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ゲスト/太田 章・早稲田大学聞き手/堀越正己・立正大学ラグビー部監督
レスリングとラグビーのそれぞれの競技でトップレベルにいた2人が、そこに至るまでの経験を通して、目指すべき指導者像について語っていく。個人スポーツとチームスポーツにおける指導スタンスの違いは何か? 共通点はどこにあるのか?
スポーツのマジック
堀越:今でも選手として活躍されていますが、そこまで現役にこだわるのはなぜでしょう?
太田:昨年ルーマニアでマスターズが開催され、僕は初めて世界選手権の優勝を経験しました。未だに試合に出場しているのは、挑戦し続けていることを誰かに訴えたいというのが一番大きい理由かもしれません。僕は、自分が教える側に立ったとしても、相手(選手)に挑戦心がないとしたら教えることもできないと思っているんです。「やる気のない奴は去れ!」という気持ちがあるんです。だから自分もずっと何かに挑戦し続けていたいのです。でもこれは個人競技だから言えることなのかもしれません。ラグビーのような団体競技の場合は、やる気のない奴もやらせていかなければならないこともありますよね。
堀越:指導をするときは、初めに何をしようと思いますか?
太田:10年くらい前に、スポーツ推薦で早稲田大学のレスリング部にも高校生チャンピオンが何人か入り、非常に強い時期がありました。もちろんレスリング経験のない部員もいましたので、個々のレベルはバラバラでした。たいてい、チームというのはそういうものですから、僕が指導をする際は、まず個人の能力と目標を見ることから始めます。何がしたいか、どこを目標にするかを見るのです。そしてその目標に対してどれだけ近づけさせてやることができるかを考えます。レスリングにも団体戦があります。しかしこれはチームスポーツのような、チームの総合力を競うものとは違って、個々の対戦の勝利数を競うものですから、基本的な指導の方針は変わりません。選手にしても、団体戦にしろ個人戦にしろ、相手に勝つことが自分の役目ですから、チームスポーツで重要になる、チームワークとか結束力というものはそれほど気を配らなくなります。しかし、その競技が好きで、強くなりたくてやっていれば、当然チームとしても勝ちたいと思うようになるのです。すると、弱い選手をチーム内の強い選手たちが引っ張っていくようになり、自然とチームの結束力みたいなものができて、レベルの底上げができると同時に、チームとしても強くなっていくんですね。ですから、どれだけその競技を好きにならせてやることができるか。これが個人スポーツ指導者の手腕、個人スポーツのマジックなんだと思うんですよ。でもラグビーは違いますよね。チームスポーツでは、例えばメンバー1人ずつの能力を相手のそれぞれと比べたら必ず勝てると思われるようなチームでも、全体でチームとして戦ったときには勝敗がひっくり返る、つまり1+1が10や100 に発展することが実際にありますよね。そういう奇跡を引き起こす、それがチームスポーツの面白いところ、マジックなのではないですかね。
指導者が持つ超能力
太田:コーチングを「芸術」に例える人がいます。絵を描くように、彫刻を作り上げていくように、何もないところからすごい形を作っていくことを言っているのですが、その反面、コーチングを「科学」と捉える人もいます。1+1=2のように、力が加わった部分がある形を成し、それがまた別のものを作っていく。あるいはフォーメーションができ、すべてが作戦通りに動くか動かないかで勝敗が決まる、と考える人もいます。僕は両方ともが正しいと思いますが、奇跡が起きやすいのは「芸術」性の部分だと思っています。もっと言うと、優秀な指導者は科学者ではなく、奇跡を導くことのできる超能力者だと思うのです。説明することのできない力で選手を勝たせてしまう人、とでも言うのでしょうか。超能力という言葉は誤解を招くかもしれませんが、科学的には説明できない力が究極のスポーツ場面では見られるということなのです。そして、指導者のその能力を一番強く感じ取っているのが選手なのです。特に世界のトップレベルにいるような選手では、この超能力を信じている人が多いと思います。というのは、その人のもとでトレーニングを積み、成績を挙げてくるようになると、自分もその力を感じられるレベルに達した、つまり自分も超能力を得たのではないか……、と考えるようになるからです。特にケガに泣かされながらも勝ち進み、栄冠を手にしたような、修羅場をくぐって勝ち抜いてきた選手はその超能力の存在を信じていて、そういう指導者の力が自分の能力を引き出し、自分たちもその超能力を持っていると思うのですね。先ほどの1+1=10、100 という足し算を実際に体験してしまうからなんでしょうね。
堀越:そういう「超能力」を生み出すのは、何なのでしょう。やはり選手と指導者とに、師弟関係というか信頼関係が成り立つからなのでしょうか?
