(注)本稿は、TRI Review2002年3月号掲載稿に若干の加筆をしたものである

ミッション経営:事業活動を通じた社会貢献

根来龍之(早稲田大学商学部教授)
negoro@mn.waseda.ac.jp
http://faculty.web.waseda.ac.jp/negoro/

1.ミッション経営とは何か

 企業活動の目的は、何か? 市場経済下においては、経済的利潤の追求が目的の一つであることは確かだ。しかし、それだけでありえるのか。あるいは、利益追求のさらに上位の目的はないのか。利益追求とは別の目的として、あるいは「目的の目的」として、社会貢献というものを意識した経営を行うこと、それが「ミッション経営」である。

そもそも企業を担うのは人間である。目的をもつのは人間であって企業という抽象的な存在ではない。企業の目的とは、実は経営者が事業活動を通じて追求したい目的のことである。したがって、ミッション経営は、経営者の目的意識を問題とする。

仕事とは、単に経済的報酬を得る代償行為ではなく、働いている人たち自身が何らかの社会的満足を得るプロセスでもあろう。顧客に対しては、満足を提供する。株主に対しても満足を提供する。関係者に満足を提供することを通じて、仕事は、社会のある部分、すなわち「部分社会」の維持・発展に貢献するという構造をもっている。企業活動とは、もともと社会活動なのである。

企業は、社会的倫理観を忘れてはならない、あるいは社会的責任感を持つべきだという主張がある。しかし、これらの主張は、企業活動の制約として「社会」を考えているふしがある。「社会的配慮」とでも言うべき受け身の考え方である。ミッション経営の「ミッション」とは社会的配慮のことではない。「社会的使命」のことである。「ミッション」の辞書的意味は、もともと天から与えられた役割のことであるが、無神論者である筆者は、それを「社会における役割」と考えている。ミッション経営とは、事業活動を通じて「社会的役割」を果たそうとする経営のことである。社会は制約ではない。社会は事業活動の対象である。ミッション経営は、社会的倫理観よりも、もっと積極的な働きかけの対象として社会を捉える。

社会的使命とは、事業活動を通じて達成しようとする価値、自社の社会的存在意義のことである。それは、オーナー経営者の場合は、人生の目的にもなりえるものである。

2.経営理念に見る社会的使命感

 ミッション経営が考える経営理念は、自社なりの社会的使命感を内外に示すものであるべきだ。このような観点から松下電器産業とジョンソン&ジョンソンの経営理念を比較してみよう。

松下電器産業の経営理念は、「綱領」という形で次のように表現されている。「産業人たるの本分に徹し、社会生活の改善と向上を図り、世界文化の進展に寄与せんことを期す」。 あえて、私見を述べるならば、社会的使命感という観点からは、この綱領、すなわち経営理念はあまりよいものではない。なぜなら、まず貢献すべき対象を明確にしていないので、自社の事業活動の社会への貢献を具体的にガイドすることができそうもない。社会全体、世界文化全体に直接貢献できる企業はない。ごく部分的なものにしか、企業は貢献できない。松下電器産業がいかに大きい会社であっても、全世界をよくすることは不可能である。この綱領は、スローガンとしては評価できるが、経営理念としては評価できない。ミッション経営がもつべき経営理念は、自社なりの「社会貢献」を具体的に示すべきだ。実は、松下電器産業には「水道哲学」というものがあった。創業者の松下幸之助氏は「電器製品を水道のように安価に大量に社会に供給する」ことを考えた。水道哲学には、自社の社会的役割意識がある。綱領よりも水道哲学の方が、経営理念にふさわしい。しかし、水道哲学は、「飽食」化している状況では人を奮い立たせる力はない。実際、現在の松下電器産業は水道哲学を実現しょうとしているようには見えない。

ジョンソン&ジョンソンには、経営理念にあたる「我が信条」というものが存在する。「我々の第一責任は、我々の製品及びサービスを使用してくれる医師、看護婦、患者、そして母親、父親をはじめとするすべての消費者に対するものであると確信する。消費者一人一人のニーズに応えるにあたり、我々が行うすべての活動は質的に高い水準のものでなければならない。我々は…健康の増進…に寄与する活動に参画しなければならない。これらのすべての原則は実行されてはじめて、株主は正当な報酬を享受できるものと確信する」と謳っている。ここでは、社会は社会生活全体でもなければ、世界文化でもない。もっと小さな対象、医師、看護婦、患者なのである。すなわち貢献すべき部分社会が、明確になっている。経営理念のなかにドメインが示されていると言ってもよい。ミッション経営とは、「事業活動を通じて社会的役割を果たすこと」であるという筆者の視点から見た場合は、経営理念は貢献の対象を具体的に示しているほうがいい。ジョンソン&ジョンソンの経営理念では、「健康」が事業活動の対象である。このような具体性をもつ経営理念は、ミッション経営実践のガイドラインになりえる。

