...
早稲田大学人間科学部

...が
と、思っていたのですが、この文書作成後、大 学から学部報への寄稿依頼があり、ちょうど内容が適合す るので本書第2章の冒頭の一部を(学内報に合うように) 少し改変して転載させていただきたく思います。この点に つきましてあらかじめご承知おきいただきたくお願い申し あげます。

...を期待しているのか?
もちろん、それが私になった のは、その企画を話していたときにたまたま隣にいた男が 「中村さんならアメリカに行くし、暇じゃないですか?」と 言ったからであって、別に「余人を以て代え難い人物」とし て私が指名されたわけでもないのだが、やはり私が書く以上 誰が書いても同じというようなものは書きたくない。ここが 難しいところだった。

...著作には絶対にならない
といっても、たぶんこの連 載は私がどんなに一生懸命に頑張っても21世紀まで影響を保 持するともとても思えないが…

...ブルがある
ただし、厳密に言うと、もしかしたら通 信衛星を介しているかもしれないので、「ケーブルで物理的 につながっている」とは言えないかもしれない。

...付し
「送付」というほど手間なことではないので 「保存」というべきかもしれない。実際、そのデータの解析 結果のファイルは物理的にはこちらの大学には全くない。

...あれば日本にいても可能であった
もちろん、それが できなかったから、私が来るまで進められていなかったので あるが…

...た
実の所は2回預けたが設定がうまくいかないとい うことで、結局のところは私が自分でマニュアルをみながら 問題点を指摘して具体的な対処を依頼した。

...は寝るしかない
しかたなくテレビを見たりして、お かげでフットボールを見る癖がついてしまった。

...い
具体例を挙げよう。コンピュータで文献検索がで きるようになって、画期的に便利になった。おかげで、新し い仕事に着手する際に関連文献を迅速に入手できるようになっ たし、研究すべき問題点を発見するのも容易になった。しか し同時に、それができるからこそ、たくさんの文献を踏まえ てない研究論文はそれだけで信用されにくくなる。そして、 私たちは溢れんばかりの文献に目を通す努力をする。ところ が、40年前の学者に比べて私たちに文献を読む時間が十分に 与えられているかというと、そんなに増えたとはとてもいえ ないはずだ。当然のことながら、「たくさんの文献を網羅す る学者」は「比較的少数の文献しか参照しなかった(かつて の)学者」に比べると、一つ一つの文献理解に費やされる時 間が少なくなる。いきおい、Abstractだけを読んでわかった 気になる場合もある。これは、我田引水の解釈を導く危険が ある。何よりも、論文解釈における「論議」の重要性が軽視 される傾向を助長する。
別の例として、統計処理が挙げら れる。コンピュータ技術の進歩によって、様々な統計処理が 容易に行えるようになった。これによって、その意味を深く 知らなくても「解析」ができるようになってしまった。「そ の原理を理解すること」と「その計算手順を実行すること」 の両者が混同されて共に省力化されてしまったため、「原理 を理解すること」がとてもわずらわしいことのように思えて しまうこともある。最近では「中心極限定理」どころか「正 規分布」の意味さえ知らない大学院生がいても全く驚くべき ことではないほどで、そうであったとしても、作図や文書作 成のツールと相乗して、(その意味を知らない者であっても) 簡単に結果が出せてしまうようになるのである。
もちろん、 現在行われている研究のほとんどは、きちんとした手続きに 従ってデータ解析がなされ、きちんと文献を踏まえた上で論 議が行われていることはいうまでもない。しかし、このよう な便利さが「深遠な思考」の余裕を生み出してきたかと問え ば、誰しも否定的になるのではなかろうか。「誰もができる こと」だからそれが「やるべき当然のこと」になってしまい、 「研究」=「コンピュータの前で行う単純作業」と感じる初 学者もでてくるかもしれない。