太田:そうですね。互いに信頼している何かがあるからのような気がします。その絆が強くなるから、コーチングが神がかり的に見えることもありますよね。スポーツ科学の研究者が見たら怒り出すような、疑わしいような、非常にクレイジーなことをやったりしています。でもその方法で勝つと、周囲は「勝った」という結果があって見るから、クレイジーだったはずが「意表をつく、理に適った科学的な方法」ということになったりもします。世の中には「科学的」には解明されていないことのほうが余程多いのです。人間の限界についても、実は誰にもわかっていない、底知れない部分があります。そこを引き出していくのが、指導者のマジックとか、信頼関係から生まれる超能力ということになるのでしょう。人より秀でる、勝つためのトレーニングというのは、そういう繰り返しなのではないでしょうか。
堀越:レスリングではそういう指導者の存在がありますか?
太田:レスリングに限らず、格闘技はそういう超能力やカリスマ性みたいなものを前面に出して選手を指導していく人は多いですよ。「普通じゃない」と思うくらいのことをする人もいます。でも不思議と選手はついていくのです。逆に、どんなに熱心に指導をしても選手がついていかないのは、「俺はこうやって成功したんだから、お前たちもこうやれ!」という「押しつけ型」の指導者だと思います。
堀越:指導者と選手が合う・合わない、というのもありますよね。
太田:一番大きいのは、選手と指導者は同じではないということではないでしょうか。能力も違えば目標も違う。自分がうまくいったからといって、その方法が自分の選手にも当てはまるとは限りません。それが見えずに、自分の成功例に頼ってその方法を押しつけても、勝ち残っていくことはできないのです。レスリングの日本代表チームに入った選手などを見ているとよくわかりますが、彼らは世界一になるために自分で身体をマネジメントしてきていますから、例えコーチの指示でも自分には必要ないと思ったことはやりません。目標やモチベーションが違えば、そうなっても当然かと私も思います。ですから監督やコーチは、あくまで選手自身の考えありきの指導であることを認識しておかなければならないでしょうね。
堀越:そうなると、個人スポーツではマン・ツー・マンが最適ということですか?
太田:理想を言えばそうなります。でも現実にチームを指導するとなれば、そうも言っていられませんけれどね。
何かを求める気持ち
堀越:現在は選手指導はされていないのですか?
太田:ナショナルチームでも、早稲田大学でも指導者の肩書はありません。自分が卒業してから早稲田大学で十何年間コーチという肩書がありましたが、あまり長くやりすぎるのもどうかと思っていました。チームの状態もその時々で変わってきますから、全くチームから離れてみる時期があってもいいのではないかと感じています。もちろん指導者として一生懸命やる時期も必要です。しかし、長い間コーチをやっていると、ずっと同じテンションで指導ができなくなることもあるのです。例えば、推薦で入ってきたチャンピオンクラスの選手と、最近レスリングを始めたような部員とが同じマットで練習している状況では、このギャップに悩むことも多くなる。自分をクリアにして選手と接するためにも、いったん一線の現場から離れようと思いました。自分がトレーニングをするときには大学の練習場を使いますので、部員と練習が一緒になるときもあります。スパーリングの相手を依頼されれば引き受けることもありますけれど、彼らがどういうメニューで、何をやっているかは全然知りません。
堀越:学生、選手と接して、どんなことを感じられますか?
太田:私は今、早稲田大学の社会人向けのカリキュラムの1つとして「社会人のための楽しいレスリング講座」を担当しています。受講生はレスリングという種目を知りたくて、このスポーツに触れたくてやってきます。僕としては、皆で汗をかき、ケガをさせずに、レスリングを楽しんでもらうのが目的です。「レスリングっていいもんですねえ!」と言わせたくて授業をやってます。でもその人たちもレスリングで試合をすると、負ければやはり悔しいですから勝つまでやるようになるんです。トップを目指しているのではなくても、勝てば楽しいのです。すると勝ってその競技を楽しみたいという気持ちにもなります。そして楽しさのもっと先を追求するのであれば、教えることも山ほど出てくるわけです。競技の根本がそこにあるように思いました。これとは反対に、部の選手とスパーリングをやったときのことですが、僕が相手をケチョンケチョンに負かしても、全然悔しがらなかったことがありました。向こうは相手が僕だったから「負けても仕方ない」と思ったんでしょう。でも相手が誰であれ、試合の状況がどうであれ、負けても悔しがらない選手には教えられません。「教えてほしい!」「相手から何かを得たい!」という気持ちが少しもないところには、「教えよう」なんて気持ちは起きませんよ。僕は求めないヤツには与えたりなんかしない。もしそれをしたら、単なる「押しつけ」になってしまうからです。押しつけたって絶対に強くはなりませんよ。もちろん無理矢理にでも教えていく方法もありますが、気持ちが熟していない選手に教えていくのは難しいし、実りも多くはないでしょう。きっと「教えどき」みたいなものがあるのだと思います。競技選手だからこそ持っていてほしい競技に対する熱心さ、情熱みたいなものが伝わってこなかったということは、相手がまだ熟していなかったからなのでしょうね。
堀越:チームスポーツだとメンバー全員の「教えどき」が揃わないことのほうが多いですよ。1人が熟しても全体が熟していなかったり、その逆もありますから、本当に難しいです。
太田:いろいろな人間がいて、その全員が何らかの役に立っているというのが「チーム」の魅力ですから、それをどう操り、気持ちを統率していくかが、チームスポーツ指導の面白いところでもあり、難しいところなのでしょうね。
堀越:理想の指導者像みたいなものはありますか?