3.ミッションとドメインの違い

ミッションは、ドメインとは異なる。ドメインとは企業の事業活動の範囲のことであり、ドメインの設定とは、「こういう活動が我々のビジネスの範囲だ」いうことを明確にすることだ。一方、ミッションは、ビジネスを支えている価値である。経営者が何に価値をおいているかを示すのがミッションだ。世の中の文献には、「ミッションマネジメント」、あるいは「ミッションステイトメント」という言葉を使いながら、単にドメインを論じているに過ぎないものがある。

ミッション経営とは、「社会について考えながら仕事をすること」であると同時に「顧客のための仕事を通して、社会に貢献する」ことである。すなわち、顧客の後ろには社会があるのだという意識をもつ経営である。事業活動を通じて、自社が社会にどんな変化を与えているのか、あるいは社会に対してよりよい貢献をしているのかを絶えず問いかけることが必要だ。顧客の向こうに社会があるという考え方をしないのならば、ミッションという概念は必要ない。ドメイン概念があれば、十分である。この場合、「社会」は事業活動をする際に守らなければいけない制約にすぎない。

4.ミッション経営と事業発展

 ミッション経営は、事業の発展に結びつくものなのだろうか。筆者の答は、「結びつく保証はないが、結びつけるべく事業活動を行うべきだ」というものである。ミッション経営と事業発展が結びつく幸運なケースがあるのかどうか、またそれはどんな条件を満たす場合なのかについて、考えてみよう。

事業の発展と結びつくミッション経営とは、「ステークホルダー(利害関係者)を満足させ、かつ事業が成功し、そして社会的使命を追求する」ことである。前述したように、ミッション経営とは、「顧客を通じて社会に貢献する、顧客の後ろに社会を見る」という考え方である。企業にとって顧客満足は重要だが、顧客が満足すればいいと言うわけではない。顧客が満足することによって、社会がよくなっていなければいけない。顧客満足のところで目的意識が止まってしまうならば、それはミッション経営ではなく、顧客満足経営にすぎない。

ミッション経営が事業の発展と結びつくためには、ステークホルダーの満足と事業の成功と社会的使命の追求の3つが、同時に成り立つことが必要である。もっと積極的には、これらの3つの価値の追求が相互にプラスに働きあう、サイクリックな構造が必要だ。「顧客が満足すると従業員も満足でき、顧客が満足すると株主利益も向上し、株主利益が向上すると従業員の満足にもつながる。」このような幸福のサイクルが回る必要がある。

ステークホルダーの満足と事業の成功と社会的使命の追求という3つの価値は、どれも他の2つの手段ではない。事業が成功しなければ、市場経済下での企業経営は継続できない。ステークホルダーが満足しなければ、それは仕事ではない。そして、社会的使命感がなければ、社会的役割を意識的にはたしていることにはならない。したがって、これらの3つの価値はミッション経営において同価である。このことをミッション経営の3面同価の原則と呼ぶ(図1参照)。

3つの価値追求がお互いを強化しあうためには、価値に基づく人事評価が必要になる。業績を上げているだけでは不十分であり、顧客満足を達成できている従業員、社会的使命感を共有できる従業員こそがすばらしいということになる。

5.堀場製作所のミッション経営

実際に、上記したサイクリックなプロセスがうまく回っている会社があるか。それに近い会社は、ある。例えば、堀場製作所がそうである。同社は、1945年に現在は会長を務める堀場雅夫氏が設立した会社である。ペーハーメーターの製造販売から始まった会社で、ドメインは計測機器事業である。同社が成長したきっかけは、自動車排ガス測定装置がヒットしたことだった。同社の自動車排ガス測定装置の世界シェアは、約40%である。80年代の公害問題、環境問題という社会環境に恵まれたこともあり、この排ガス測定装置が同社の「事業の成功」をもたらした。

堀場製作所の成長は、社会貢献意識が可能にしたのではない。その成功を直接支えてきたのは、ドメインの選択と技術開発、つまりビジネスモデルの設定と実装である。何をドメインにするか、何を技術として持つか、そしてその企業がもっているものに環境の変化がどれだけフィットしているか。これらが企業の成功の可否をまず決める。社会的使命感の有無が事業の成功の可否を直接決めるわけでない。ミッション経営ではなくても成功している会社は、多数ある。逆に社会的使命感があったとしても、失敗した会社もある。成功をまず支えるのは、ミッションではなくて、ビジネスモデルである。

しかし、ビジネスモデルがもたらすものは、3面同価の原則で言えば、事業の成功だけである。事業の成功は企業の経営目的の一つにすぎない。同時に社会的使命感を追求できているかが、次に問題となる。そして、その追求が経営資源の蓄積やステークホルダーの満足につながっているかが重要である。