...でいる
連載企画の主旨とは異なるかもしれない。

...出張から戻ってきた私
正確にいうとその朝1限の授 業を終えて部屋に戻った私。

...近くに積み上げられた郵便・書類の山と150通ほどのメール
前回述べたことであるが、95,96両年に私が送受し たメールは月平均245通であり、そのうちの約40がコンピュー タ管理、35が研究交流、20が事務連絡となっていた。当 時私は学部内のコンピュータシステムの管理の仕事をしてお り、helpersとかadmと呼ばれるメーリングリストに登録され ていたので、それらに関する全てのメールは否応なく私の手 元に届くことになる。このようなメールの多くはあまり重要 ではないのだが、それでも学部のコンピュータシステムの異 常やユーザーからの質問などには、業務上目を通す必要があっ た。また、そのころちょうど、大学のネットワーク内でwww (ホームページ)のサーバー立ち上げに関するガイドライン が検討されていて、そのメーリングリストでのやりとりも届 いていた。もちろん、通常の研究/業務連絡のメールもいつ ものように読まなければならない。

...大学の本部システムに関する50通ほどを削除する
い つもは、一応目を通すのだが、このときはできるだけ中身を 見ないようにしながら「削除」した。と、思っていても、見 出しに惹かれてついつい中身を覗いてしまうものもあった。 現時点で残されているファイルを見たところ、その日に読ん だものが1件だけ残されて(すなわち、読んで)いた。

...発信元の主なグループとしては、「wwwメーリングリスト」
前記脚注参照。

...解析グループ」
早稲田大学運動生理学実験室に設置 された自転車エゴメータを中心として、「ペダリング動作解 析」を行う研究グループ。メンバーの多くが学外の研究者の ため、メールでの情報交換が基盤となっている。

...約6秒)、6件の返信に約60分(一件あたり約10分
こ れは、ただ「返信文を書いていた時間」だけではなく、「読 む時間」、「フォルダーに保存する時間」、「発信メールを 開いてフォルダーにしまう時間」なども(わずかとはいえ) 含まれている。

...1行だけのacknowlegementの返信であれば1分以内
それでも30秒以上は確実に消耗する。

...の平均の同時送信者数
例えば、100人が所属するメー リングリスト(つまり、常に1通のメールが100人に送られ る)の「受信総数/送信総数」比は100となる。

...て本当に「便利」というだけで済むのかどうかは疑わしい
少々脱線するが、山形で学会があったおり、会場か ら駅まで乗ったタクシーの運転手さんに「新幹線ができて便 利になりましたね」と話しかけた。ところが、意外にも「便 利なもんかね」という回答。尋ねると、埼玉に親類がいて、 手軽にいけるようになった(と思われた)分だけ、何かと行 く用ができて、かえって忙しくなったとのこと。もとより、 新幹線ができて交通需要が増大することは当然のことである が、その需要増大率と所要時間の短縮率を掛け合わせた数値 が増加したのだとしたら、国民はJRに対して(金銭だけで なく)余暇時間の総量も余分に寄進することを意味している。

...ループで、前者が(c)ということになる。
あまり適 切な例とはいえないが、たとえば、同室の仲間から電子メー ルをもらったときに、「ふざけるな、直接話せ」と憤る人は 後者であり、同じ部屋あるいは建物内での対話にメールを使 用することに積極的な人は前者である。

...な2つの雑誌に刊行された論文数
5年毎の巻の目次 から論文数を数えた。ReveiwもCommunicationも含まれるが、 Letters to Editorは含まれていない。

...「総論文数」の推移を示す必要があるのだが
実は、 そんなことは全てが電子情報化された現代ではいともたやす く得られるものなのであろうが、私が知らないのでここに示 せないのである。

...ものはついでと、各巻の論文をそれぞれ20件ずつサンプル
Reveiwを除く。

...Margaria以来の研究の流れ
といっても、その「流れ」 は自分で規定するものであるが…。

...今ではその文献データベースの件数は400件程度となっている
ただし、1994年以降は、刊行される関連論文が急増 したにもかかわらず、そのほとんどを読んでいない。そのよ うな「読まれない論文」が増えているのも最近の特徴だと思 うのだが、これこそ欄外の余談。

...引用が全くなくても論文が書けるはずなのである
な んと、今のJAPからはとても想像できないことであるが、 1975年のJAP(vol.49)には、引用文献が全く無い論文が掲載 されている。

...た
じつは、実際にその論文を読もうと思うと、図書 館まで出かけてコピーしたりリクエストしたりしなければな らないので、「取得」自体の手間が省力されたわけではない。 全文データベースが普及すれば、「物理的コピー」が不要で、 研究室から動かずに「入手」できるという考えもあるが、私 たちが「コンピュータ画面」や「テキストのプリントアウト」 よりは「物理的な雑誌の版面」を好む傾向はまだまだ続くだ ろうというのが私の直感である。

