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バランスと免疫

さて、今回得られたデータから相互の相関(スピアマン)を見 てみると、いくつかの事柄に気づかされた。

まず、取得文献数と取得したコピーの本文講読率[問5/(問 3+問4)]gifなら びに所要時間の相関を見てみると、図2、図3のようになり、 取得する文献数が多い人ほど実際に読む文献の割合が低い ()とともに、一件の論文を読むのに要する時間も少 ない()ということがわかった。この所要時間の減少 は、論文を読む能力が高いというよりも、読み残すほどに机上 に積まれたたくさんの文献を前にして、読むべき時間が十分に 取れないことを反映していると考えた方が良い。というのは、 すばやく読解する能力が備わっているのなら、なにも積み残す 必要はないからである。電子文献検索を利用することによって 探索時間が短縮されたからといって、文献講読に費やす時間が 増えるわけではないからである。溢れるばかりの文献をどれだ け読むか、どのように読むかということは、どれだけ集めるか ということよりもむしろ、文献講読に費やすべき時間をどのよ うに捻出するかという研究時間の配分の影響の方が大きいとい うことなのだろう。

次に、電子情報を端緒とする取得文献数(問3)と物理情報を 端緒とする取得文献数(問4)の回答の相関を見ると 0.09 となり、ほぼ独立の関係にあった。つまり、電 子検索が普及して利用が増えたとしても、実態としては図書館 での雑誌めくりなどの「物理的検索」が減るわけではないとい うことである。このことは、たとえ数年先に、wwwのブラウザ が研究室の電話と同様に普及したとしても、私たちの「文献探 索行動」が図書館からインターネットへと完全に置き換わるわ けではないということを意味している。これは、ある意味では 「古典的方法論への固執」とも言えるし、「インターネットへ の警戒」とも言える。今回の回答に寄せて、「図書館に行って 実際に雑誌をみることが楽しみ」とか「単に机の上でキーワー ドから文献をピックアップするのは何だか邪道なことをしてい るかのように思う」といった意見が得られたことは、(もちろ んインターネットによる文献検索を賞賛する意見も多いが)そ のようなわずかながらの警戒心の反映なのではないかと感じた。

さて、いまやインターネット時代なのである。そして、「イン ターネット」があたかも革新的技術でいろいろな難題を解決し、 また、新たな観点から時代を切り開くものであるという風説が 広まりつつある。こと「文献検索」に関しても、検索どころか その出版形態そのものが変わってしまう可能性さえ喧伝される。 この時代的影響力はあまりにも強いため、「インターネット」 に適応しないことがあたかも「時代遅れ」で「恥じるべきこと」 であるかのように思わせる圧力を持っている。幸運にも今回の アンケートで表出することができた「勉強不足で恥ずかしい」 という意識は、その証左の一つであろう。

もし、「インターネット」だけが時代のキーワードになれば、 「電子文献検索」とは無縁の研究領域は、なにか時代に乗り切 れない古みを帯びたものとして社会に認識されてしまうかもし れない。もちろん、それは杞憂だ。「インターネット」とは単 にそれを必要とするものに対して便宜を与えているだけで、そ れを必要としないものを切り捨てているわけではないからだ。 しかし、「インターネット」自体がそれを切り捨てなくても、 「インターネットを崇拝する人々」はそれを切り捨てる(少な くとも全く興味を示さない)かもしれない。いかに「インター ネット」が便利だとはいっても、私のようにそれに依存するよ うになれば、いやおうなく「インターネットが支配する社会」 を(もしそういうものがあったとしたら)甘受せざるを得なく なってしまう。少なくとも、もし私が今年春まで使っていた www.sts.orgだけに文献検索の全てを依存していたとしたら、 それが有料になっても使わざるを得なかっただろう。もし「そ れがあれば十分」というように感じても、常に代替物 (alternative)を用意しておくことが、インターネット時代の 免疫系を構成するのではあるまいか。だとしたら、「恥じるべ きでない古典的方法論」を確保し続けることもまた、インター ネット時代のB細胞を維持する上で意義深い。

 今回のアンケート調査に関して、送付した電子メールを読んでくださった全ての皆様に、深く感謝いたします。

図 1. 電子文献データベースの利用状況(頻度分布)。

図 2. 一カ月あたりの取得文献数と本文講読率の関係。取得文 献(コピー)の数が増えるほど、その本文を講読する件数との 比(本文講読率)が低下する。

図 3. 一カ月あたりの取得文献数と論文講読所要時間の関係。 たくさんコピーを取る人ほど、その本文講読に要する時間が短 くなる。

Yoshio Nakamura
Mon Dec 27 10:02:29 JST 1999