太田:これが理想像だ、とはっきり言えるものはないのですが、僕が「すごさ」を感じる指導者は、あまりいい表現ではないかもしれませんが、みんな策士・戦略家と言われる人たちです。しっかり策を練って、その通りになるようにうまく仕向けて勝たせるのですから、すごい能力だと思いませんか? 戦いの場面では作戦をもって相手を制しますから、大将や参謀はきちんと戦略を持った人でなければならないでしょう。その辺りは個人スポーツよりもチームスポーツの監督やコーチにとっては切実な問題でしょうね。チームを強くする人たちは、全体的な流れや雰囲気も考えて、選手個々が持っているものを全部合わせて比べていかなくてはなりませんからね。
堀越:指導側が選手を操る、ということでしょうか?
太田:それも勝つためのやり方の1つですが、それがすべてではないでしょう。スポーツは、個人にしろチームしろ、生身の人間と人間の戦いですから、決められたことを決められた通りにできたとしても勝てないものです。相手がどう来るか、それにどう対応するかを、その場で選手自身が考えられるような力を、指導者が選手につけてやらなければならない。言われたことを実践できるという能力も必要ですが、そのうえで選手の自立心みたいなものも育てていかなければならないでしょう。
堀越:相手を目の前にして実際に試合をするのは選手自身ですからね。
太田:ある学生の試合を見ていたときのことですが、相手をリードしているときは自然にやっていた選手が、途中で追いつかれたときにしきりとセコンドのほうを見て「次どうしたらいいですか?」っていう顔をしたのです。窮地を脱することができるようなアドバイスがほしかったのでしょうが、でもそれじゃ本当は勝てないのです。私は常に思っているし、選手にも言うことは、自分が出る試合は自分のものだということです。特に個人スポーツの場合、檜舞台である試合は、自分のスペースであり、自分の力以外はどこにも及ばない空間なのです。試合当日にセコンドやコーチができることは、選手が普段通りにやれているかどうかを見てやることだけです。指示を受けてその場で修正するのも選手自身です。つまり試合をどう戦うかは本当に選手次第ですから、戦っている人間に任せるしかありません。指導者がしなければならないのは、試合までにそこまで任せられるようにすることだと思います。試合のときに「あれするな、これするな」と言って選手に我慢をさせて勝機を待つ戦術もあるようですが、選手の判断でないところでそれをやってしまうと、力を出し切らないうちに試合が終わってしまう可能性もあるのではないでしょうか。私は、戦っている人間たちが満足して終われるようなものを目指したいのです。教えることは教えた、相手に対する戦法もまとまった、あとは存分に試合を楽しんできなさい、と言って送り出すことができれば、それが一番だと思っています。
目標に対する気持ち
堀越:レスリングを始められたのはいつからですか?
太田:体操、柔道、野球……いろいろな競技をやりましたが、レスリングを始めたのは高校生からです。
堀越:日本一、世界一を目標にするようになったのはいつ頃、どんなきっかけからだったのですか?
太田:高校入学当時から、インターハイで優勝して、オリンピックに行くんだという意識がありました。当時秋田県は、インターハイのチャンピオンやオリンピックの出場者が何人も出るくらいレスリングが盛んでしたから、同県人にできるのだから自分にもできないはずはない、と思っていたんですね。当時は誰も信用しませんでしたけど、自分では絶対できると信じてましたよ。今考えると、なぜそこまで思えたのか不思議なんですけれどね。僕は身体が柔らかく、レスリングにとって大事な「猫のような身のこなし」が自然とできていて、動きに無理なく馴染んだということもあって、レスリングを始めて2カ月目に秋田県の大会で優勝、3カ月目に東北大会で優勝、5カ月目にインターハイで団体優勝して、個人でも3位に入りました。
堀越:そうなると「オリンピックに行く」という目標は、俄然現実味を増してきますね。最初は非常に高いレベルのものであっても、それを心底実現したいという気持ちがあれば、練習やトレーニングに対する動機づけにもなるし、試合に対する気持ちも自ずと変わってくるということなのでしょうね。でも今の選手は、決して高くない、現実に果たすことができる可能性が十分にある目標でも「夢はあくまで夢だから」と割り切って考えることも多いようです。選手自身の気持ちの問題と言ってしまえばそれまでですが、指導側としてはどんな対応ができると思われますか?