堀場雅夫氏は、「おもしろおかしく」ということをキーワードにしている。このキーワードには、彼特有の価値観が込められている。「仕事がおもしろくないのなら、やめなさい」と堀場氏は書いている。「仕事はおもしろくなければ、いけない」「仕事は人の役に立つことでなければ、おもしろくない」。仕事がおもしろいと思えるステークホルダー(社員)が会社にたくさんいれば、その社員の満足と事業の成功は結びつく。社員が自分の満足のために活動する結果、企業が設定したドメインにおいて成功できるだけの技術、経営資源が蓄積される。

堀場氏は、「自分が何がなんでも欲しいと思うような製品でなければお客が買うはずがない。」とも語る。これは、顧客満足をどう真剣に考えるかの問題である。

堀場製作所においては、こうしてステークホルダー(顧客、社員)の満足と事業の成功が相互に強化しあう構造が作られている。「資本主義の理想とは、労働・経営・資本の長期的な一致である」(堀場雅夫氏)。

堀場製作所においては、「事業活動を通じた社会的使命感の追求」は明確には確認できない。社会意識は、「人の役に立つ」という抽象的な表現にとどまっている。しかし、ミッション経営の3面同価を意識した経営に近い実践例だと評価できる。

6.顧客満足は利益追求の手段ではない

ミッション経営においては、顧客満足は利益追求の手段ではない。顧客満足を手段とする考え方は、事業の成功という視点だけで経営を考えている。お客様を満足させることによって利潤を上げるというのは、顧客満足を手段とする考え方である。ミッション経営においては、顧客満足というのは、利益追求と対等の独立の価値である。顧客の満足を追求して、結果として事業の成功に結びつくというサイクリックなプロセスを「べき論」として追求するのがミッション経営である。そして、このサイクリックなプロセスは必ずしも成功は保証されない仮説にすぎない。

 顧客の満足と利益の追求は、どちらもお互いの手段ではない。同等に重要な2つの価値である。この2つの価値を切り離して考えないと、顧客満足の追求が、「これは儲からないからやめておこう」「ここは効率を重視してこれくらいで妥協すればいい」というように矮小化されたものに陥る危険性がある。顧客満足を独立の価値として追求する会社は、一見、損をする場合もある。しかし、短期的に経済的にペイする範囲で顧客を満足させようという計算ばかりする企業は、実際には顧客満足を実現できず成功企業になりえないかもしれない。これはサイクリックなプロセスを信じることのポジティブな根拠になる。「損して、得をとれ」の原理である。


 
7.ミッション経営と社会発展

事業活動を通じて社会を良くするミッション経営は、社会的責任論のように顧客と社会を別々のものとしては考えない。社会的責任論とは、社会について配慮しながら、顧客への事業活動を行うという考え方のことである。それに対して、ミッション経営が主張する社会貢献とは、顧客への貢献活動を通じて社会をよくすることである。そのためには、自分たちの企業が提供している製品・サービスが、社会にどういう影響を与えているかを自覚する必要がある。もちろん社会的責任を無視するわけではない。顧客を通じて社会を見ると同時に、時に社会をダイレクトに考慮することも必要である。しかし、顧客を通して社会に貢献するという考え方がなければ、それはミッション経営ではない(図2参照)。

企業活動はもともと社会的な影響をもたらしている存在であり、社会生活を再生産している。企業は、社会的存在そのものなのである。社会は企業の外にあるわけではなく、企業そのものが社会の要素なのである。このように考えると、利益の追求、あるいは経済的な成果物を社会に提供すると同時に、自社の企業活動が産業や社会にどういう影響をもたらしているかに関して、企業は自覚的であるべきだというミッション経営のメッセージの意味が理解してもらえると思う。ミッション経営の社会意識は、受身の社会責任意識のことではなく、積極的な社会貢献意識のことである。

事業を通して社会に貢献することがミッション経営であるならば、まず自社の事業活動が社会にできるだけ肯定的な影響を与えるようにすることが求められる。しかし、ここで重要なのは、企業は、もともとその活動において失敗もまた、ほとんど不可避的に作り出す存在だということである。

企業は、その活動を通じてまず社会の経済的側面に寄与する。経済的な成果物を増やしたり、経済的な効率を上げる。しかし、製品やサービスを供給することは、それ自身が一個の文化を担ってもいる。例えばゲーム機会社は、ゲームを通じて社会文化を作り出している。社会生活の文化的道具になっているといってもいい。自動車を提供している会社は、自動車を提供することによって、自動車による移動を前提にした社会構造を作り出している。企業活動は、社会の文化的側面にもすでに影響しているのである。

