システムと観客の間にインタラクションが成立するためには、適切なインタフェースと同時に、基本的にリアルタイム性が要求される。そのため、アーティストが実現したいと願う映像の質とリアルタイム性とのトレードオフが生じるケースは少なくない。 その意味で、コンピュータの処理速度や記憶容量の増大だけでなく、通信技術や画像・音声圧縮技術の近年の飛躍的発展の意味するところはきわめて大きい。「Webアニメ」という言葉が最近よく聞かれるように、インターネットは映像・音声のリアルタイム・メディアとしても認知されつつある。90年代前半には通信上はもとより、パソコン上のリアルタイムグラフィックスとしても限られた画像サイズとフレームレートでしかできなかったことを考えれば、技術革新によるインタラクティブ性の質的変化が実感できる。一方、バーチャルリアリティ技術や複合現実感技術などが可能にする非現実世界の可視化や現実と仮想空間の対応づけは、イマジネーション世界の現前や、時空間やアイデンティティの冒険や再確認といった芸術の普遍的テーマを実現するものでもある。

(2001年3月)


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