卒論ゼミ 第1ラウンド050526

 

CI(コーポレート・アイデンティティ)の変遷

 

工藤 彩子

 

はじめに

  

私がCI(コーポレート・アイデンティティ)に興味を持ったのは、レイモンド・ローウィというデザイナーの展示会を見に行ったことがきっかけである。

レイモンド・ローウィ(1893−1986)は20世紀最大のデザイナーとして知られ、「アメリカを形作った男」の異名を持つ。『口紅から機関車まで』(1953)という自著のタイトルにも表されるように、日用品から工業機械に至るまで様々な分野のデザインを手掛け、後世のデザイン業界に多大な功績を残した人物である。

その展示会の中で、私は自分のよく知っている数々の有名企業のロゴマークやパッケージデザインが、実は彼によって手掛けられたものであることを知り、衝撃を受けた。

たとえば、最も代表的なものは1951年日本専売公社(現・日本たばこ産業)がローウィに制作を依頼した、たばこ「ピース」のパッケージデザインである。青地にPeaceの白抜き文字と、オリーヴをくわえた金色のハトの図柄という現在でも有名なデザインであるが、これは当時既成の「ピース」のデザインに対しローウィが批評したことがきっかけで、急遽専売公社が150万円という破格のデザイン料でパッケージの改装を依頼することになったのだという。そして翌年発売された新装「ピース」は、従来の3倍以上の売上げを記録するほど、大成功を収めた。(ポール・ジョダード1994『レイモンド・ローウィ』p.215)

他にも彼の手掛けたものには、貝のマークで知られる「シェルオイル社」のロゴマークや、「ナビスコ」の三角形のロゴマーク、「不二家」の「F」を記号化したロゴマークなどがあり、また「ミツワ石鹸」の包装や、アサヒビール社の「アサヒゴールド」のラベルも彼の手によるものである。(『20世紀デザインの旗手レイモンド・ローウィ展』渋谷・たばこと塩の博物館2004)

彼の手掛けたこれらのデザインの特徴は、それが従来のものの改善(例:「ピース」「ラッキーストライク」のパッケージデザイン、シェルオイル社のロゴマーク)であったり、社名変更に伴う新ロゴマークの作成(例:エクソン社のロゴマーク)であったりと、依頼主の企業が、自社の現状を何かしら改革する必要があると判断して依頼してきたものが主であり、実際にデザインの変更によってその後の企業または製品の知名度アップに効果を上げていることである。つまり、ロゴマークやパッケージといった視覚的要素は、企業のイメージにとって極めて重要な意味をもつと言える。

現在ではそうした社名変更やロゴマークの作成は、CI戦略の一環として位置づけられている。CIにはデザイン要素以外にも企業理念の見直しなども含まれるため、単純なロゴマークの変更自体がCI戦略なのではない。私は、レイモンド・ローウィの展示会によって企業のロゴマークに興味を持ったが、興味の対象をそうしたデザイン的な要素のみに限定するのではなく、ロゴマークを含めた企業のイメージ作り戦略全体に向けようと思い、卒論のテーマを「CIの変遷」と設定した。そうした広い視野で「CI」を捉えながら、優良な企業のイメージがどのようにして形成されていくのかを調べてみたいと思った。

具体的には日本でCIが注目されていった背景や、それに対する人々の意識の変化、また効果的なCIとはどのようなものか、今後の望ましいCIのあり方などを、事例とともに検証していきたいと思う。

 

1、CIとは何か

 

CIとは「Corporate Identity(コーポレート・アイデンティティ)」の略であり、広辞苑によると「会社の個性・目標の明確化と統一をはかり、社内外にこれを印象づけるための組織的活動」とある。つまりデザインという視覚的要素の他にも、企業理念や企業行動などあらゆる面を含めた企業イメージの統一を図り、他社との明確な差別化をしていく企業活動が、CIなのである。

CIはさらに3つのアイデンティティに分けることができる。MI(Mind Identity:マインド・アイデンティティ)、BI(Behavior Identity:ビヘイビア・アイデンティティ)、そしてVI(Visual Identity:ヴィジュアル・アイデンティティ)である。

MIは企業理念や企業の存在意義といった「心」や「精神」に関わる部分であり、CI戦略で最も重要な拠り所となる。

BIは、顧客に対するサービス面などで従業員によって具体的に示される企業の「行動」「態度」面での個性を表す。

そしてVIはCIの要素として最もイメージされやすいが、社名やロゴマークなど視覚的なデザインに関わるものである。かつてCIが導入され始めた頃は、CIは単なる視覚的な統一といったデザイン戦略であるかのように思われていたが、次第にその考え方が見直され、デザイン面よりもむしろ企業理念の方が重視されるようになると、これまでのデザイン上の統一手法は単に「VI」であったに過ぎないとして、「CI」の一要素として区別されるようになったのである。

