(ゑれきてる2001年11月号に掲載された原稿に加筆)


オープンソースソフトウエアが与えた影響


根来龍之(早稲田大学教授)


オープンソースはライセンスの一形態
オープン・ソース・ソフトウエア(以下OSS)は、フリーソフトと似たものだというふうに勘違いされがちだが、理論的には違うものである。無料で入手できるフリーソフトと違って、OSSは無償で製品として配られなければいけないというわけではない。OSSであるLinuxを有料で配布するディスティリュビュータという業者が存在する。OSSは、ソースコードレベルで、インターネットを通じて無償公開されたソフトウェアである。このソースコードレベルという点が重要で、フリーソフトの場合、ソースコードが提供されているとは限らない。OSSはソースコードレベルで無償公開されることによって、誰でもプログラムの参照、修正、利用ができるということが重要である。
OSSというのはソフトウェアのライセンスの一つの考え方である。OSSとして最も有名なオペレーティングシステムLinuxでも、ライセンスを放棄しているわけではない。Linuxのソースコードをダウンロードして修正した人は、それをまた無償で公開する義務がある。その修正したソースコードを無償で公開しないで、改良版を有償で製品販売すると、ライセンス違反になる。公開されている改良版を、有償で販売することはかまわない。実際、Linuxも、インターネットでいつでも無償ダウンロードできるが、同時にCDで も販売されている。
OSSは、権利を放棄したソフトウェアではなくて、ソースコードを最初に作った人も修正した人も、必ず公開しなければいけないという権利義務がライセンスとして付いているソフトウエアなのである。したがって、OSSからできあがったものは、またOSSでなければいけないというのが、基本的な構造である。この規定は、GPL(General Public License)といわれている。
Linux以外にも、ウェブサーバーソフトであるApache、掲示板などのCGI(コンピュータ・ゲートウエイ・インターフェース)を作るスクリプト言語Perl、さらにインターネット関連でドメインネームサーバーに使われるBIND、メールサーバーに使われるSendMailなどがOSSとしてよく知られている。

OSSでもクローズドライセンス
OSSはビジネスにも影響を与え、営利企業も似たようなライセンス形態のソフトウェア開発を試みているが、微妙にそのライセンス内容を変えている。
こうした現状から、OSSは現在、まず大きく二つに分けることができる。
一つは、Linuxのように、自発的、自然発生的な自生的コミュニティが担っているOSSである。これは、誰がそれによって利益を受けても構わないという考えである。Linuxの場合、開発者であるトーバルズ自身は現在は一企業のエンジニアで、せいぜい自分の財産と言ったら、家一軒くらいのものだろう。だが、Linuxにかかわるサポートなどのビジネスで儲けている人はたくさんいる。このコミュニティでは誰が利益を得ても構わないので、この場合をオープンライセンスのOSSと呼ぶことにしたい。利益は誰が得てもかまわないが、ソースコードの公開という原則は、ソフトウェアを修正した場合も守ってもらうという考え方である。
これに対して、営利企業が現在OSSをソフトウェア開発に利用するときには、誘導的にコミュニティを作って、自分の利益を優先したような形で、OSSの形態を取っている。これはクローズドライセンスのOSSと呼びうる。
ソースコードは確かに公開し、社外の参加者が自由に変更することができる。だが、できあがったソフトウエアに関する商業的権利は、最初に公開した営利企業が独占している。ソースコードは無償で公開して、改良に参加してもらうが、その成果は勝手に商品化してはいけませんとか、あるいは、外部で派生ソフトウェアを作っても、その権利はオリジナルを公開した自分たちだけが使えますよというように、企業に有利なようにライセンスを限定している。
それでもこの誘導的コミュニティに参加する人たちはいる。その会社に繁栄して欲しいと思っているユーザーグループ、ビジネスとして繁栄して欲しいと思っているユーザーたち、あるいはビジネス関係者などが参加する。あとは、プログラマーとして腕試しをしたいとか、あるいは参加すると個人としては無償で使えるとか、そういうメリットのために参加している人達がいる。

バザール方式は伽藍方式を超える
Linuxはリーナス・トーバルズが、ヘルシンキ大の学部生だった1991年に原型を開発した。この時からニュースレターを通じて始まった開発コミュニティに現在一万人ぐらいが参加しているといわれている。今や、LinuxはOSとしてウェブサーバーでは約3割、サーバーで2割近いシェアを持ち、最も普及しているOS といっても過言ではない。
Linuxを支えているのは、好き者同士というか、使命感というか、金銭ではないインセンティブで集まっている人たちによるコミュニティである。ApacheにしろPerlにしろ、同じようにコミュニティができている。
現在オープン・ソース・イニシアティブのリーダーであるアメリカのエリック・レイモンドがこのOSSの理論化を図り、大変有名な「伽藍(カセドラル)とバザール」という論文を書いている。これは、ネット上に1997年に発表された論文で、印刷されて発表されたわけではない。彼はソフトウエアを開発する方法として、誰かが全体の設計図を作って、企業など閉じられた組織で開発する方法を伽藍方式とし、いろいろな人が訪れてきて、アイデアを持ち寄って、自由な討議の中で開発していく方法をバザール方式と呼んで、ソフトウェアの開発方式としてバザール方式が優れていることを強調した。
バザール方式は部分的な雛形ができれば、そのソフトウエアに関心のある人がダウンロードして、修正、改良、機能追加に参加していく。したがって、参加者の数が多い方がいいという考えである。これは、一般論で言うと、混乱の元でもある。リーダーが権限によって全体を掌握できないから、つじつまが合うものができるかどうかはわからない。その意味では、一見非効率な開発の方法のようにも思えるのだが、実はむしろ開発期間が短くなることを立証したのがLinuxである。
ただし、Linuxの開発でもそうだが、リーダーが全くいないというわけではない。開発者であるリーナス・トーバルズを中心とする数人のコアを担っていく人たちが常に方針を出し、それを前提に進めてきたのである。自由気ままに動いているわけではない。
ソフトウエアの開発の場合、人数が多いほうがいいもう一つの理由は、デバッグの効率である。ソフトウェアというのは元々非常にバグが多い。人数が多いと、バグの発見とフィックスが早い。