...れるのである
図3を見る限り、引用文献数の年次増 大は1960年代から直線的であるから、1990年代からの電子文 献検索の普及が引用文献数を増大させるというわけではない が、引用文献増加の趨勢を感じるのは私だけではないだろう。 アメリカの「Science」誌では、Research Reportsについて、 本文は2500語以下、引用文献数は30以下と規制している。こ のような投稿規定による規制は今後増えていくことであろう。

...農学部の図書館
それが農学部だったのは、その先輩 が農学部の大学院生だったからである。

...ヒットした文献の関連文献まで表示させることができ
もちろん、それに深入りするとその分たくさんの時 間を消費する。

...ていたのだが、いざ集計してみると意外と少なかった
一日平均一時間以上も電子メールを利用しているこ とを思うと、如何にも少ない。

...3+問4)]
どの程度の論文コピーを「積むだけで なく読んでいる」か(「読まずに積んでいる」の逆)。

...連載も中盤にさしかかり、「ここら辺でちょっとひと休み」
自分で注を入れるほどアホらしいことはないが、こ れは、「ジョージアでひと休み!」をもじったものである。

...エディターにLaTeX
レイテック、あるいは、ラテフ。 文書処理用のソフト。まあ、パソコンのワープロのようなもの。 後述。

...して、本文だけを杏林舎に電子メールで入稿する
7 月号の編集後記には「○○書院にも電子メールがあったら…」 と嘆かれていたが、じつは体育の科学の原稿は、電子メールで 入稿できるのだ。

...られるが、どこで入手できるかは定かではない
ちな みに、Windows版は書籍として売られていた(「TeX for Windows」、インプレス)。

...ない
というよりも、もともとLaTeXはワープロなの ではなく、所定の記述に基づいた文書を組版処理するためのソ フトであるから、スペルチェックなどの「機能」が付くはずは ない。もしその「機能」をつけるとしたら、「LaTeX用のソー スファイルを編集するエディターに付く」というのが正確な言 い方である。

...も山本君は、この原稿送付の過程では単なるルータ
ネットワークの出入口にあって、交信される情報の行き先を 定めるための通信機器。

...この実験の被験者は現在の所26名
私の帰国時には29 名となり、その後も続いている。

...称である
市川・大橋著「SASによるデータ解析入門」 東京大学出版界, 1987, p.165。

...出かけた
ちなみに、彼の研究室と私の研究室は同じ 建物の1階と3階というだけで、出かけるのがおっくうな距離 ではもちろんない。

...四畳半ほどの彼の研究室は、いつも書類が床まで溢れている
たぶん彼は、プロジェクト毎に仕分けて床に「置い ている」つもりだと思うのだが、私の目には、机に重ねきれな くなった書類が床に散乱しているように見える。

...送付されたデータをよくよくみると、奇妙な欠損値
心拍変動スペクトルの低周波成分があるのに高周波成分が欠 損値になっていた。普通に解析している限りは、そんなことは あり得ないのだ。

...いに来た
信じられないことに、彼らは毎昼10kmほど も走っているのだ。

...溢れる書類をごみ箱に捨てるように
実際、彼はその 解析結果を即座にごみ箱に捨てた。

...ての雰囲気を感じさせる用語だ
英和辞典には「(古 人が想像した)大気外の精気。霊気。」とあった。

...まず、大きな分類として大学で行っている教育(ゼミ)
最初は講義科目についても頁を設けようとしたのだがあきらめた。

...がLaTeX
レイテック、あるいは、ラテフ。文書処理 用のソフト。Chapter 7 (10月号)参照。

...LaTeXに変換するために必要な膨大な時間
たぶん丸 1日くらい。

...ためのツール(la
じつの ところ、このlatex2htmlのインストールに7日以上を費やした。 私がUNIXのツールのインストールに馴染んでいないのが主因で あるが、このツールのインストールのためには他にも様々なツー ルが必要で、それらをひとつひとつ確認しているうちに、シス テム管理者でなくてはできない事項に直面し、袋小路をさまよっ たことなども原因している。自分が思い望むようなコンピュー タのシステムを利用するためには、自分自身がその管理者にな らなくてはいけないということを実感したのも、この期間の成 果であった。

