都市の上空を吹く風 - ノウボティック・リサーチ展評 -


メディアアート・キュレーター
草原真知子


The Wind that Blows over a City
- On Knowbotic Research Exhibition at Canon Art Lab. -

By Machiko Kusahara (October 1997)


 
 3年前、ノウボティック・リサーチのメンバーと同じ列車で旅をしたとき、パニーニの絵の持つ時間的・空間的な複層性についての解釈を聞いたことがある。
 たぶんそれは彼らの根底をなす概念なのだ。ちょうどキュリオリシティ・チェンバーがヨーロッパの知の体系の3次元的表出であったように、時間と空間の複層的な抽象化をグローバルな規模で具現するためのメディアがバーチャルリアリティやインターネットであり、そこでは都市は現実であると同時にメタファーあるいはインタフェースである。

 今回のプロジェクトでは、市川創太の分析に基づいて新橋・銀座一帯という現実の都市空間が3つの抽象化レベルで再構築される。このエリアの地形図を縮小したギャラリーの現実空間では、人は位置センサー付きの無線機を手に、ストロボが不可解な点滅を繰り返す中をさまよう。
 一方、コンピュータ画面にはこのエリアが抽象化された存在として広がり、そこに表れるエネルギーフローに対してさまざまな干渉を加えることができる。さらに類似度探索エンジンが無線機から得られたデータとネット上のアクセスを分析して、仮想空間に網の目のように広がるフロー分布モデルを日々生成していく。

 10_DENCIESとは、密度や量を表すデンシティと傾向・影響関係を表すテンデンシーをかけた造語であると同時に、情報の入出力(IO)であり、われわれと都市の関係の抽象化の方向を指し示す。
 現実空間を流動するエネルギー場の描くパターンは、都市とその頭上に広がる通信空間に漂う意識の断片をからめ取り、体系化しようとする。抽象化されたフローの変化や電子的な網の目はとても美しい。しかし、これらのフローが現実とどう関わるのか、見知らぬ人々との相関性がどのような意味を持つのか、それは明らかにされない。

 銀座の歩行者天国の上に浮遊するユートピアと、汐留の地中へと逆行する遺跡・過去。
 彼らが選んだこのエリアは、浜離宮や築地の魚市場をも含め、東京の持つ多様なベクトルを凝縮した空間である。但しそこには都市の一つの要素である住人が欠落している ー ホームレスの人々を除いては。
 そして仮想のエリアを歩き、仮想のエネルギーに干渉する観客=参加者の多くは現実の汐留や浜離宮に足を踏み入れたことはない。ボルヘスの物語のように、地図が現実を置き換え、覆い、独自に進化していく。

 ノウボティック・リサーチは、おそらく転換期にある。現実の都市空間を対象としたことで生じた一種の異物感こそが、現実と仮想空間との関係性を正しく構築するためのたぶん重要なステップであり、これからのノウボティックの方向性を指し示す手がかりなのかもしれない。


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