また藤江俊彦氏はこれにSI(Sound Identity:サウンド・アイデンティティ)とTI(Technical Identity:テクニカル・アイデンティティ)を加え、音響と技術もCIの重要な要素であると述べている。

人間の知覚情報の80%は視覚であるため、SIはVIほどの大きな役割を果たすとは言えないが、社歌のように聴覚に訴える要素もあるということを考慮したものだ。

また、TIは企業に蓄積された独自の技術やノウハウを表すものであり、そうした他社には真似のできない伝統的な独自技術こそが、最もその「企業らしさ」を表すものとして藤江氏は先の3つのアイデンティティと並びうる重要な要素としてTIを位置づけているのである。(藤江俊彦1999『経営とイメージ戦略』)

 

2、企業の間でCIへの関心が高まった背景

 

 CIという概念がもたらされる前、日本の市場では、商品は作れば売れるという構造になっていた。たとえば洗濯機や冷蔵庫といった耐久消費財の分野では、それまでの日常生活の不便を解消して利便性を向上したいという顧客ニーズが明確に存在したため、それら万人が欲しがる画期的な商品は、たちまち巨大な必需品市場を作り上げた。そうした市場では、大量消費を前提とした大量生産体制の整った企業が力を伸ばし、大きいことが強い企業の条件とされた。

しかし、経済が発展してそうした必需品があらゆる家庭に普及すると、次なる競争段階として今度は製品の差異化に注意が向けられるようになった。だが各企業とも技術力の発達がめざましく、次第に他社製品との同質化・類似化が進み、もはやそうした機能や品質の優位性によって製品を選ぶということが難しくなった。

そこで消費者は次第に機能や品質で商品を選ぶというような合理的な判断よりも、製品のデザインやイメージといった感覚的な部分で商品を選ぶといった「二次的欲望」に購買が左右されるようになった。つまり、合理性よりも情緒的な購買動機の比重が高まってきたのである。そうした背景があって、企業は他社との差別化を図るため、積極的にCIを取り入れ、良い企業イメージを形成しようとする動きが出てきたのである。(ブレインゲイト株式会社2002『図解で分かるブランディング』)

 

3、CI戦略の変遷

 

日本でCIが注目されるようになったのは1970年代だという。その背景には、公害問題や相次ぐ不祥事の発覚によって企業の信頼が損なわれ、社会に対する企業の責任を追及する消費者の姿勢が強まり、企業がそれらに対処するため自らの変化とアイデンティティをアピールして、前向きなイメージを打ち出そうとしたことがある。またオイルショックやドルショックによる需要の低迷で、各社とも市場拡大よりむしろシェア拡大を目指すようになり、新たな戦略として企業イメージの向上を図ろうとしたのである。(藤江俊彦1999)

当時、日本で最初にCIを導入し始めたのは、スーパーや百貨店など小売業界だと言われる。高度経済成長を終え市場が成熟すると、安売りによる価格破壊や大規模なチェーン展開によって、業界ではイメージ戦略が重要となり、アメリカのCIに目をつけたのだ。

当初のCIは視覚面でのデザイン統一が重視された。スーパーや百貨店は消費者と最も身近に接する場所であるため、外観的イメージが最も重要であったからだ。そこでまず1972年にイトーヨーカドーがハトのシンボルマークを導入した。続いて1974年にはダイエー、1975年には伊勢丹や西武百貨店がマークやロゴタイプを一新した。1978年にCIを導入した松屋においても、売り場の表示から包装紙、従業員の名刺に至るまで、視覚的なイメージ統一が積極的に進められた。それまで部署がそれぞれ行なっていたデザイン活動を、企業レベルで統一し、マニュアルで管理するというアメリカの手法が共感を呼んだのである。(深見幸男1991『CI入門』、竹原あき子2003『日本デザイン史』)

そして1980年代になると、バブル経済の影響もあって日本における「CIブーム」が起こった。大手企業がそろって社名をカタカナやアルファベットに変えたり、ロゴマークを変更したりし、新聞ではほぼ毎日のようにどこかの企業のロゴが新しくなったと報じられていたという。

たとえばケンウッドは1981年に、アサヒビールは1986年にそれぞれロゴマークを一新し、イメージを統一することでビジネス上の成果を上げた。また公共性の高い事業が民営化に伴いCIを導入した例では、1985年のNTT(旧電電公社)とJT(旧専売公社)、1987年のJR(旧国鉄)が、それぞれ大きな効果を上げている。(竹原あき子2003)