...かできないのか」と、叫びたい気持ちになってしまうのである
そんなときかかってきた電話を、魔が差したように 取ってしまったことからこの連載が始まったということは、連 載冒頭(4月号)に述べた。

...た
ジョージア滞在中に「ジョージア日記」というペー ジを作り、思いついた様々な事柄を載せたのが始まり。

...くて記入・更新ができなくても
実際、在外研究終了 後の1997年10月には全く何もできなかった。つまり、その間に 起こった様々なことや、様々な思いは、自分の「雑記帳」には 記入されていてもホームページには記されていない。

...ジは自由に無理なく手がけるのが一番良いやりかただと思う
そういう意味では、論文と同じで、「期日に間に合 わせて書く」という学内紀要の論文よりも、熟柿がぽとりと落 ちるように執筆された学会誌の投稿論文の方が健全なのだ。 ましてや、毎月の「連載」などと無理矢理絞り出すのは、ここ に掲げた私の理念には反する。じゃぁ、なんでこの連載を書い ているのかって?まあ、例外と言うよりは妥協の産物さ。

...つまりこれは、LaTeX
レイテック、あるいは、ラテ フ。文書処理用のソフト。Chapter 7 (10月号)参照。

...した文書をHTML
ホームページの文書書式。

...するためのツールである
日本語版のパッチは jlatex2html (ftp://qed.laser.ee.es.osaka-u.ac.jp/pub/jlatex2html/jlatex2html.tar.gz)。

...全文を変換して更新掲載している
実をいうと、執筆 時にすぐ変換更新する方が容易だし無理がないのだが、「体育 の科学」誌の掲載基準に抵触するため、刊行後に順次 更新することになった。

...ホームページが「作成文書の分身」
「分身」につい ては前章(12月号)参照。

...忘れないうちに
じつは、前々章(11月号)の「デー タ処理」のところで付け加えるのを忘れていた。

...タの多種多様なグラフを作成できる」
矢吹・大竹著、 「使いこなすGNUPLOT」、テクノプレス、p.1。

...理内容(プログラム)が記載されていて、データ
デー タはそのディレクトリのdatというディレクトリの中に所定の 形式で保管されている。そこにはコンピュータで取得された生 データもあるし、手作業で取得入力されたデータファイル(例 えば、心理テストのスコアなど)もある。

...析処理もその統計処理
例えば、mean.sasとか anova.sasというプログラムを記述しておけば、その統計解析 結果も即時に得られる。

...と入力するだけでその時点での結果
平均値や個別の データだけでなく、統計解析の結果も出力可能である。

...にやってしまうのだ
ただし、私は論文の執筆頻度が 少ない(というよりもほとんど論文を書かない)ので、README の中には論文印刷コマンドは入れていない。

...をconvertやnetpbmなどのツールを使ってGIF形式に変換すれば
と、「使いこなすGNUPLOT」に書かれていたのだが、 私はそれらのツールを使ったことがないので詳しくはわからな い。

...ぬ人との交信もよくあるし
それこそが電子メールの 利点だという見解もある。

...き記号の集積へと変化する
じつは、「データ」にす る時点で、その「記号化」は完了しているともいえる。だから こそ、それを「処理」するはずのコンピュータが、インターネッ トの世界へのインターフェースとして機能できるのだろう。

...切り替えるように容易に選択できるのである
じつは、 「ペーパーレス社会」というのは、単に視覚に訴える前段とし ての「物理的な紙」をなくすというだけでなく、視覚をインター ネットというメディアに釘付けにするという副次的意味をも包 含している。だから、完全なペーパーレス社会が達成できない のは、そのようなメディア支配への抵抗心の反映なのではない かと私は考えている。

...生身の人間関係だけが学者の評価基準であるならば
じつは、この言明は微妙なのである。というのは、じつのと ころは、「出版」というのは「生身の人間関係」というよりは むしろ「メディア」というべきものなのであって、現代ではほ とんどの場合、学者の評価基準は(生身の人間のつきあいを通 した「人柄」などの評価よりも、出版メディアを介した「論文 業績」などの評価の方が望ましいと考えられるという意味で、) 出版というメディアに依存しているからである。

