谷 昌親(たに まさちか)

 

1955年9月17日、東京生まれ*

早稲田大学教授**

専攻:フランス現代文学・映像論

◇◇◇

1980年 早稲田大学第一文学仏文専修卒業

1980年 早稲田大学文学研究科入学

1983〜1986年 給費留学生としてパリ第3大学に留学***

1987年 早稲田大学第一文学部文芸専修助手

1987年 パリ大学第三期課程博士号を取得

1990年 早稲田大学文学研究科博士後期課程を満期退学

1990年 早稲田大学法学部選任講師

1993年 早稲田大学法学部助教授

1999年 早稲田大学法学部教授

                                      * 東京生まれだが、両親はともに佐賀出身。

                                     とはいえ、佐賀には3度ほどしか行ったことがなく、

                                     故郷と呼べる場所がない。

                                               **  大学に入ったときは、

                                      こうしてその後もずっと早稲田に通うことになるとは、

                                      思ってもいなかった。

                                      実は、高校も早稲田の近くなので、

                                      そのころから、ずっと高田馬場周辺をうろついていることになる。

                                  ***   東京で生まれ、東京で育ったので、

                                      別の土地で暮らすという経験はこのときがはじめてだった。

                                      そういう意味でも、この3年間は印象深い。

 


【都市をめぐる私的雑感】

  都市を歩くことにある種の喜びを見出すようになったのは、いつごろからだろうか。もしかすると、歩く前に、まず読書があったのかもしれない。たとえば、萩原朔太郎。そしてまた、ランボー。彼らの詩をなぞるようにして、都市を歩こうとしたのかもしれない。歩くことで、自分のなかの停滞した領域に揺さぶりをかけようとしていたようにも思う。だから、多くの場合、それは目的の定かならぬ遊歩であった。

 本来は出不精でありながら、何度か引越しをしているのも、そうした遊歩好きと無縁ではないのかもしれない(もっとも、実際には、必要に迫られての引越しであったのだが)。その結果として、いまは新大久保のあたりに住んでいるが、これはまた、歩くたびに自分の思い込みが打ち消されてゆくような、きわめて奇妙な界隈だ。

 まず言えるのは、様々な層が重なりあって、この街を作りあげているという点だろう。西新宿の高層ビル街が目に入る場所でありながら、すでに江戸時代からその地名を地図に残し、その名残のように、いまも昔ながらの鉄砲隊の実演披露や大名行列の再現が祭りの季節にはおこなわれる。そして最近では、とりあけアジア系の外国人が集まる地区でもある。街を歩いていると、韓国語や中国語が頻繁に耳に入ってくる。たまには、黒人の話すフランス語も聞こえてくる。自分が日本人に属するのは、それこそ偶然以外のなにものでもない、そう思わせる街だ。   (未完)