実は企業活動には4つの影響領域がある(図3参照)。利潤目的として強く意識されているのが図3の左下、すなわち企業が市場の中で活動することによる経済への寄与である。企業の「産業維持」的活動である。それに対して、左上、すなわち企業が経済活動を行った結果、結果として自社が属する産業と関連産業が発展するということがある。企業活動の「産業発展」的影響である。たとえば、個々の自動車会社が自社の利益を追求することによって、その国の自動車産業および部品産業が発展する。

企業は、図3の右下と右上の領域にも影響を与える。右下は、社会の文化を再生産することを意味し、企業活動が「社会的倫理」を守らないとこの領域の「社会責任」がはたせない。右上は、文化の発展への寄与であり、企業が社会変革に貢献する領域である。秀れた製品は、社会の幸福レベルそのものを向上させる。

企業活動は、左下の領域が得意である。しかし、左下の領域だけを追求する企業活動は、多くの失敗を社会にもたらす。市場の失敗と言われる現象である。外部不経済、公共財の不提供、モラルの破壊、退廃的消費がその例である。外部不経済は、図3の左下、すなわち社会の経済的維持についての失敗である。自動車が引き起こす交通事故や排気ガスの環境問題がその例である。公共財の不提供は、図3の左上、すなわち社会の経済的発展についての失敗であり、たとえば自動車産業は道路を自らは提供しない。モラルの破壊は、図3の右下の領域であり、企業倫理の問題である。違法ではなくても、消費者との情報格差を利用した販売方法、たとえば高額の授業料を先払いさせて大量に授業チケットを消化できない生徒を生み出している一部の英会話学校は、(強すぎる表現ではあるが、)社会のモラルを破壊している。退廃的な消費は、図3の右上への影響であり、たとえば頭のよくなる薬の開発をめざす薬品会社が抱える問題である。

企業の社会貢献活動として、文化的活動への寄付(メセナ活動)や社会的問題の解決をはかるNPOへの援助がよく挙げられる。しかし、筆者の考えでは、企業はまず自社と自業界がもたらしている「市場の失敗」を低減する努力をまずすべきである。一方で「コスト的にあわないから使用済み製品の回収はできない」と主張する企業が、自社の事業と直接関係がない熱帯雨林保護にお金を寄付することに熱心なのは矛盾である。ミッション経営をめざす企業の社会活動は、まず自社あるいは自業界が引き起こす市場の失敗への対応であるべきだろう。

ミッション経営は、「社会に失敗をもたらさない経営」を言うのではなく、「社会に企業活動がもたらす失敗に対して自覚的な経営」のことだ。その失敗をどう補うのか。あるいはその失敗を、どう緩和するのか。それらについて悩むことが必要である。多くの場合は、失敗なき市場活動は存在しない。ミッション経営が追求する3つの価値、事業の成功、ステークホルダーの満足、社会的使命の追求をバランスさせるための努力が必要だ。そして、独創的な解決によって、矛盾を減らし、同時に、3つの価値の追求が相互に強化しあえるサイクリックなプロセスを作り出してほしい。これが筆者の願いであると同時に、自らへの戒めとしたいことでもある。

(参考文献)
1. 小野桂之介・根来龍之『経営戦略と企業革新』、朝倉書店、2001年。
2. 小野桂之介『ミッション経営のすすめ』、東洋経済新報社、1999年。
3. 堀場雅夫『イヤならやめろ!』、日本経済新聞社、1995年。
4. 水野清『企業の社会活動の研究』、産能大学大学院修士論文、2001年度。
5. ミッション経営研究会 http://home3.highway.ne.jp/s-mori/mission/

<筆者略歴>
根来龍之(ねごろ・たつゆき)
早稲田大学商学部・大学院商学研究科教授.
1952年三重県生まれ。京都大学卒業(社会学専攻), 慶應義塾大学大学院経営管理研究科(MBA)修了, 鉄鋼メーカー, 文教大学などを経て現職. 慶應大学ビジネススクール講師, 産能大学大学院講師. 1990-1991年英ハル大学客員研究員. CRM協議会副理事長, 経営情報学会論文誌編集長,Systems Research誌編集委員.
著訳書:『ネットビジネスの経営戦略』(共著, 日科技連出版社),『ERPとビジネス改革』(共編, 日科技連出版社),『情報ネットワークの進展と組織革新』(産能大通教),『経営戦略と企業革新』(共著, 朝倉書店),『日経ビジネスで学ぶ経営戦略の考え方』(共著, 日本経済新聞社), ブライアン・ウィルソン『システム仕様の分析学:ソフトシステム方法論』(監訳, 共立出版), ジョナサン・ローゼンヘッド『ソフト戦略思考』(共訳, 日刊工業新聞社)など.
研究室URL:http://faculty.web.waseda.ac.jp/negoro/