...トこそ本流になるかもしれないのである
つまり、前 注のように従来の評価基準であった「出版」が単なるメディ アであるということを受け入れるならば、それが「インターネッ ト」に切り替わるかどうかは、単に、メディア間の権力争いの 問題へと転換できるのである。

...会を与えて下さったのだ
原稿提出の際私はジョージ アにいたのだが、ちょうどその頃(2月初旬)に別の用事で一 時帰国していた。

...何も残らなくなっちゃう場合もあります」
この発言 は全て私の記憶に依存するので、本当の発言内容とは異なるか もしれない。

...「編集権」
「編集権」とは一般用語ではないかもし れないが、もともと「編集」とは既存の作品を取捨選択して配 列する過程で編者の主張を表明する営為なのであり、「その誌 面を利用して何を主張(媒介)するのか、そして、そのために どのような誌面を構成するのか」ということは、編集者に委ね られた固有の権利だといえる。前号の脚注(16,17)でも触れた ように、科学者は自己の(世界での)業績評価の基準として、 生身のつきあいや現実世界での評判よりも、学術誌というメディ アを介した「論文業績」の方が望ましいと考える傾向が強い。 したがって、科学者は学術誌の編集者(一般的には科学者仲間 から選ばれた「編集委員」とその指名を受けた査読者)に対し てある意味で業績評価を委ねているわけである。したがって、 科学の世界においては、著者の力よりも編集者の権力の方が強 くなるのだ。

...誌では、Editorial
``The internet and the journal.'' NEJM, Vol. 332, No. 25, 1709--1710, 1995.

...大学
Global Health Network (GHNet; http://www.pitt.edu/HOME/GHNet/GHNet.html) という健康関 連では有数のホームページを開設していて、その中には、The Physical Activity and Health Network (PAHNet; http://www.pitt.edu/ pahnet) という身体運動関係の ページもある。

...editor-in-chief
``Exercise Science and the information superhighway: It's time to start running in the fast lane.'' MSSE, Vol. 28, No. 7, 931--934, 1996. このLetterでは、インターネットの普及とPAHNetの内容が紹 介され、(じつのところ、何を質問あるいは主張したいのかは 明示されていないのだが、)「学者仲間の情報交換や『投稿− 査読−出版』のプロセスをインターネット上で行って迅速な情 報交流を行うことに協力して欲しい」という投稿者の要望が暗 示されている。

...要は日本ME学会の機関誌に掲載されている(村瀬、1996)
村瀬澄夫、BME, 10(2): 50--54, 1996.

...かわらず、権威の方は紙の雑誌に残っているという矛盾」
同論文、p.53.

...歩からどちらか選択するか決めなければならないのだ
インターネットが持つ潜在的な可能性は誰もが認め るものだからこそ、今、「出る杭」が打たれているのだろうと、 私は思っている。

...からアクセスされたかという情報を集計することもできる
私はやったことがないので詳細は不明だが、例えば、 http://www.ask.or.jp/ rescue/ にアクセスすると、 そのやり方がわかる。

...月8日朝)私は、以下のような電子メール
固有名詞などは 中村が修正した。

...在中にglobersというmailing-list
これは、海外で の生活や旅行で日本人が直面する様々な問題を投稿しあって、 情報交換を行うためのメーリングリストである。ここで交換さ れた有用な情報は、globersのホームページに蓄積される。こ れから在外研究に出かける方は、一見の価値あり。

...手の知りたい「キーワード」(この場合は「アメリカの銀行」
ちなみに、「どうやって私のページを発見したのか?」 と先方に尋ねたところ、「goo (http://www.goo.ne.jp)」との こと。このサーチエンジンで「アメリカの銀行」と入力すると、 ヒットした70件余りのページのうちのなんと7番目(98年1月9 日時点)に私のそのページのタイトルが表示されたのだった。 驚いた私は、試しに「大祐」と入力してみた。すると、総計 1275件にもおよぶホームページのリストのうち、その筆頭なら びに3, 4, 12, 13, …, と最初の100件のうちの10件が、私の 子どものことを記したページで占められていた(全国の「大祐」 さんごめんなさい)。

...将来は本文を検索対象とすることも可能になると予想される
冒頭の事例で示したように、学術論文に限らずホー ムページで公開された文書については、すでに「(本文)全 文検索」が可能である。