太田:目標が高いか低いかは別として、それに向かうためには「自信」というものが大きな役割を果たすと思います。スポーツで言えばその自信は「勝つ」ことに直結しますから、どんな相手、試合だとしても、とにかく勝って、自信をつけて、徐々に気持ちを高めて、目標が遠くないことを示していくことが必要なのではないでしょうか。
堀越:僕がラグビーを始めたのは、本当に偶然からで、当初はラグビーのことは何も知らないくらいでした。でもレギュラーを取れるようになったり、試合に勝ったりしていくうちに、自分を信じられるようにもなってくるんですよね。高くなくても、身近なものでもいいから、目標を達成したい、何としてでも果たしたい、と強く思うことは本当に大事なんですよね。
太田:まずは「勝ちたい」と思う気持ちが大事で、それにがむしゃらに向かって進んでいくことで、自分のやるべきことも見えてくるし、引いては目標を果たすことにもつながっていくのではないでしょうか。
どれだけやる気を持っているか
太田:競技レベルを上げていくには、自分たちと強いチーム、あるいは強い選手と一緒に練習させることも、意味のあることだと思っています。それは技術的な意味からだけではなく、強い選手たちと一緒のフィールドで練習することで、その選手たちの競技に対する考え方や姿勢などが自然に伝わってくるからです。これが指導者が口で言うより、ずっと説得力がある方法です。否応なく実感してしまうのですから。
特にチームに入りたての新入部員というのは、どのチームでもあまり変わりはないはずです。大学1年生ならば特にそうではないでしょうか。初めは自分たちとあまり変わらないような選手が、なぜ強くなるのか。これを肌で感じられるのは、一緒に練習することだと思います。
堀越:1年の頃は自分たちとあまり変わらないのに、4年たったら違うものになっているというところに疑問を持ってもらいたいし、自分たちにもできるのではないか、という思いを持ってもらいたいと思うのですが、逆の方向に気持ちが進む、つまり実力の差に落胆してしまうことも少なくはないんですよね。
太田:とどのつまりはその選手が自分の競技に対してどれだけやる気を持っているかということではないですか? 本当は「やる気のない奴は去れ!」ということは、チームスポーツだからこそ言っていかなければいけないのかもしれませんね。一部がネガティブに競技を捉えていると、チーム全体に広がっていくこともあり得ます。チーム内のやる気のない選手を、極端に言えば殴ってでも、罵ってでも引っ張っていく意識がチーム内にないと、強くなっていかないのかもしれません。チームスポーツの指導者は、そういう気持ちを引き出すことも役割の1つなのでしょうね。
堀越さんは19歳のときに大学選手権で優勝し、日本選手権でも社会人に勝った経験を話してやって、同じ人間、同じ学生なんだからできないわけはない、ということを伝えていくべきなのではないですか。
堀越:そうして指導者と選手がコミュニケーションを深めていかなければ、信頼関係も、超能力も生じないですからね。そしてチームが1つの目標に向かって進めるようにしていくのが、指導者の重要な役目になるということなのでしょうね。
おおた・あきら 1957年生まれ。秋田商業高校時代からレスリングを始める。76年に早稲田大学に進学。大学在学中にモスクワオリンピックの幻の代表になったのを皮切りに、84年のロサンゼルス、88年のソウル、92年のバルセロナでのオリンピック代表選手となる。84年、88年の大会では連続して銀メダルを獲得。現在、早稲田大学人間科学部の助教授として教鞭を取るかたわら、マスターズなどの大会に参加し、選手としても活躍し続けている。 ほりこし・まさみ 1968年生まれ。熊谷工業高校を卒業後、87年に早稲田大学に進学。高校時代から始めたラグビーでスクラムハーフとして活躍、86年に花園準優勝、87年度日本選手権優勝、89年度大学選手権優勝。大学卒業の91年に神戸製鋼に入社。94年度まで連続日本一を経験する。99年3月に退社、4月より立正大学ラグビー部監督に就任、指導者としての道を進み始めた。
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