名声や賞賛に必要な観客 
このようにOSSは、自発的に参加するコミュニティが大きな役割を果たしている。OSSにはユーザーでありかつプログラマーでもあるそういうメンバーによるコミュニティの存在が不可欠で、そのコミュニティが営利企業の開発部隊以上の力を発揮しているのである。
この部分を拡張して考えると、ソフトウエアの開発だけでなく、いろいろな場面でコミュニティの存在を前提にしたビジネスが考えられる。あるいは、企業は、好き嫌いに関わらず、コミュニティを意識せざるを得なくなっている。
だが、営利企業がコミュニティをビジネスに取り入れるには原理的に考えて難しい側面がいくつかある。
コミュニティにおいては、頻繁に情報交換している人以外の外側の人が重要である。ROM(Read Only Member)と言われる人達やフリーライダー(ただで成果物を使う人達)が重要な役割を担っているのである。OSSのコミュニティに参加している人たちの、参加する理由は様々であろうが、一番大きな理由は、名声や賞賛だろう。いいものを作ったとか、有能だなどといわれたいという気持ちである。コミュニティにおいては、金銭ではなく、名誉や賞賛があれば十分モチベーションになる。だからOSSの場合でも、もしそのコミュニティが一切匿名を条件に運営されたら、これほど発展しないだろう。
名誉心がモチベーションになるには、観客が必要である。あるいはお互いに役者であると同時に観客になる必要がある。フリーソフトの場合も同じで、自分のソフトを使ってくれるだけで満足という人たちがそれを供給している。
こういう、金銭的な利益を度外視している心理は、基本的にビジネスを動かすメカニズムと反する点がある。ビジネスは、開発利益を独占し、ただ乗りを排除することによって成り立つ。OSSは、ただ乗りをする人がいないと、かえって動機が満足されない。この点が、コミュニティとビジネスが原理的に対立する、一つの側面である。

贈与の経済 交換の経済
また、一般にコミュニティは、贈与によって成り立っているともいえる。すなわち労力に対して直接的な対価を求めていない。コミュニティの参加者にとって重要なのは、金銭には代えられないインセンティブである。名誉心以外にも、開発に参加しているとおもしろいという自己満足もあるだろう。
ビジネスの中心インセンティブは、金銭的な利益である。ビジネスは贈与のメカニズムに対して、交換のメカニズムから成り立っており、直接的な対価を常に求めている。ビジネスとコミュニティは基本的に目的が異なるのである。
コミュニティはフリーライダーに対して許容性があるが、ビジネスの交換メカニズムは、フリーライダーを排除しないと成り立たない。
Linuxなどの現在のOSSの成功はコミュニティの論理にビジネスの論理がただ乗りすることで成り立っている。コミュニティはもともとだれでも参加したい人は許容するというメカニズムがあるから、ビジネスの論理を持った人たちが、ビジネスの論理を維持したままでただ乗りすることを許して、Linuxなどは発展している。そういう形でのビジネスとコミュニティの協力関係はこれからも続く可能性がある。

ビジネスに広がるコミュニティとの関係
企業が営利目的で誘導的にコミュニティを作って、ビジネスに活かそうという動きは、商品開発、テストマーケティング、あるいはプロモーションなど、さまざまな分野に広がりつつある。
こうした動きは何もLinuxの成功を見て発達したのではなく、それぞれ別々に発達してきたものなのだが、共通して、コミュニティのメカニズムが働いていると考えることができる。だからOSSの成功は特殊なものではない。インターネットを基盤にして、もともとコミュニティの論理で動く人たちが、いろいろなところに出現してきて、それがソフトウエアの開発という分野で、現実化しているのがOSSである。
といっても営利企業は、交換の論理を基礎にしているので、Linuxのような自然発生的なコミュニティにすべてを任せることは難しく、自分に有利なような権利義務関係のコミュニティを作ろうとする傾向がある。自生的なコミュニティに比べると、企業が作る誘導的なコミュニティの活性化の程度は必ずしも高くないが、一定の成果は上がる。この場合、本質的にめざすところが異なるコミュニティとビジネスが、ビジネスの論理の方が勝ってコミュニティを取り込む、というような関係になっている。これは、Linuxのようなコミュニティの論理が勝った上でビジネスがフリーライダーするという関係とは別のものである。本質的な相違点を持っている両方が強く自己を主張すると、コミュニティとビジネスは継続的に結びつくことは難しい。
今、多くの企業が、コミュニティと関係を持とうとか、あるいは自らコミュニティを作ろうとしているが、企業としての権利を放棄するわけにはいかず、どのような関係をつくるか揺れ動いているというのが、現状である。
ただ、これからは、コミュニティと完全に切れたようなビジネスは、成立しにくくなる。今後コミュニティと営利企業との関係はどうなのかというのは、必ずしも非常にきれいな見通しが立っているわけではないが、いくつかの成功例はあり、今後のビジネスのあり方に基本的な問題提起をしていることだけは間違いないだろう。

参考文献

木村誠・根来龍之「営利企業におけるオープンソース形態の取り組み:OSSコミュニティとの関係づけとライセンス形態」オフィスオートメーション学会誌、Vol.22 No.2(PP.72-81)