...り、表と裏
外面と内面といった方が良いかも知れな い。

...ない
ただし、本文全文の文献データベースができた としたら、各個の論文を基本単位として保持するかどうかは不 明である。場合によっては複数の論文に共通する引用文献の存 在する段落だけを関係づけるかもしれないからだ(後述)。

...され、読者(検索者)にそのまま提示されている
中 には、アブストラクトの語数が規定分量を超えると削除される ものもあるが、それはディスクスペースの問題なので、ここで は本質的ではない。

...手元に渡った論文コピー
つまり、たいていの人々は、 論文のコピーを入手するときは、その始ページから終ページま で全てを取得し、そのページ順に綴じる。そして、たとえ1枚 でもページが欠けていたら、そのコピーは要をなさないと感じ るであろう。

...極めて少ない
もちろん、我々が「抄読」する論文は 結構多い。しかし、だからといって、自分の書いた論文がそれ と同じようにみんなから「抄読」されると思うのは自信過剰で ある。多くの人が「抄読」する論文は、刊行される論文のうち のほんの一部に過ぎないのだから。

...するものだと思われてしまうかもしれない
少なくと も今回のこの論文には「銀行口座」という語句がこれも含めて 9回も出てくるから、そのように思われてもしかたない。

...ちらを取るか」という択一の選択が迫られる
もちろ ん、(この連載のように)インパクトの低い情報については、 大目に見られることも多いだろう。

...徐々に生け贄を求める「精霊」
11月号(第8章)で も触れたが、インターネットの半物理的媒体の呼称である「イー サー」の語義は、「(古人が想像した)大気外の精霊」である。

...康観とスポーツの意義」という研究を密かに企画していた
今となっては密かな笑い話でしかないが、当時の私 はこの企画に興奮していて、研究費の確保ができて実行できた 暁には「Health Problem in Information Super Highway Era」 というタイトルでScienceに掲載されるのではないかと、夢見 ていたのだ。でも、もちろん、今となってはその研究計画の未 熟さに赤面するだけだが、、、詳細は次号以降。

...もちろん、それは安易な発想である
3年前の私の研 究企画だって、こんな陳腐な視点は超越していた。

...だった。たまたま手にしたNifty-Serve
日本最大手 のパソコン通信のプロバイダ。

...というような内容の記事
現在手元にその資料がない ので、正確な記述ではない。

...増えてはいないのである
拙論、「健康のための運動 と体力〜その経緯と展望」、ヒューマンサイエンス、9(1): 82--104, 1996.

...画は文書にすることもなく
前記の「研究計画」は、 今この時点で当時を思い起こしながらしたしめたものである。 あ〜、しんどかった。

...てと同等なのだ
「ものみなメディア」(中野収、 「メディア人間」、頚草書房)というけれど、なにからなに まですべてをメディアだと一緒に括ってしまうと、メディア という定義づけが無意味になってしまうかも?

...なるものを見たことがない
もっともっと激し く恥ずかしながらあえて暴露すると、確かに学部のカリキュ ラムには「解剖学実習」という科目があり、私の同期学生た ちは、脊椎を通る神経を顕にしてスケッチするという課題に 取り組んだらしいのだが、部活動にかまけていた私は実習の 冒頭で皮膚をめくっただけで後は授業に出なかったので、 「死んでいる神経」すら眺めた経験がないのである。

...だ
年末には管理事務所から、「凍結による水道管の 破裂を防ぐために、クリスマス休暇で長期に留守する場合で も暖房を切らないで欲しい」という通知があった。こうなる ともはや空調は体温調節だけのものではない。ただ、後に述 べるように、居室空間も建物も水道管もみんな身体の一部で あるとみなすならば、空調が人の皮膚内のみならず家具や水 道管などあらゆる生命維持装置の自律調節をになっていると 総括することもできる。

...とするのは一般的ではない
例えば、マッケロイとタ ウンゼント(「医療人類学」、丸井英二監訳、大修館書店、 1995)は人間の適応メカニズムとして、「生物学的メカニズ ム」と「社会文化的メカニズム」を区別するモデルを提示し ているし、万木(「環境適応の生理衛生学」、朝倉書店、 1987)は、衣服と住居による調節を「文化的適応」と呼称し ている。

...として自己の制御範囲に含まれるのだ
たとえば、 大切にしている家財が傷ついたときに「痛み」を感じるのも 「皮膚の痛み」と同じ次元で考えられる。また、先に脚注 で述べたように、水道管も < 身体の一部 > となるわけで、 「留守中にも暖房を切らない」という行為も自己防衛機構の 一つと考えることができる。