この時期のCIは1970年代と比べると、質的な変化が見られる。これまでのCIは視覚面でのデザイン統一を重視するものであったのに対し、この時期のCIは社員の意識改革やモラルの向上といった、理念や精神面を重視する傾向が強くなったのである。すなわちCIには対外的な側面と社内的な側面があるとされ、体外的には、社名やロゴマークの変更によって新しい企業イメージを打ち出すが、社内的には企業理念を見直し、時代に合った企業文化を創出するとともに従業員の連帯感を高めることに重きを置く、というものである。したがってCIとは単なる視覚的要素ではなく、企業の体質改善を目指した企業理念の構築こそが核であるという考えが強まったのである。(竹原あき子2003)

このような良質なCIがこの時期に多く生まれ、成功を収めている一方で、中にはそれほど必然性が感じられない企業までがそのブームに遅れまいとやみくもにCIを導入し、大して成果も上がらず終わってしまったところもあるという。

『CI−マーク・ロゴの変遷』の序文に執筆を寄せたデザイナーの永井一正氏は、良質のCIとは何かについてこう指摘する。「その企業が必然性を持っているかということ、経営理念が明確になっており、それにそってCIが構築されていること、充分な準備期間を持って企業内部全員のCIの必要性のコンセンサスを醸成すること、そして企業の経済性だけではなく文化性を内包するもので環境への配慮も充分になされていること」(太田徹也 1997 『CIマーク・ロゴの変遷』pp.14-15)。

同じくデザイナーの松永真氏も同書の序文において「CIとは実体のない企業イメージを作り上げることではなく、すでに内在するアイデンティティを自他ともに再確認する作業なのである」と述べている。したがって「ただロゴやマークを新しく作るだけがCIではなく」、「最初にまず自分たちが何者で、何をしようとしているのかという自己認識があって始めてCIが成り立つ土壌ができたことになる」と主張する。(同p.20-21)

つまり、世間のブームに乗って安易に「マークを変えれば企業の業績が上がる」と信じ、イメージチェンジのつもりでロゴの変更をしただけの企業は、実際に企業理念の見直しを図るということをしない限り、根本的な問題解決には至らないのである。「CIブーム」がブームで終わった理由には、こうした多くの企業に「コストの割に効果がない」という印象を与えたからだと言われる。実際1992年の三菱総研の調査によると、日本でCIを導入した上場企業167社のうち65%の企業が、CI導入後の経営革新効果について否定的評価を下しているという。(同p.17)

もっとも企業イメージの定着には長期間にわたって一貫した企業姿勢を続けることが求められるにも関わらず、バブルの崩壊と共にコスト削減などでCIに対する熱が一気に冷めてしまったのでは、イメージ定着に至らなかった企業が多いというのもうなずける。

CIはいわば先行投資であり、景気の良し悪しに関わらず必要と判断されれば積極的に取り組むべきであり、顧客に対して一貫して誠実な態度を貫くことが、結局は企業の信頼や好感イメージの形成につながるのではないだろうか。

 

4、今後の課題

 

 CIについて調べていると、ブランドという概念が出てくる。コーポレート・アイデンティティの他にブランド・アイデンティティという言葉もよく使われる。ブランドとは、企業ブランド以外にも製品ブランドがあり、製品、組織、人格、シンボルなどの各要素が総合的にブランドを構成している。CIをブランド戦略の中で論じる文献も多いため、ブランドという問題を今後どう扱うべきかを考えると難しいが、やはりテーマを広げすぎると内容が拡散してしまうため、CIという基軸から外れないように、厳選しながら周辺の知識も盛り込んでいきたいと思う。

 また、今後はこうしたCI導入の変遷をさらに詳しく見ていくとともに、その歴史上のCIの質的変化、またこれからのCIのあり方、そして現在注目すべきCI導入の実例などについても調べていきたいと思う。

 

 

参考文献

太田徹也編著、1997、 『CI マーク・ロゴの変遷』、六耀社 

竹原あき子・森山明子 監修、 2003、『カラー版 日本デザイン史』、美術出版社 

深見幸男1991 『CI入門』日本経済新聞社

藤江俊彦・舘輝和、1999、 『経営とイメージ戦略』、国元書房

ブレインゲイト株式会社、2002、『図解で分かるブランディング』、日本能率協会マネジメントセンター

ポール・ジョダード(高島平吾訳)、1994、『レイモンド・ローウィ』、鹿島出版会