...訳しても、この表現は、市川浩
a) 市川浩、「<>の構造−身体論を超えて」、1984 (講談社学術文庫、 1993)。b) 同、「精神としての身体」、1968 (講談社学術文 庫、1992)。

......
<>の構造」、講談社学術文庫、p.202。

...>
第10 章(1月号)参照。

...すると、案の定、笑顔が消え戸惑いの表情となる
続 けると泣きだしそうだったのですぐに止めた。

...につけているといえる
本当は「知っている」と言い たい所なのだが、「何も知らない赤ん坊」が何かを知ってい るというのはやはり奇妙な気がして、戸惑っている。

...手足でさえ自分に付随しているという意識がない
と、 育児書に書いてあった。しばらくすると、自分の手や足を口 にくわえるようになり、それによって自己の手足を認識する らしい。ただ、私自身のことを言えば、もう40年も前のこと で記憶が薄れてしまったので、経験的には定かではない。

...すなわち「肉体的な」という意味を持つ
もし「笑顔」 や「怒り顔」が「快感情」や「不快感情」の結果でありかつ 原因となるのであれば、それが「sympathetic」と呼ばれな いのは不思議な気もするが、心臓や血管の筋肉を収縮させる のが「交感」神経で、骨格筋を収縮させるのが「運動」神経 である、という分類は、意識に昇る機能に関わる「体性神経 (somatic nerve)」と、無意識的に作用する「自律神経 (autonomic nerve)」という、「意識の有無」によるもので あって「感情の有無」によるものではないので、仕方がない。

...主要な違いは、その媒介物質が移動する距離にある
正確には、ホルモンは(内皮の外にある)血液によって運ば れるのに対して、神経伝達物質は血液を介さずに情報を伝え るという違いもある。

...有している
たとえば、ノルアドレナリンは交感神経 終末から放出される神経伝達物質であるとともに、副腎髄質 から分泌されるホルモンでもある。

...合を生じさせる分子構造の相補性である
A-T対は2 個の水素結合によってつながり、G-C対は3個の水素結合に よってつながる。

...ば類似していると言えなくもない
もちろん、「水素 結合」には波動関数という理論的裏付けがあるのに対して、 「笑顔の伝搬」にはいかなる理論もないという、決定的違い がある。

...そのページ
http://www.human.waseda.ac.jp/ nakamura/uga/life/961127.html

...に涙腺がゆるむことはなかったろう
じつのところ、 その状況を思い浮かべるだけでは涙は出てこないのだが、そ のページをしげしげと見る(読む)と、なんとなく涙がにじ んできてしまうのだ。今でも。

...して、最近登場したというわけだ
もちろん、前記 の様に「光」を外部環境の媒体とみなして身体を拡張するの だとしたら、会話も衣服も乗物も、すべてが身体と交わるメ ディアであるとみなすことができる。だから、「インターネッ ト」もそんな「道具」の一つに過ぎないのかもしれない。し かしそれは、(直後に述べるように)出版や電話やテレビに 匹敵する巨大メディアといえる。

...ているものである。その著書
「メディア論−人間の 拡張の諸相」、M.マクルーハン(栗原・河本訳)、みすず 書房、1987。原著は、Understanding media: The extension of man. McGraw-Hill, 1964。

...この書が著されたのは、ちょうどIBM360
いわゆる 「汎用品」として完成した最初のコンピュータ。今のパソコ ンからみるとその機能は比べるべくもなく低いが、当時は 「最高のマシン」であり、以後の大型(汎用)コンピュータ のルーツということもできる。互換機も市販されるようにな り、市場というメディアにおける役割もIBM-PCと類似してい る。

...この書が著されたのは、ちょうどIBM360が発表された年であり、IBM-PC
IBM360が大 型コンピュータのルーツだとしたら、IBM-PCはパソコンのルー ツといえる。82年の発売後数年のうちに「標準機」の地位を 確保し、「PC」と略称されるまでになった。

...にとって「インターネット」は外挿事項
この「理 論」を構築(帰納)するためのデータ(この場合は、言葉、 文字、新聞、車、ラジオ、テレビなど)として用いられてい ないだけでなく、それらの元データの布置範囲からはずれて いるために、理論の適用が保証されない事項であるという意 味。逆に言えば、この外挿事項に対する予測の確からしさは、 理論の妥当性を支持するものとなる。

...マクルーハンの「メディア論」の主張は、次のよう
もちろん、 私の理解の範囲内で。

...さて、メディアのメッセージに耳を傾けたとき
こ の「耳」というのは単なる比喩であって、マクルーハンが 主張する諸感覚の感受性の変容を問題する文脈では不適切 な用法であるが、ご容赦いただきたい。

...自然になったわれわれには、もはや靴底こそが皮膚となる
マクルーハンの言葉を使えば、「椅子は臀部を奪 格し、カウチは身体全体を拡張する。」

...脳に直接差し込まれたレンズである」
森常治、 「グーテンベルクの銀河系」(マクルーハン)の訳者解説、 みすず書房、1986。

...感覚を抑圧した
テレビを代表とする電波時代の到 来によって、眼はただ視覚的記号表象を読みとりそれを大 脳に伝えるという本来の機能を果たせば良くなり、その他 の諸器官との感覚比率が過去の状態に回帰する、というの がマクルーハンの主張であるが、これは彼の「メディア論」 からの演繹(予測)であると言った方が良いだろう。

...ディア間の比率の変化」と特記している
このよう に概念化することで、「メディア間の権力抗争」(第11章、 98年2月号)という現象を顕に説明することができる。

...則として、「入出力の要求」がある
もちろん、イン ターネットに接続されたコンピュータを単にラジオやテレビ のような受け身のメディアとして利用することもできる。た とえば、初期のラジオが双方向無線交信装置として電話の延 長の役割が期待されていたにも関わらずじつのところは一方 的な放送受信装置として普及したように、インターネットも そのうち単なる情報受信器として広まってしまうかも知れな い。しかし、少なくとも現時点ではその可能性はほとんどな いと断言できる。なぜなら、いまやテレビでさえ「双方向」 を目指しているからだ。

...にコンピュータは身体の一部となったのだ
いわゆる コンピュータだけでなく、ファミコンもゲームボーイも同種 の一体化を実現する。

...なのだ
それがどの程度に「現実」なのかをたとえて 言えば、私たちのほとんどが見たことも触ったこともない 「心臓が血液を拍出して組織に酸素を供給する」という「現 実」と同じくらいは現実的だといえる。

...たとえば、次のようなMUD
マルチ・ユーザー・ダンジョン (またはディメンジョン)。テキスト・ベースのバーチャル・ リアリティ環境。中毒性が高い。

......
J. C. ハーツ(大森望・柳下毅一郎訳)、 「インターネット中毒者の告白」、草思社、1996。

...外そうとし、耳に入る私の声を聞いて
場合によって は、携帯のディスプレイに表示される私の名前をみて事態を 察する人もいる。

...離れたもので、携帯電話ももちろん通じない
正確に 言えば、禁止されているわけで、ということは完全には通じな いわけではないのかもしれない。しかし、計器に悪影響を及ぼ すわけであるから、携帯電話や電子機器は、飛行機というメディ アにとっては「敵」なのであろう。

...わずに「しゃべる」
厳密にいえば、口や声帯を使わ ずに「しゃべる」ことはできないかも知れない。しかし、例え ばインターネットによる「チャット」は、口を使わないおしゃ べりの一形態と考えることもできる。その時、「口」に相当す るのは「指先=キーボード」複合体である。

...関係もわからない
もちろん、アメリカへの往復は飛 行機であり、彼にとっては北海道とアメリカとの距離的な区別 が、実感としてはないのだ。

...である。つまり、これが、「耳の人」
マクルーハン の言葉。17 章(8月号)、p.57、参照

...て、現代の運動科学は「テレビを見ているときのRMR
Relative Metabolic Rate。エネルギー消費量の換 算計数。

...いでに山口と広島に寄ってくる」という言葉が如何にも無意味
しかも、福岡から広島までは新幹線で、広島からは 飛行機なのに、である。もしそれが在来線各駅停車だったら、 広島−岡山だって相当な距離だし、徒歩だとしたら広島−東広 島間もとてつもない距離と感じることだろう。

Yoshio Nakamura
Mon Dec 27 10:02:29 JST 1999